第572話 我々のルーツ

 近況ノートでご心配をおかけしたかも、心から深くお詫び申し上げます。でもこれが私の作風なので変えようがありません。

 ファンタジーを楽しみたいのに現代日本の政治問題が出て来るのは『鬱陶しい』とレビューを頂きまして、作品を非公開にしようかとも考えました。

 でもこれって作品の評価ではなく、作者の人格否定に等しいとも思えます。なので悔しいから開き直ることにしました、書きたいものを書きます、ごめんなさーい。


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 ――ここは蓮沼家の寮、ダイニングルーム。


 近衛隊が全員集結したため、キッチンがとっても賑やか。そんな彼女達に目を細めながら、コーヒーを口に含む栄養科三人組とパートナーの図。

 麻子も香澄も基本的にはブラックなんだけど、みやびだけはちょいと違っていた。彼女はコーヒーに、天然塩をふたつまみ入れて飲むのだ。


「みや坊、前から聞こうと思ってたんだけど、いつからその飲み方に?」

「福井晴敏って作家さん知ってるかな、麻子」

「映画化された、亡国のイージスと終戦のローレライを書いた人よね」


 その作品なら私も知ってると、香澄も話しに乗ってきた。みやびが言うにタイトルは忘れちゃったけど、米国海軍将校が塩を利かせたコーヒーを飲むシーンがあるんだそうな。


「それでハマったと」

「そういうことなのよ、香澄」


 どれどれと、みやびが置いた天然塩の瓶に手を伸ばす香澄。麻子とそれぞれのパートナーも試してみたいようで、興味深そうな顔で順番待ち。


「意外と……イケルかも、ねえ香澄」

「天然塩でないとダメよね、麻子。ただ塩っぱいだけの塩だと、台無しになりそう」


 ファフニールもレアムールもエアリスも、お砂糖よりこっちが良いと頷き合う。酸味のあるキリマンジャロなんかには特にお勧めよと、みやびは破顔してマグカップを両手で包み込んだ。そこはやっぱり料理人、コーヒーには砂糖とミルクって概念に縛られることはない。


 キリマンジャロはアフリカ大陸の最高峰である山岳のこと。キリマンジャロコーヒーはこの山の中腹、標高一千五百から二千五百メートルで栽培されている。アラビカ種のコーヒー豆で、上質な酸味と深いコクがあり愛好家も多い。


「ところでロマニア侯国の国歌を立ち上げたい訳よね、ファニー」

「そうよみや坊、それで日本の国歌を参考にしようかと思って」


 惑星イオナには数多の国があるけれど、国歌というものが存在しない。そのさきがけとしてロマニア侯国にと、ファフニールの鼻息は荒い。

 日本の国歌が参考になるのかしらと、顔を見合わせへにゃりと笑う麻子と香澄。どういう意味なんだろうと、レアムールとエアリスが首を傾げる。


「アメリカの国歌には『正義のために戦え』、なんてフレーズがあって格好いいけどね、麻子」

「日本の国歌は特殊だからね、香澄。共産主義者は歌いたがらないし」

「麻子、それはどうしてなの?」

「共産主義は帝や王を認めないし、信仰も認めないからよ、ファフニール」


 人差し指を立ててウィンクする麻子に、ああそう言う事かと眉を曇らせる侯国の君主さま。うわ面倒くさいと、レアムールもエアリスも口をへの字に曲げた。

 でもおかしいのよねとみやびは頬杖を突き、子供のように燥ぐ近衛隊を眺めた。歌いたくないのは君が代が、天皇の治世を賛美する歌だから、という理由が腑に落ちないのだ。


「元は古今和歌集第七巻にある、詠み人知らずの和歌なの。『君』が天皇を指すのであれば、『大君』でないと失礼だわ」


 この時代の和歌を紐解けば分かるのにと、みやびは塩入りコーヒーを口に含む。学校の教員たるもの、それを知らない筈はないでしょうと不満顔。


 “柿本人麻呂:大君は かみにしませば あまぐもの いかづちのうえに いおりせむかも”


 天皇を指す場合は大君と、ちゃんと使い分けされている。柿本人麻呂に限らず、古今和歌集や万葉集を開けば随所に見受けられるのだから明白。

 つまり『君』は広い意味で使われ、主君・父母・親族・配偶者・友人なんかも当てはまる。君が代が想い人に対して詠まれた和歌なら、もはや恋歌に等しい。長生きして盤石な人生を歩んで欲しい、君が代はそんな歌詞なのだから。


「リッタースオンになって、色んな言語が理解出来るようになったけどさ」


 そう言ってみやびは、大学ノートを開きペンを走らせた。君が代の歌詞を日本語で発音した場合、ヘブライ語ではどう聞こえるかをサラサラと書いていく。


 君が代は( 立ち上がれ、神を褒め称えよ)

 千代に(シオンの民)

 八千代に(神に選ばれし者)

 さざれ石の(人類を救う残された民よ、喜べ)

 巌となりて(神の預言は成就した)

 苔のむすまで(全地にあまねく語り伝えよ)


 そしてみやびは日本語で発音すると、ヘブライ語ではこう聞こえるのよと、更にノートへ書き加える。


 侍(護衛者)

 ありがとう(私は幸運だ)

 鳥居(門)

 困る(困る)


