第683話 C01ユキカゼ

 ――ここは米海軍の横須賀基地。


 小田急ロマンスカーによく似た宇宙列車が、十二両編成で停車していた。惑星間鉄道に於ける地球の始発駅を、ここに選んだのはみやびである。科学者用に無期限パスの進呈を提案し、ハドソン大統領に建設してもらった駅だ。

 今の日本はスパイ天国で、テロ攻撃に対する防衛能力が大根のかつら剥きほどに薄い。そこで国内でも警備が厳重な、米海軍基地を始発駅にした経緯がある。


「やはり雰囲気は大事じゃな、みやび。車輪を付けた方が見栄えはよい」

「レールは離着陸の台座みたいなもんだけどね、カルディナ」

「車輪は実際に回るのよね、みや坊」

「もちろんよファニー、列車としてのリアリティーが欲しいもの」


 垂直離陸できるんだけどねと笑い合い、乗り込んで行く乗客の列を眺めるみやびとファフニールにカルディナ。ハドソン大統領夫妻と科学者に軍関係者はもちろん、希望した各国代表の姿も見える。

 当然のことではあるが、外務省の職員も駆り出されていた。だがその表情は嫌々ではなく、るんるん気分が丸わかり。みやびの存在が外交を円滑にしているからで、各省庁に於いて彼女に最も協力的なのは、外務省と防衛省かもしれない。


 そんな訳で行き先は地球からほど近い、空気のある惑星と相成った。みやびがお雑煮星と命名した、まだジュラ紀の人類が芽生えていない星だ。出発する前から科学者たち、特に古生物学と地質学の専門家がそわそわしちゃってる。


「君が今日の運転手を務めるんだね、新婚さん」

揶揄からかわないで下さいよ、統合幕僚長新沼海将殿」


 岩井さんは眉を八の字にするが、新婚さんと呼ばれてピューリがにっこにこ。運転席となる祭壇には、二人の属性に足りないスライムちゃんが既にスタンバイ。闇属性と光属性の製造元は秀一と豊だが、割りと早く引き当てた所を見るに、二人はガチャ運が良いのかも。抜きすぎて干からびるどころか、揃って絶倫だったとも言うが。


『お姉ちゃん、キッチン車と食堂車、準備は整ってます』

『ありがとうアリス、今そっちへいくわ』


 アリスからの思念にさあ出発進行だと頷き合い、キッチン車に乗り込む三人。

 中ではアルネ組とカエラ組、蓮沼家の台所チームが、提供するお調理の仕込みに余念がない。給仕と飲み物を担当してくれる近衛隊メンバーが、こちらも準備万端ですと声を揃えた。みんな胸にC01と書かれた、お揃いのエプロンを着用しているのが可愛らしい。


海将補みやび殿、管制機器オールグリーン、これより離陸します』

「気楽にやってね、岩井さん。何かあったら呼んで」


 運転席となる先頭車両の祭壇には、麻子組と香澄組、フレイアとゲイワーズ、それにリリムとルルドもいる。スライムちゃんに不測の事態が起きてもいいように、万全の体制を整えての出発である。米海軍からの離陸許可が下り、岩井さんはコントローラーのボタンを操作した。


 識別番号となるC01を付与された、ユキカゼ号がファンと警笛を鳴らし浮き上がった。Cはカルディナの頭文字で、みやびが錬成すればMとなり、マクシミリアだとXになる予定。なお二両目と十二両目に連結しているのは、四属性ビーム砲と対艦ミサイルを搭載した武装車両となっている。


 ユキカゼ号はそのまま低空で、米海軍基地の正面ゲートへ向かった。これはゲートの外に集まっている、撮り鉄へのサービスである。さすがの鉄道マニアも、米軍敷地内には入れませんゆえ。


『これよりユキカゼ号は大気圏を離脱いたします、生命維持装置で気圧も重力も変動はありません。皆さまどうぞ、おくつろぎ下さいませ』


 アナウンス役を買って出たフレイアの車内放送が聞こえ、ユキカゼ号が極超音速飛行に移りどんどん上昇していく。それに合わせてシールドが展開し、乗客たちがおおうと声を上げた。


「地上にいるのと全く変わりませんね、隆市副総理」

「これが反重力ドライブなんです、大統領夫人」


 客車の座席は対面式で、テーブル付きのゆったりした造りになっている。大統領夫妻の向かいに座る早苗さんと新沼海将が、レストランにいるみたいでしょうと笑う。

 人間はエレベーターに乗っただけでも、お腹の中がふわふわして重力変動を感じるもの。近衛隊がワゴンで運んできたグラスワインが、テーブルの上で全く揺れずハドソン大統領も夫人も感心しきり。


 ジェット機が飛行できるのは高度一万メートル、対流圏の範囲内までとなる。その上にある成層圏では空気が薄くなり、ジェットエンジンを燃焼させる事ができないからだ。ではロケットをどうやって打ち上げるのかと、誰もが不思議に思うだろう。そのカラクリは空気が無い環境でも燃焼する、水素系燃料を使い推進力を得ているところにある。


「動かすだけなら、魔力を蓄えた宝石があれば良いのだね? 新沼海将」

「そうです大統領、しかし宇宙へ出るためには、魔力持ちで六属性を揃える必要があるのです」


 それを可能にするのが竜族とリッタースオンなんだなと、ハドソン大統領はワインを口に含んだ。空母ロナルド・レーガンで会食をした時、栄養科三人組の嫁とは顔を合わせている。ファフニールとレアムールにエアリスだが、彼女たちが実は竜だったなんてと、未だに実感が湧かない大統領であった。


