第682話 スライムちゃんだって

 ノアル国のシルビア姫、ぱっと見はお姫さま然としているが、内に秘めているものは熱い。シーパングとの交易を結ぶため自ら船に乗り込み、長い航海へ出る程のバイタリティを持つ。そして戦場に於いては胸甲きょうこうを身に付ける弓の名手で、見た目に似合わず武闘派でもある。


 ――ここはエビデンス城、ファフニールの執務室。


「陽美湖さまとミーア大司教に加え、アメロン皇帝には驚かされました。そこへカルディナ陛下にアムリタ陛下までと聞いた時には、空いた口が塞がりませんでしたわ。しかも左和女までファミリーに加えたとか」


 自称人質と書かれたマイ湯呑みを手にするシルビア姫が、のけ者にするなんて酷いですとぷんすかぴー。湯呑みはアリスの陶芸作品だが、失礼にも程がある。ところがご本人は洒落が効いてると、気に入ってるから笑うに笑えない。ちなみに色違いで同じものがあり、そちらはルミナスのマイ湯呑み。


 話しを戻してみやびもファフニールも、誰から聞きましたなんて尋ねる気は起きなかった。だってパウラとナディアは、アルネ組ともカエラ組ともツーカーの仲。もうエビデンス城とロマニア大聖堂で、この件を知らない人はいないんじゃあるまいか。


 そう言えばみんなによによしていたなと、みやびもファフニールも今頃になって気付く。人工サタン戦が終わってから正式に発表すると決めていた二人、だからみんな気を使い何も言わないのだろう。そう考えるとジェラルド大司教とアリーシャ司教のによによは、少々腹立たしくもある。


 それはさて置き、今は目の前にいるシルビア姫だ。『のけ者にするなんて酷い』と口にしたのだから、ファミリーに入りたいと宣言したも同然である。みやびはそれでいいのと、護衛武官であるバルディに意見を求めた。


「跡継ぎの王子がいらっしゃいますから、何の問題もありません。むしろロマニア侯国のトップに姫が嫁ぐならば、王も王妃もお喜びになるかと」

「貴方自身は去就をどう考えているの?」


 するとバルディはそうですねと、カブの甘酢浸けに箸を伸ばした。お寿司を食べた後のお茶請けには持って来いで、ガリといい彼は甘酸っぱい系統を好む。お寿司もコハダをはじめとした、酢締めのネタに目がない。そんなバルディが、まるで流れる水のように言ってくれました。


「近衛隊に加えて頂けませんか」


 それって役職ではなくスオンとしてかしらとファフニールが尋ねれば、もちろんですとあっけらかんの護衛武官。バルディさまの家名はハームビュッヒェンですと、アリスが思念を送って寄こした。

 いやもうここまで来ると、どうでも良くなってるみやびとファフニール。家系図を作成しなきゃいけない、チェシャの苦労が増えるけどそれは捨て置く。


「私とバルディはお二人が、宇宙で何を成し遂げるのか見届けたいのです。一緒に冒険をしたい、未来永劫お傍にいたい、だめでしょうか」


 そんなシルビア姫に、みやびは記憶を掘り起こす。

 ロマニア侯国を知らねばなりませんと、勝手にワイバーンのゴンドラへ乗り込んだシルビア姫と、護衛武官に指名されたバルディ。あの光景が思い浮かび、懐かしさが込み上げてくる。

 その後は小さな板前さんを派遣してもらう代わりに、自称人質としてエビデンス城に居候しているこの二人。でもそれはみやびが何をやらかすのか、見たいがための言い訳にしていたのかも知れない。

 同じ戦場にも何度か立った、深い縁で繋がっていることは、否定のしようもない。みやびはファフニールとアリスに思念を送る、二人をファミリーに迎えましょうと。


 ――そして夜のみやび亭、アマテラス号支店。


 黄金船に来たシルビア姫とバルディは、儀式の眠りでクースカピー。進行役はアーネスト枢機卿にミーア大司教という、高位聖職者タッグで執り行われた。

 立会人は麻子と香澄にお願いしたみやびだが、二人ともこうなることは何となく予感していたらしい。シルビア姫がエビデンス城に留まる理由は、みやびとファフニールしかないよねと。


「バルディには近衛隊相談役という役職でどうじゃろう、ブラド」

「そうだなパラッツォ、その上でシルビア姫のお付きにすればいい」


 こういう話になると、ブラドとパラッツォは妙案を出してくれる。つまりバルディの仕事は今まで通り、みやび亭本店の常連がほとんど仲間になったなと、嬉しそうに升酒をぶつけ合う。


「みやびさん、お二人のマントなんだけど、追加のワンポイントはあるかしら」

「んふ、ゴンドラを下げたワイバーンにしたいな、妙子さん」


 アルネとローレルが、へにゃりと笑った。みやびが帝国各地の座標を覚える旅に出る時、同行してワイバーンを操ったのがアルネだ。ゴンドラへ勝手に乗り込まれた経緯は知っているから、二人とも当時を思い出したのだろう。


「二人が眠りから覚めたらさ、麻子」

「それまでにはゼリーのきび団子がいっぱい出来てるから、いよいよだね、香澄」


 よっしゃ人工サタンに突撃するわよー! と、拳を突き出し二人は気勢を上げた。カウンターもキッチンも一気に出入りモードへ突入し、むふうと鼻息が荒くなる。


 そんな中、リリムとルルドが顔を見合わせていた。アンドロメダ銀河の平和を守るため、艦隊勤務に志願した二人である。勝てば悲願が達成されるのだが、そこから先のことは何も考えていなかった。リリムの瞳はレアムールに、ルルドの瞳はエアリスに、それぞれ向けられていた。