 ヘブライ語で意味がある日本の大和言葉は、三千種類もあるらしい。

 シオンとはヘブライ語で心の清い者を指す言葉。イスラエルの聖地であるエルサレム地方に住んでいた、複数の部族がシオンの民だとされる。


 モーセは捨て子になったり王子になったり逃亡者になったりと、波乱万丈な人生を歩んだ人物。八十歳のころは羊飼いとして、人生の晩年を迎えようとしていた。

 そのモーセが海を割り、エジプト王に弾圧されていたシオンの民を脱出させる。それが旧約聖書にある、出エジプト記なのだ。羊飼いが神聖な職業とされたのは、これが起源かも知れない。


 その民の一部がはるばる日本に来て、定住したとしても何ら不思議ではない。日本に帰化した氏族は、物部氏・倭漢氏・秦氏と、渡来人の記録は実際にあるのだから。


「浅草神社の拝殿にある垂れ幕、いつも疑問に思っていたのよね」

「どういう意味で? 香澄」

「徳川家康公も合祀してるから、左側にあるあおいのご紋は分かるのよ、麻子。でも右側の社紋は不思議な構図だなって」


 オカルトや神話伝承を大好物とする香澄が、みやびの大学ノートにその社紋を書いてみせる。それは三網紋と呼ばれる社紋で、由来は三人の漁師が網を揚げたところ、金の観音像が引っ掛かってきた伝説に由来するとされる。


「由来は後世になって書き換えられたんじゃないかなって、私は思うの。だって観音像なら神社じゃなくて、お寺になるはずだもの」

「もちろん根拠があるのよね、香澄殿」

「麻子殿、耳をかっぽじってよく聞くのです。失われたイスラエル十部族、その一つであるガザ族の紋章とそっくりなの」


 ほええと、目を丸くするみやびと麻子。

 日ユ同祖論なんてものがあって、日本人とユダヤ人の祖先は同じじゃないかと言う説だ。栄養科三人組からしてみれば、それは歴史学者さんと人類学者さんでドンパチやって下さいのお話しではある。

 重要なのはその痕跡が、日本のあちこちに存在するという事実に尽きる。お墓に十字架を立てる地域があるし、ご神体が十字架である神社も実在するのだから。


 日本人の遺伝子、全ゲノムが判明してから十五年以上も経過した。日本人はお隣の半島や大陸ではなく、セム系のユダヤ人に近いことが分かっている。セム系とは黒い髪、黒い瞳、浅黒い肌を持つ古代ユダヤ人のこと。


 日本人の遺伝子はD系統と呼ばれ、その大元はアフリカ大陸を起源とするDE系統まで遡ることができる。そしてこの系統、特にD2が、日本列島とチベットに集中しているのだ。モンゴル人でもなく、朝鮮人でもなく、中国人でもない、それが日本人である。


「ドッコイショもヘブライ語だと、神の力で押しのけるって意味になるのよ」


 みやびが面白おかしく話し、麻子と香澄が何よそれと手を叩き笑い出す。ソーラン節もヘブライ語だとすごい意味になるんだからと、みやび目は笑っているが至って真顔。その真顔で歌い出すから、尚更おかしいのだ。


 “チョイ・ヤサエ・エンヤン・サー・ノ・ドッコイショ(前へ進め、まっすぐに私と神は進む!)”


 日本列島を目指したシオンの民は大海原で、どんな思いでこの囃子を歌い、船を漕いだのだろうか。太古の昔だ、現代の我々は、想像するしかない。

 

 日本語が分かると言う前提で、閉まりかけたエレベーターに飛び乗ったとしよう。開ボタンを押してくれた欧米人に、日本人の多くはすみませんと言うのではあるまいか。

 そこで欧米人は首を傾げるのだ、どうして謝るのだろうかと。欧米は契約社会であり、謝罪は自らの非を認めたことになる。裁判に於いては賠償金を背負うことになるわけで、そう簡単には非を認めない。


 けれど日本人のすみませんは、ありがとうを含んでいる。

 そして日本人は、何よりも礼節を重んじる。礼を欠くことは恥であり、対外的な見栄ではなく美徳であると考える。

 議論を好まないのは相手を傷つけたくないから、理論よりも親愛を重んじるから。聖徳太子の『和を以て貴しとなす』はその典型であろう。

 ごり押しすることからは、何も生まれない。それを日本人はよく知っており、欧米諸国が培うことの出来なかった感性だ。

 これこそが日本人の気質であり、泣きたくなるほどの弱点でもある。日本の文化を破壊して乗っ取ろうとする勢力は、その弱点を突いてくるのだから。


「フュルスティン、ラングリーフィン、味見をお願いします」

「麻子さまも隊長も、香澄さまも副隊長も、感想をお願いします」


 近衛隊の乙女たちがワゴンを引いて、お皿を並べて行く。

 トロトロのチーズを纏うローストビーフで、粗挽き黒胡椒と彩りのトマトにイタリアンパセリが見た目も美しい。でもちょっと待て、夕食前なんだが。


 はにゃんと笑うみやび達。まあ可愛い近衛隊の乙女が作ってくれたもの、いただきましょうとフォークを手にする。

 そう言えばリンド族も、日本人の感性と近いものがある。バジルソースも利かせてあるローストビーフを頬張りながら、みやびはそんなことを考えるのであった。

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