第542話 ジャーナリストとして

 イサキの塩焼きなんて久しぶり、お米も味噌汁も美味しいと、ご飯お代わり三杯目の不法侵入者。彼は自ら、山下浩三こうぞうと名乗った。


 今日のお米は秋田小町で、味噌汁は仙台の赤味噌を使っている。

 みやび組のホームページにはプロフィールもちゃんと掲載しており、調理師免許とフグ調理師免許を持っていることも公開していた。

 そのせいか全国のネット民から、色んな食材や調味料が届くのだ。中には割りと高級なものもあったりして、ありがたやありがたや。


「お前さん、元は国営放送の記者だったのか」

「そうなんです、蓮沼の会長さん」


 正三が名前でいいよと言い、マーガレットがまだ残っていた肉団子の皿を山下の前に置いた。こいつも美味いですねと、ご飯お代わり四杯目。

 この人は普段どんな食生活を送っているのかしらと、眉を八の字にする栄養科三人組である。特ダネを掴むために、コンビニのサンドイッチや惣菜パンが主食になってはいまいかと。


「前総理が暗殺された時、その真相を究明しようとしたんです。そしたらどういうわけか、政治部から社会部に異動させられて」

「それで産渓新聞に移ったと?」

「そうなんです、正三さん。ジャーナリストとして、納得がいきませんでしたから」


 国営放送の職員なら高給取りのはず。京子さんがよく転職したもんだわと、感心しきりでお茶を煎れる。

 国営放送ビルの駐車場には、外交官ナンバーの車両が常に駐まっているという。所有はC国大使館のものってことで後はお察し。報道に介入している左側のスパイどもを、八咫烏が検挙している真っ最中だ。


「それで、私に聞きたい事って何かしら、山下さん」

「国民の税負担率は実質五十パーセントに近い、先進国でもトップクラスです。これじゃまるで江戸時代の農民だ、党首としてどうお考えですか? みやびさん」

「消費税を廃止すべきだと思っているわ」

「そのためには財源が必要ですよね」


 財源なんてと、みやびはころころ笑った。

 躍起になって天下り先の法人を作ろうとする、省庁の官僚をとっちめればお釣りがくるわと真顔になる。税金をチューチュー吸っている、実態の薄い天下り先を潰すのが先よと。


 国民のためと言いつつも、やってる事は全く国民の利益に繋がっていない。そういった無駄な支出を徹底的に排除し、国民の税負担率を昭和の時代に戻したいわとみやびは鼻息を荒くする。


 ならば少子化問題の取り組みはどうでしょうかと、山下は質問を変えてきた。みやびがどんな回答をするのか、早苗と桑名がによによしながら見守っている。


「社会に進出したい女性もいるから、男女平等参画には賛成よ」


 でもねと、みやびは眉間に皺を寄せた。こんな時代だから共稼ぎしようと言って来る男性と、俺が稼ぐから子育てと家のことは頼むと言って来る男性、どっちに魅力を感じるかしらと。


「そりゃ後者だよね、麻子。稼ぎが良いならそれに越したことはないもの」

「共稼ぎじゃ子供の教育に、中々手が回らないものね、香澄」

「昔は亭主元気で留守がいい、そんな言葉があったな」


 急に正三が、ぼそっとつぶやいた。どんな意味なのと尋ねる栄養科三人組に、正三は破顔して湯呑みに手を伸ばす。昭和や平成の時代はそれが通じたんだと。


「亭主が外で稼いでくれるから、嫁さんは子育てに集中できるし気楽なわけだ。今はそんなこと言ってられる時代じゃねえけどな。税負担に対する収入が少なすぎる、これじゃおちおち出産もできないだろう」

「少子化問題は税制と込みで、変えないといけないわよね、お祖父ちゃん。全ての女性が外で働きたがってる訳じゃないし」


 男女平等と言いつつ女性を社会で働かせようとし、結婚率と出生率を下げる政策。それが左側の日本を弱体化させる手口でしょうと、みやびは憤慨する。


 そんなみやびに満足したのか、山下は目を細め五杯目のお代わりをした。おかずはもうないけれど、味噌汁だけでご飯が進むらしい。それじゃ寂しいでしょうとベネディクトが、台所からキュウリとキャベツの浅漬けを持って来た。


「国会議員は一人当たり、およそ七千万の歳費が必要です。議員を減らすべきという論調がありますけど、みやびさんはどう思われますか?」

「それは逆よ山下さん。国会議員は省庁が変な事をやってないか、監督する義務があるの。監督役の議員を減らしたら、喜ぶのは税金をチューチューしたい腐れ官僚に決まってるじゃない」


