第88話『私が居なくても 5』

 翌日。今日のボーカルレッスンはお休みになった。私と涼寧ちゃんは、梅香ちゃんのお見舞いに来ていた。


コンコン


梅香の母「はーい」


メルシー「あっ……失礼します。」


梅香の母「あら。来てくれたの。ありがとう。」


梅香ちゃんはまだ眠っていた。


涼寧「……陽菜子ちゃん、いないんですね。」


梅香の母「UTOPIA、お仕事だって。」


お母さんは平気そうに見えた。そんなわけないのに。


梅香の母「そこ、座っていいからね。」


メルシー「あっ、はい、ありがとうございます。」


涼寧「ありがとうございます。」


病室の中はシーンとしていた。ただ、梅香ちゃんの呼吸の音が聞こえるだけだ。


梅香の母「……梅香はねぇ、昔からこうやってよく、倒れて、『あぁ……今度こそダメかな』って思わせては、かえってくるのよ。その度に、陽菜子ちゃんには、辛い思いさせて。」


メルシー「お母さんも、辛いでしょ。」


梅香の母「……まぁねぇ。でも、この子を産んだあの日から、覚悟は決めてるから。産まれたての時にも、色々あったの。……私の方が長生きでも、自分を恨まないって、決めてるのよ。いつも、ただそばに居ようって思う。」


涼寧「……」


梅香の母「陽菜子ちゃんはねぇ、ちっちゃな時から、いつも梅香の隣に居て、何度も何度も、梅香を失う恐怖と戦ってきたの。だからね……陽菜子ちゃんのことは、責めないでね。」


メルシー「責めないです。私たちも……気が付けなかったから。」


梅香の母「ううん、いいのよ。梅香はね、きっとね……覚悟してたんだと思う。いつもなら、ちょっと具合が悪くなったら言うのよ。今、本気だったんだと思う。燃え尽きるまで、2人とアイドルをしようと思ったんだと思うの。……多分ね。」


涼寧「……かえってきます。」


梅香の母「……うん。そうでないと、困る。」


お母さんの泣いたような微笑みが、いつまでも忘れられなかった。そしてその日、梅香ちゃんが目を覚ますことはなかった。


 翌日。梅香ちゃんは目を覚まさなかった。


 その次の日。梅香ちゃんはまだ、眠ったままだ。昨日はもともとオフだった。今日は、雑誌の撮影が入っている。私と涼寧ちゃんは、マネージャーさんに車で拾ってもらい、撮影現場に向かっていた。


涼寧「ねぇ、梅香なしでどうするの。」


「おふたりで撮ってもらいます。明日、梅香さんは体調不良でしばらく活動休止と発表します。昨夜、事務所と、お母様と、話し合いました。意識不明なことは伏せます。おふたりも、その認識でお願いします。」」


マネージャーさんはそこまで、こちらを一切見ずに言った。


涼寧「……」


「もしものことは、想定しておいてください。」


涼寧「何よそれ……!」

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