第267話 モスマンの逆臣討伐(1)

 食前の祈りで宝石の魔力がすぐ満タンになる聖女さま。

 なので彼女は宝物庫に山積みとなっている宝石から、ダイヤモンドだけをちょこちょこと集めては魔力充填していた。おかげさまで魔力タンクのスペアは、ばっちり大量に確保している。


 そのダイヤモンドが入った革袋を麻子と香澄、そしてヨハン君に手渡すみやび。周囲では軍団が、出発準備に追われていた。


「もたもたするな! 早く整列しろ!!」


 パラッツォの怒声が聞こえてくる。まあもたもたしていても、みやびは野営テントごと亜空間倉庫に放り込むんだけどね。


 八年前の戦争で生まれた扇状の荒れ地で、リッタースオンである三人は最大奥義を会得するために特訓を重ねて来た。

 まだ言霊スペルを口にしないと発動できないし威力調整が難しいけれど、アリス先生からは上出来と言われている。

 ちなみに聖女さまは、全部無詠唱でマスターしたごようす。愛妻でさえ絶句してしまうトンデモ性能は、相変わらずのみやびであった。


「宝石の補助が無かったら、みや坊は一日に何発撃てるの?」


 麻子に問われたみやびは人差し指を顎に当て、空を見上げて頭を右に、そして左に振る。実はアルカーデ号に吸われた時以外に、自分の魔力が枯渇したという記憶が無いのだ。


「わ、分かりましぇん」

「底なしかいな……、宝石の補助無しだとあたしら十発が限度なのに」


 呆れる麻子組と香澄組。アリスが言うには大技を使えば使うほど、最大魔力量と自己回復能力は上がっていくものらしい。威力コントロール出来るようになれば、燃費も良くなると。


 みやびは元から魔力量が多い上に、虹色魔法盾や聖獣召喚、土偶ちゃんたちの同時制御と、無自覚で大技を使っていたとアリスは話す。アルカーデ号への魔力供給はその最たるもので、最大奥義三百発相当だったんだそうな。


 一日三百発も撃つシチュエーションってあるのかしらと、麻子も香澄もヨハン君も呆れてしまう。いやその前に、みやびは対地戦用の粒子砲も扱う。威力をどこまで上げられるのやらと、誰もが遠い目をした。 


「そう言えば僕も、空を駆ける滞空時間が長くなってきてますね」

「ちょっとちょっとヨハン君、魔力が完全に枯渇すると意識飛ぶから気をつけてよ」


 みやびの経験者は語るに、そうなる前に兆候があるから大丈夫ですと、頭に手をやるヨハン君。そりゃあ空中で魔力が切れたら危ないわさ。隣でレベッカが、すっごい心配顔してる。


「みや坊、みんな、準備はいいかしら」


 第一種警戒態勢のファフニールがマントをひるがえし、モスマン組のメンバーたちを連れてきた。整列していた近衛隊が、一斉に不動の姿勢で君主を迎える。


「準備オッケーよ、ファニー」


 軍団と近衛隊を亜空間倉庫に入れ、重職達は調理科三人組のワイバーンで移動することになる。竜化して長距離を飛んだら、ご飯がいくらあっても足りませんもの。モスマン組の方は、サレウスがグリフォンで運んでくれる。


 みやびのマサムネちゃん。

 麻子のタカトラちゃん。

 香澄のユキムラちゃん。

 グリフォンの方がワイバーンより飛行速度が若干速いため、それぞれに分乗し重量バランスをとっての四騎編成。そう言えばサレウスのグリフォンに、名前はあるのだろうか。


「デイジーと言います……が、皆さんどうかされたのですか?」

「あはは、何でもない何でもない、良い名前ね」


 みやびの反応に首を捻るサレウス。

 デイジーとは雛菊ひなぎくという花の名前で、軍人が相棒に花の名前を付けているのが意外だったのだ。戦国武将の名前を当てているのがちょっぴり恥ずかしくなった、調理科三人組の乙女たち。


