第573話 メライヤのペット

 ――ここはワダツミ号の甲板。


 お座敷のテーブルでみやびが、コンニャクと化し突っ伏していた。

  テーブルを挟んで向かいからファフニールが、『漢』と書かれた団扇でパタパタ扇いでいる。実はこの団扇、彼女のお気に入りだったりして。

 漢とは本来ならば、男を指す文字ではある。だが侯国の君主からすればみやびは、好ましき漢なのだろう。もちろん痴漢や門外漢といった意味ではなく、熱血漢や硬骨漢といった、力強さを感じさせる意味でだ。


「ふにゃあ」

「大丈夫? みや坊」

「すぐ回復するから、ちょっとこのままでいさせて、ファニー」


 来たる宇宙での艦隊戦に備えるべく、船を領民の住居としているアルカーデ号は除き、全て虹色コーティングを施した任侠大精霊さま。

 物理攻撃は反射し、魔法攻撃は吸収する。宇宙船全体へ施す為に使用する魔力は膨大で、それでみやびはコンニャクと言うかトコロテン状態なのだ。

 それでも魔力の回復は、以前とは比べものにならないほど早い。本来なら一日寝込んでも不思議ではなく、大精霊の片鱗がうかがえる。 


 さて虹色コーティングはしたものの、粒子砲のような属性を無視する万能攻撃は防げない。防御できるのは黄金魔法盾を展開できる、みやびただ一人だ。予断を許さない状況であることに変わりはなく、クルー達は船の整備点検に余念がない。


セブンスアトリビュート第七属性は突き詰めると、宇宙の意思ってことよね、麻子」

「宇宙の意思を実行する力ってことかな、香澄。精霊天秤の傾きで、創造神にも破壊神にもなるけれど」


 カウンター席でアルネとカエラが煎れてくれた、緑茶をすする麻子と香澄。

 アケローン川でどんちゃんパーティーをした時に、ぬっしー大国主命がそう言ったのだから間違いないのだろう。地・水・火・風・闇・光、この六属性を駆使して銀河と惑星を創造する力。それが宇宙の意思を顕現する、第七属性の御業みわざなんだよと、ぬっしーは教えてくれた。


「それにしても、みや坊を暗殺しようとした魂には呆れたわね、麻子」

「口を揃えて教祖さまのご意志だもんね、香澄」


 カウム真理教という新興宗教で、山梨県に教団の本拠地を置いている。異臭騒ぎや騒音で近隣住民から苦情が相次いでおり、警察も公安も既に動き出していた。

 八咫烏の調査によれば、信者をR国へ送り込み軍事訓練を受けさせているらしい。みやびを狙った狙撃銃も、R国製の軍用ドラグノフであった。

 教団は軍用ヘリコプターの購入まで計画しており、もはや宗教団体とは言い難い。日本を脅かす反社会組織で、極左暴力集団と何ら変わりはない。

 そして間違いなく悪しき精霊信仰であり、惑星イオナの立憲君主制を破壊しようとしたサルワ王一党と同じである。


「教祖は笠原焼香だったかしら、どうしてみや坊を狙うんだろう」

「教団はあくまでも実行犯で、裏で糸を引いてる黒幕がいると思わない? 麻子」

「成る程、自分は手を汚さず、事が明るみに出れば口封じと教団の解散命令か。香澄の推理、当たってるかも」


 日本人の感性を失い、金の亡者と化した者。おかしなイデオロギーに染まり、我こそは正義と信じて疑わない者。そんな連中からすれば、弱者の味方であり続けようとする任侠集団は、確かに邪魔な存在であろう。


 ただし宇宙人とお友達で、地球を丸焦げにするほどの宇宙船が存在する。下手をすればC国の二の舞で、表だってみやびと対立すれば我が身が危ない。

 加えて政治結社の党首であり、支持する有権者がどんどん増えている。無党派層や若者を取り込み、東京都だけでも百万票は優に集めそうな勢いなのだ。ギギギと歯がみしている勢力は、ひとつやふたつじゃないはず。


「いずれは山梨まで行って出入りかな、麻子」

「宇宙戦争を控えてる状態で、蓮沼組と雅会を東京から出すのは得策じゃないわ。タイミングは早苗さんと正三さんに要相談だね、香澄」


 そこでみやびがむくりと起き上がった。復活したようねと、キッチンにいるレアムールもエアリスも、アルネ組もカエラ組も、顔を見合わせぷくくと笑う。


 そこへふよふよと、変わった生き物がやってきた。地球人から見ればスフィンクスなんだけれど、サイズは小っこい手のひらサイズ。

 スフィンクスは女性形で、女性の顔と上半身を持つ。両腕が翼で、下はライオンの姿をしている。今ここにいるのは、ギリシャ神話に出て来るスフィンクスに近い。


 名前はメアド、メライヤのペットだったりして。

 領事としてして派遣される際、アメロン船団から連れて来たマスコット的な存在。ワイバーンにグリフォン、サンドクラブがいるくらいだ、宇宙には色んな生き物が存在するのだろう。