 そこへ風呂上がりのミーア大司教とメライヤが、アルミス艦長を伴い暖簾をくぐってご来店。浴室で裸の付き合いを重ねれば、みんな仲良くなるのは早い。

 たまたま一緒になったメライヤが、二人の通訳をしてあげたのだろう。そのミーア大司教とアルミス艦長が配下のいるテーブル席へは行かず、メライヤと共にカウンターへやって来た。


「みやびさま、お二人がアマテラス相談所をご希望だそうです」

「二人揃って? メライヤ」

「なんでも、みやびさまのお耳に入れたい事があるとか」


 そうなのよと頷き、アルミスと視線を交わし合う至って真顔のミーア。相手が相手だけに、アルネ組もカエラ組も相談員はご遠慮しますの構え。聞き耳を立てられても困るので、みやびは恒例となった宇宙輸送機コスモ・ペリカン七号機へジャンプ。


「これが私の新しいスライムちゃんよ、ラングリーフィン」

「これが私の新しいスライムちゃんです、みやび殿」

「まさか、これって……」


 ミーアが出したスライムちゃんは黒曜石の色で、アルミスの出したそれはアメジスト色。黒と紫、闇と光なわけで、スライムにも六属性があるという事だ。増殖し過ぎたのは放流していた二人だが、これは希少とばかりに契約を結んだと話す。


「希少でも数撃ちゃ当たるってことでしょうね、みやび殿」

「元となる栄養を……ご飯をあげた私たちの属性が、低確率だけど増殖で継承されたってことかしら、ラングリーフィン」


 みやびは愛妻たちで満たされているから、あんまり増殖させていない。つまりこのお二人さんは、あっはんうっふんを満喫してるってことね。ゼリーはきっと乳酸菌でヨーグルト味なんだろうなと、込み上げてくる笑いを必死に堪える。


 けれど二人の相談とは天地がひっくり返るような、聞けば誰もが衝撃を受けるような内容だったりする。それはたった一人でも魔力があれば、自分に足りない属性のスライムちゃんを祭壇に置くことで、船を動かせるのではないかという仮説であった。


 ――そんなわけで閉店後、ここは祭壇が広い戦艦シュバイツ号のCIC戦闘指揮所


 キッチンとカウンターのメンバーがそっくり移動し、実験の行方を見守っていた。五属性のスライムちゃんを祭壇に乗せ、六番目の属性として指名された飯塚が手を添えてみる。すると六属性が揃っていないと扱えない、粒子砲とゲートにシールドのアイコンが点灯するではないか!


「魔力が足りないせいでしょうか、粒子砲の砲門がひとつ開きません、お嬢さん」

「それが分かっただけで充分よ、ありがとう飯塚さん」


 惑星間鉄道の列車で懸案となっていた、運転手の問題がこれで一気に解決する。やったねと、両手をつなぎ飛ぶ跳ねる麻子と香澄。天の川銀河で路線を一部開通できるのではないかやと、カルディナ陛下も満足げに頷いている。

 なら光属性と闇属性のスライムちゃんを生み出そう。場がそんな雰囲気に包まれるけれど、当然ながら出来る人材は限られてくる。


「皆さん、どうして私たちを見るの? ねえ彩花さん」

「私たちが製造元になれってことよね、美櫻さん。ちょっと豊っち、黙ってないで何か言いなさいよ」

「いやその、どうリアクションしていいのか、なあ秀一」

「翌朝、太陽が黄色く見えそうだよね、豊っち」


 ウナギでもカキでもレバーでもアボカドでも、精がつくもの何でも用意してあげるからと、麻子と香澄がずずいと迫る。ひええと腰が引けてる秀一チームに、容赦なく畳みかける二人はいと恐ろしや。

 すると妙子さんが、ならばこの人たちもと人差し指を向けた。その先にいるのはみやびとフレイアにアリスだ。天文学的な確率にはなるけど、光と闇の複数属性持ちも夢じゃないわよねと。


 うひっと顔が引きつる、みやびとフレイア。高位聖獣さまは受けて立ちましょうとやる気満々だが、スライムちゃんまみれのアリスって何だか想像しにくい。

 まあ光属性と闇属性はたまたまであって、どの道ここにいる全員も乗組員たちも、スライムちゃんの増殖を推し進めなきゃいけない。各惑星にどんどんばら撒く必要があるからで、たとえエロい方法でも手段は問わないのだ。


『もしも、もしもよ。六属性持ちのスライムちゃんが生まれたら、もうペットではなく聖獣じゃないかしら』


 フレイアが送って寄こした思念に、そう言えばと顔を見合わせるみやびとファフニール。みやびとアリスなら、その可能性があるわけだ。

 アリスを生み出したのはイン・アンナであり、大精霊にその御業があるのは間違いないだろう。みやびが宇宙の意思から授かるのは、次元を飛び越える力だけじゃないいのかも知れない。


 その夜、みやびは不思議な夢を見た。

 まるでマカロニウェスタン西部劇に出て来るような荒野を、みやびはとことこ歩いていたのだ。空も大地もモノクロで、生あるものの気配がまるで感じられない。そんなみやびの瞳に、唯一色を持った存在が映る。しゃがんで膝に顔を埋めた少女が、しくしく泣いているのだ。


『どうかしたの、なぜ泣いているの?』

『助けて、私を助けて』

『ほら顔を上げて、私はみやび。あなたのお名前を聞かせてくれるかしら』


 夢は――そこで終わってしまった。

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