 むしろ悪徳官僚とはずぶずぶの関係にならず、お金に惑わされない国会議員をもっと増やすべきだとみやびは主張する。

 なるほど言いますねと笑い、山下は浅漬けを頬張った。昆布出汁が利いていて、お茶にもお酒にも、そしてご飯にもよく合う。


「天下り先の金庫を満たすため増税に走る官僚ってさ、自分の子供や孫が重税で喘ぐって考えないのかしらね、香澄」

「考えてないから出来るんでしょうね、麻子。学校の成績が良いのと賢いのは別ってことよ」


 麻子と香澄も口さがない。

 もちろんまともな官僚だっている。早苗が奈良県知事に推薦した平口氏は誠実な官僚で、例の小東議員とは総務省時代に犬猿の仲だったんだとか。お金で釣れない憂国の士が、今の日本にはもっと必要なのだ。


「それにしても見事な竜の置物ですね」


 山下が床の間のミニ座布団で眠る、満君に箸を向けた。その口から青白い球体がひょこんと出て、ふわふわと上昇する。


「お、置物が……動いた」

「はいはい皆さん対閃光防御、山下さんもこれを」

「サングラス? みやびさんどういう事でしょうか」


 けれどみんながサングラスをかけるもんだから、山下も見習って装着する。そしてお茶の間がしばし閃光でホワイトアウト。


「これからあなたは、色んなスクープを手にすることでしょう。けれど公開するタイミングは、私に一任させてもらうわよ。それが嫌なら……」


 サングラスを外し半眼となる早苗に、この人は本気だと青くなる山下。だが真実を追い求めるのがブン屋の性、いいでしょうと箸を持ち直して浅漬けを頬張る。

 ここでひとりのジャーナリストが、仲間に加わることとなった。情報をねじ曲げて報道しない、正しい新聞記者が。


 そこへ近衛隊員がよろしいでしょうかと、縁側からひょこっと顔を出した。淡いピンクのワンピース姿だから、背負う長剣に違和感がはんぱない。

 近衛隊に報道関係者は追い返せと指示していたのだが、その数がどんどん増えてしまい手に負えなくなったらしい。


「お姉ちゃん、雷撃を放ってきましょうか」

「それはめてあげて、アリス」


 はにゃんと笑うみやびとファフニール。むしろおにぎりでも持っていってあげようかと、顔を見合わせる麻子と香澄。山下を見てブン屋の食事がお粗末なのを、見抜いてしまったとも言う。

 ならば具は何にしましょうかと、コーレルとマーガレットにベネディクトが思案を始める。敵対者でなければ、リンドの竜は人に対して基本的に優しい。梅干しと高菜にサケのフレークにしましょうと、レアムールとエアリスが席を立つのである。


「ここでよろしいでしょうか、山下さま」

「あ、ああ、ありがとうアリスちゃん」

「次は正門から、守衛所を通しておいで下さいませ」

「わ、わかった」


 ふよふよ浮く重力無視のアリスにぶら下げられ、塀の外に駐めた社用車まで連れてこられた山下記者。これも特ダネなんだが、まだナイショよと微笑む般若の顔をした早苗を彼は思い浮かべる。いやあれはおっかないと。

 蓮沼は確か一人娘だったはず。みやびにそっくりなこの少女は何者だろうかと思いつつも、山下はハンドルを握ってエンジンをかけた。これから面白くなりそうだ、堪りませんねと。


 街道へ出るには守衛所の前を通るのだが、そこで山下は車を止めた。何だか災害時の炊き出しみたいで、近衛隊がおにぎりと味噌汁を報道陣に振る舞っている。取材する側とされる側が、よく分からないお祭状態なもんだから山下は苦笑してしまう。


 そんな彼が思わず車を止めてしまったのは、お祭りの中にマルガマルゲリータの姿が映ったからだ。地属性の力で蔦を伸ばしぐるぐる巻きにしてくれた相手ではあるが、美人さんだよなと口元を緩ませる。


 そんな山下に気付いたマルガが、長剣に手をかけながら向かって来た。それでも山下は車の窓を開けてしまう、彼女の声が聞きたくて。


「ラングリーフィンと話しは済んだのかしら」

「そんなおっかない顔するなよ、蓮沼家への出入りは認められたんだ。これからは仲良くしようぜ」


 ならいいけどと、剣の柄から手を離すマルガ。そんな彼女に山下は言葉を繋ぐ、良ければ今度デートしないかと。彼女の実態が竜であることも知らないまま。

 車の窓越しでしばし見つめ合う二人、実はラテーン語でデートに置き換わる単語はなかったりする。デートって何よと、詰め寄るマルガであった。

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