第140話 悠久の箱船(1)

 フライドポテトやオニオンリング、塩漬け豆にゴボウとニンジンが入った野菜かき揚げまで作り始めたテントの近衛隊。

 調理科三人組は特に指示しておらず、任せてみたのだ。お題は城の女性達にインタビューし、現地で入手できるものを使い味付けすべしと。


 北限でも岩塩はあるし、雪の無い時期に摘んで乾燥させたハーブ、ニンニク・ショウガ・唐辛子もあるとのこと。

 近衛隊はこれらを使い、簡単に美味しく作れる料理をと考えた結果の揚げ物。この創意工夫やひらめきが出て来るならば、もう立派な料理人であろう。


 賑やかな甲板での調理を近衛隊に任せたみやび達は、長老から城内を案内されていた。グレーに近い軍艦色とは裏腹に、中は丸太小屋みたいな造りで暖かい。

 実際に壁や天井は年季の入った丸太で、中層は領民に家族単位で割り当てたログハウスが並ぶという印象。


「ねえ長老さん、このお城はやっぱり木造船よね? 衝撃から守る地属性、寒さから守る水属性、火から守る火属性、船として動かす風属性、四属性の加護が施されているわ」


 みやびの問いに、長老達が目をパチクリさせながらほうと漏らした。

 実はテントや食材を突然出現させた彼女に、彼らはただ者ではないと当初は警戒していたのだ。

 けれど雪まみれになって子供達や犬と遊ぶ姿を目の当たりにし、杞憂だったと考えを改めていた。

 特に犬は悪意を持つ者に敏感で、調教され城の警戒に一役かっている。そんな犬たちにも懐かれる人物なら信用できると。


「よくお気付きになりましたな、ラングリーフィン。さよう、この城は天変地異による環境変化に合わせ、民ごと移動できる箱船はこぶねなのです。元はずっと北の方に位置していたのですよ」


 太古の昔に建造されたものだと長老達は口を揃える。しかし誰がどんな意図で造り上げたのかは、文献が残っておらず諸説あると彼らは言う。

 だが身に覚えがあるみやびは、成る程と頷いていた。生み出したのが精霊か人間かは分からないが、土偶ちゃんが正にその魔道具だからだ。


「後で上の操舵室にも、皆さんをご案内しましょう」


 そしてみやび達は下層にある食料備蓄庫に案内された。冬ごもりしている間の作業場と倉庫が、下層部分に当たると長老の代表が教えてくれた。

 みやびがそれではと、亜空間から支援物資を次々積み上げていく。これで全州の城を満たせると、長老達の表情は明るい。


「他のお城……船への積み込みはどうしましょうか」


 階段を上りながらファフニールが尋ねると、全州の船がここに集結しつつあると長老の代表は話す。

 各州の城に届けても良いと思っていたのだが、その必要は無さそうだ。本当はみやびと、もっと旅行気分を味わいたいと思っていたのはナイショ。


 けれどファフニールの『チェッ、残念』という心の泡立ちは、重なり合う様々な淡い色となってみやびにちゃんと伝わっていた。チラリと視線を向ければ、みやびもムフフという顔でファフニールを見ていたのだから。


「どうぞ中へ、こちらが操舵室です」


 軍艦で言うところの艦橋に当たる部分、その一番上。案内されたみやび達は思わず息を呑んだ。特に調理科三人組は、船の舵を取る舵輪だりんがあると予想していたのでびっくりだ。


 そこは想像していた船の操舵室ではなく、教会の聖堂そのものであった。

 特筆すべきなのは守護聖獣の像が全て宝石でちりばめられており、祭壇の上ではなく床に配置されているところ。

 雪空でも全方向の窓から入る光でまばゆい虹彩を放ち、ここが神聖な場所であることを物語っていた。


「領民がここで日々の礼拝を行い、聖獣像の宝石に蓄えられた魔力が船を動かす動力となるのです。私の娘を紹介しましょう、船長であり聖職者のミーアです」


 長老の代表でありハーデン城の城主が、祭壇の脇に控えていた娘を手招きした。鐘の付いた杖をカランと鳴らし、白いローブを纏う女性が歩み寄り会釈をした。

 首から下げた二重十字架にも宝石が埋め込まれており、明らかに上位聖職者。なのに彼女の頭上には、司教を示す冠が無かった。


「初めまして、ミーア・フォン・アルカーデと申します。遠路はるばるいらして頂き、感謝に堪えません」

「私はみやび・ラングリーフィン・フォン・リンド・蓮沼、よろしくね。ところでひとつお聞きしてもいいかしら」


 それぞれと挨拶を交わす中、みんなが疑問に思っていることを直球でズバッと聞いてしまう。ファフニールが少々慌てているが、良くも悪くもそれがみやびの性分。


「鐘の付いた杖を持てるのは司教さま以上と伺っているわ。けれどあなたには司教冠が無い、どうして?」

「それは私からお話ししましょう」


 遠慮の無い方だと苦笑しながら、長老の代表が胸に二重十字を切った。そんな彼の話しを聞き、みやび達ははらわたが煮えくりかえった。


 旧枢機卿は司教の任命と引き換えに、ツンドラ地帯にある遺跡の所有権を要求していたらしい。当然だが北限領邦国家は断固拒否したわけで、任命されないまま今日に至るのだと。


 死してなお帝国に仇をなすかとパラッツォが歯噛みし、ブラドが拳を握り締め行き場の無い憤りを押さえ込んでいた。全く以て理不尽かつ迷惑な話しである。


「ファニー、これ法王さま知らないんじゃないかしら」

「間違いないわみや坊。ミーアさま、我々が帰還する際にはご同行下さい。今エビデンス城には法王さまも新しい枢機卿もいらっしゃるのです」


 北限の長老達は、旧枢機卿が火刑に処された事を知らなかったらしい。ぜひ我らの娘もと、手を胸の前で組んだ。船を動かす聖職者は、代々王の娘から選ばれているのですと。


 その頃ハーデン城の外では、近くの森にカエラとと畜場の責任者が足を踏み入れていた。先導するのはカエラの愛犬オービス君。罠の仕掛け方を教わるために、領民が数名同行していた。


「森へ入った途端に鹿を目にするとは、仕掛けた罠の数だけ捕獲できそうだな」

「そうなの? お父さま」


 尋ねるカエラに、彼はこれを見なさいと近くにあった広葉樹の幹を撫でる。倣って撫でれば樹皮が食べ尽くされ、木肌がスベスベだ。


「当たり前だが冬眠する熊と違い、鹿は冬でも食料を必要とする。雪が積もれば木の皮でさえ口にするのさ」


 それで罠にかかりやすいのかと、カエラが感心しきり。そんな娘の顔に微笑みながら、と畜場の責任者は組み立て式の箱罠を仕掛け始めた。


 罠の仕組みと使い方を、同行した領民達が聞き入っていた。食べない訳ではないが、積極的に肉食をしてこなかった彼ら。鹿肉なんて美味いのだろうかと半信半疑なのは、まあ昔の日本人みたいなものだ。


 それを横目で見ながら、カエラはオービスの頭を撫でた。地属性の魔方陣を展開しつつ、一頭仕留めて帰ろうよと。

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