「武運を祈っておるぞよ、アムリタ」

「ああ、行ってくる。戻ったらカルディナの手作りカレーが食べたいな」


 ポッと頬を染める女帝さま。

 最近はダイニングルームへ行かず、ずっとカルディナの手作りを一緒に食べてるじゃないかと誰もが思う。もちろん口に出しては言わないけどね。

 ちなみに身重のルワイダ皇后は城に残ってもらい、ティーナとカエラに食事のお世話係を命じたみやび。

 ティーナはどうしてと剥れていた、一般採用のメイドでも良いではありませんかと。けれどカエラの護衛としてミウラ港に同行させたみやびの計らいは、昨日が最終日だったのだ。


「エビデンス城の留守を預かる、チェシャと妙子さんチームを支えてあげて」


 涙目で見送りに出たティーナの頭を優しく撫で、みやびは抱きしめてあげた。カエラがんばれと、心の中でエールを送りながら。





 それからゲートでモスマン帝国の首都マッカラに飛び、モスマン軍と紅貿易公司の選抜メンバーを亜空間倉庫に入れ、飛び立ったワイバーン三騎とグリフォン一騎。

 遠ざかるみやびたちを見送った領事館のアルネチームと武官たちが、さて始めましょうかと準備に取りかかった。


 首都は番地ごとに区画が決められており、順番にその区画の希望者へお料理を教える文化交流である。当日配給された食材でどんなお料理が作れるのか、それを楽しみにする市民も徐々に増えて来ていた。


「ローレル、本当はあなたも行きたかったんじゃない?」

「私はぁ、与えられた任務を忠実に全うするだけですぅ」


 やせ我慢しているなと、アルネは直ぐに見抜いた。

 君主と宰相をお守りするのが近衛隊の使命、けれど今は武官として赴任している。己の心を押し殺して欲しくはないと、アルネはローレルの手を取り自らの胸に当てた。


「仮でも私は貴方のリッタースオンよ、本心を聞かせて」

「うぅ、アルネの意地悪ぅ」

「大好きだから、ローレルのしょんぼりしてる姿を見ると胸が痛むの」

「ほ、本当は……行きたかったですぅ」


 思わずアルネは、ローレルを抱きしめていた。

 そんな二人にアダマスが遠慮がちに、『あのう……』と声をかけた。無粋とは知りつつも、料理を教えて欲しい市民が既に集まっていると。


 いっけないと、二人は顔を真っ赤にして手を動かし始めた。配下の四人に伝染したみたいで、あれがスオンなのねと体をくねらせちゃってる。


 出立する前にみやびは、いつもの食材と一緒に冷凍の手羽先をででんと置いていった。市民への配給は済んでおり、その手羽先料理が本日のテーマ。


「先を切って、二本ある骨の細い方を抜きます。残った骨に沿って肉を指で押し込み形を整えることで、はいチューリップの出来上がり」

「それを小麦粉と香辛料を加えた粉に付けて揚げるのですね? 領事さま」


 質問した若い女性にそうですとアルネは微笑み、実際に揚げて見せる配下の四人。手羽先とは言え久しぶりの肉、市民たちが真剣な顔で見入っている。


 この調理法は昭和の時代、学校給食でよく出たものだと正三から聞き及んでいたみやび。作り方は華板の直伝で、味付けは和風・洋風・中華風と色々。

 いまアルネが教えているのは、市場で入手が容易な香辛料を使う洋風バージョン。揚げたてジュウジュウ音を立てるそれは、確かにチューリップの花に見える。

 味見で頬張る市民たちがあふあふ言いながら、口に手を当て『んふぅ』と笑みをこぼす。夫と子供にもぜひ食べさせてあげたいと。


「切った先っぽは捨てないで下さい。アクを取りながら一日四十分煮込み、これを五日間続けて下さいね。塩で味を調えれば美味しいスープになります」

「五日間……ですか? 領事さま」

「食べられない骨と、食べられる肉・軟骨・コラーゲンに分かれてとろとろになりますから。私の師匠によれば、コラーゲンは女性のお肌に良いそうですよ」


 参加した女性たちがそれは貴重な情報と、メモにペンを走らせた。アルネチームの文化交流、快調な滑り出しである。

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