 アメロン船団が宇宙へ旅立つ際、食料の問題があってペットの持ち込みは禁止されていた。それでも離れがたかったメライヤは、密かに持ち込んでしまったのだとか。

 当然ながら発覚し、大目玉をくらうことになる。それでも処分に至らなかったのはブルーレン帝国の、国民性というか気質であり人情なのだろう。


「メライヤは祭壇で火器系統の講師をしてるはずよね、レアムール隊長」

「お腹が空いたのかしら、蒲鉾をあげようか、エアリス」


 さてこのスフィンクス、手が無い生き物だがどうやって食事をするのか。実はライオンの前足を器用に使って食べるのだ。ある意味にゃんこ状態のチェシャよりも、ずっと上品な食べ方をする。そしてこの生き物、割りと知能が高かったりして。


「んふ、おいちい」

「もっと食べる? メアド」

「出汁巻き卵も食べたいな、レアムール」


 こんにゃろめと思いつつも、つい出してあげちゃうレアムールとエアリスの図。

 いくら手のひらサイズといっても、乳房が露出してるのはマズイよねと、麻子と香澄が作戦会議を始めた。翼が邪魔して上から被る服は無理、紐無しブラかしらと。


「ブラってなあに? 麻子、香澄」


 知能は高いが敬語はないらしい。この調子で皇帝陛下にもマクシミリアと呼び捨てなんだそうな。それを許しちゃうのも国民性かしらと、苦笑する麻子と香澄である。


「みやびーみやびー、今夜は牛のお肉がいい」

「それはメライヤのリクエストかしら、それともメアドの?」

「メアドのリクエストだよ、固い恐竜のお肉と、臭い宇宙のお魚はもうオサラバ。メアドに美味しいご飯をちょうだい」


 どうやら彼女の一人称は、自分の名前みたいだ。馴れ馴れしいわねと、ファフニールもアリスも不満そうな顔をしているけれど。

 ふむと頷き、みやびは亜空間倉庫の在庫を頭に思い浮かべる。そういや常備菜もずいぶん貯まってるしと、本日蓮沼家の夕食はみやび亭ワダツミ号支店にけってーい。メアドの採寸をするのに妙子さんも呼ぼうと、麻子も香澄も破顔して手を叩く。


 ――そしてみやび亭ワダツミ号支店の開店。


 本日のお勧めというか、立て看板はもはや牛肉祭り。

 ステーキは部位によってサーロイン・ランプ・リブロース・ヒレからお好みで。焼き加減は血がしたたりそうな極レアから、ミディアム、ウェルダンと選べるよ。

 他にも麻子が牛肉とタケノコのオイスターソース炒めを、香澄がビーフシチューを手がけた。みやびがお通し代わりに、牛肉のしぐれ煮もご提供。もはや肉肉肉のラインナップ、一応キムチやナムルといった常備菜もあるんだけどね。


「首にかけるホルターネックブラが良いのではないかしら、みやびさん」

「その手があったか、お願い出来るかしら、妙子さん」


 任せてとメジャーを手にする妙子さんが、採寸を終えたメアドに目を細める。

 やっとご飯だと、彼女は用意されたサイコロステーキとビーフシチューに飛びついた。カウンターの上に陣取り、ライオンの前足で、スプーンやフォークを器用に扱うんだこれがまた。

 ステーキを頬張りシチューを堪能し、そしてバゲットを千切ってあむあむ。何だこの可愛い生き物はと、蓮沼家の男衆が揃って目尻を下げる。早苗と桑名に山下も、その愛らしい姿に頬がすっかり緩んでいた。


「うちの身内がご面倒をおかけしてすみません」

「気にしないでいいのよメライヤ領事、はいランプ肉のステーキお待たせ」


 すっかり恐縮しちゃってるメライヤに、みやびが置いたのは二ポンドのステーキ。二ポンドはまあ、ほぼ一キログラムのステーキだ。

 木製プレートの上に乗せられた鉄板、その中でいかにも肉肉しい塊がジュウジュウいってる。もちろんジャガバターと茹でたブロッコリーにニンジンが彩りを添え、さあ食え食うのじゃと言わんばかり。


「ソースは和風キノコにオニオンガーリック、おろしそに黒酢ワサビ、地獄の三丁目もあるわよ。どれにする? メライヤ領事」

「地獄の三丁目って何でしょう、みやびさま」


 あれよと指さす任侠大精霊さま。それは真っ赤な衣を纏うサーロインステーキを、美味しそうに頬張るマルガマルゲリータの姿であった。うわ辛そうと、隣に座る山下がドン引きしてたりして。


「オ、オニオンガーリックでお願いします」


 賢明な判断ねと、みやびがソースの入ったグレイビーボートを置いた。グレイビーボートは名前を知らなくても、カレーやシチューを入れる容器として誰でも馴染み深いのではあるまいか。

 それも味見させてと瞳を輝かせ、メライヤに詰め寄るメアドちゃん。ちょっとだけよとフォークに刺して向けるあたり、割りと仲の良い主従みたいだ。そんなメライヤとメアドに、目を細める栄養科三人組であった。

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