「ミス・みやび、ひとつ質問をしてもいいかね」

「はい、なんでしょうか」


 各国代表と科学者たちに、挨拶回りをしていたみやび。外務省から事前に名簿はもらっているのだが、顔を覚えるために客車へ来ているのだ。ジュラ紀のお雑煮星でひゃっほうと、列車の外に出て迷子になられても困っちゃうから。


 そんなみやびを呼び止めたのは、古生物学者のパーキンソン博士であった。彼は無期限パスの裏面を指差し、確認したいことがあると言う。

 みやびは無期限パスを進呈した科学者たちへ、今後の利用に際しひとつ条件を付けていた。調査研究に必要な採集や捕獲は認めるけど、惑星の資源には野心を持たないで下さいと、パスの裏面に記載しているのだ。


「大型爬虫類を運ぶための、貨物車両は無いのかね?」

「パーキンソン博士……ティラノサウルスやトリケラトプスを、生きたまま地球に持ち込もうとか思ってませんよね」


 ダメなのかという顔の博士。

 ダメに決まってるでしょうって顔で、にっこり微笑むみやび。

 笑ってるけど目が笑ってない美人ほど、恐ろしいものはない。だよねそうだよねーと、迫力に押され無期限パスを引っ込める博士である。


 純粋に研究が目的なのは、みやびも分かっている。だが繁殖させ見世物にしようと考える、不心得者が出て来たらどうなるか。それが万が一逃げ出したらどうなるか、考えてくれなきゃ困るのだ。


 ましてやまだ人類が発生していないジュラ紀の星、人間が勝手に手を加えたら天の川銀河の精霊たちが怒っちゃうだろう。だからこそ資源には野心を持たないでと、ハドソン大統領にもぶっとい釘を刺しているのだ。


「現地に研究を行うための施設を作るくらいなら、認めないこともないわ」

「それは有り難い、私にとっての楽園だ! 天国だ!」


 ああこの人、お雑煮星に住み着いてしまうかもと、遠い目をする任侠大精霊さま。せいぜい肉食恐竜の餌にならないことを、祈るばかりである。


 そこへ近衛隊チームが笑顔を振りまき、乗客にメニューを配り始めた。

 宗教的な戒律もあるし、中には菜食主義者もいたりして、人により口に出来ない食材があったりする。外務省がくれた名簿には、その辺も調べてあって中々良い仕事をしてます。

 なのでお料理は色々取り揃えており、好きなものを好きなだけ、メニューから選んでもらう方式にしたキッチン車両チーム。座席で食べてもいいし、食堂車に来て食べてもいいし、とことん満喫してもらおうって心意気が見て取れる。


『これより光の速度を超越した、ゲートによる空間移動に入ります。星々が流れ去る風景を、車窓からお楽しみ下さい』


 フレイアのアナウンスに、来ましたねと乗客の誰もが胸を躍らせた。

 普通に移動したら、人間の寿命で行ける距離は百光年がいいとこ。お雑煮星は地球にほど近いとは言うものの、辿り付くまでにはみんな白骨化してるわけでして。それを短時間で飛び越えるのがゲートであり、乗客に体験して欲しい目玉のひとつ。


「星々がびゅんびゅん流れ去って行くな、新沼海将」

「光の速度は一秒で地球を七周半ですからね、それを考えると驚異的です、大統領」


 好き嫌いの全く無い大統領夫妻。ハドソンが鉄火丼を、夫人があんかけ炒飯を頬張り、車窓から見える風景を眺めている。対して早苗さんはバジルソースのパスタ、新沼海将はタイカレーと、テーブルがちょっと面白い事になっている。


『海将補殿、祭壇に来てもらえますか』

『何かあったの? 岩井さん』

『タッチダウン先に空間の歪みを検知しました』


 それは何かがゲートを開いて、出現するってことだ。みやびは瞬間転移で先頭の運転車両へ移動し、広域宇宙レーダーに目を凝らす。麻子と香澄がパネルを操作し、四属性ビーム砲と対艦ミサイルの準備を始めた。リリムとルルドが識別信号と、数の割り出しに取りかかる。


『進行方向に障害物があるため、ユキカゼ号は一時停止いたします。宇宙では想定内の事象ですので、そのまま食事をお楽しみ下さい』


 フレイアの車内放送に、みんなグッジョブと拳の親指を立てた。せっかくの初運行を、台無しにしたくないのだ。だが開いたゲートから現れた物体に、誰もが首を捻り顔を見合わせる。


「隕石……だよね、麻子」

「ちょっと待って香澄、ひょっとして」


 病原体の付着した隕石が、ここまで来てるのかと青くなる。だがそれしか考えられず、みやびは迷わずブラックホールへ放り込んだ。岩井さんは乗客が不安を感じないようユキカゼ号を発進させ、フレイアが運行再開を車内放送で告げる。


「天の川銀河にばら撒くスライムちゃん、ぜんぜん間に合わないわ、みや坊」

「落ち着いてファニー、みんな。ねえゲイワーズ、ソナーの錬成って出来るかしら」

「空間の歪みを検知するソナー衛星よね、出来るわよん」


 それを幾つも錬成して、天の川銀河の要所に置こうと頷き合うみやび達。眼前にお雑煮星の、青と緑の美しい姿が映る。まだジュラ紀の惑星が、危うく生物の住めない死んだ星になる所だった。何としても人工サタンを潰さねばならない、そう決意を新たにするみやび達であった。

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