第139話 いざ北限領邦国家へ

 そして準備万端の一週間後、ここは東シルバニアのクスカー城。

 ロマニア全土から集めた干し肉と塩漬け豆に根菜類、それにオトマール公国とクアラン国から預かった支援物資はみやびの亜空間倉庫に全て収まっている。


 面子は旧ボルドの併合使節団がそのまま北限領邦国家に向かう形で、そこにブラドとパラッツォも加わる。出張手当にホクホク顔のカエラと、父であると畜場の責任者にも参加してもらった。


「ラングリーフィン、本当に鹿肉を召し上がるのですか? 臭いし固いわで、私には良い思い出がありませんけど」

「美味しく食べる調理法があるから大丈夫よ。あなたには仕掛ける罠と解体方法を、現地の人に伝授して欲しいの」


 肩をすぼめると畜場の責任者に、調理科三人組は大丈夫まかせてとグーサインを送った。彼は傭兵時代に罠で鹿を捕らえ、食糧難で仕方なく食べていたと言う。

 だからこそ協力を要請した訳だが、その食糧難に見舞われたのが八年前の戦争だったと彼はこぼした。


 冬に閉ざされては通信手段に針尾雨燕が使えないので、支援の申し入れと受け渡しの段取りはエアリスにお任せしていた。

 今も先触れから戻り空腹を満たすため、揚げタコスをアフアフ言いながら頬張っている。にゅーんと伸びるチーズに彼女の頬が緩んでいる。


 燃費は悪いがこういう時に風属性のリンドは大活躍だなと、みやびと麻子が感心しきり。パートナーである香澄がちょっと誇らしげな顔をした。


 目指すはリンド山脈から一番近いハーデン城、旧小国の長老達が集まりロマニアからの支援を待っているらしい。長老とはかつての王で、今は長老達による合議制が採用されているとブラドが教えてくれた。


「民はどうしてるのかしら」

「各州にある城を開放し、城内で冬ごもりをさせるのだそうです。その城の食料備蓄がまるで足りないそうでして、長老達が頭を抱えておりました」


 実情をその目で確かめたエアリスがみやびの疑問に答え、ならば早く届けてあげましょうと一行はリンド山脈を飛び越えた。


「うわぁ、山脈を越えた途端に真っ白なのね。ファニー、入国申請はどこでやるのかしら」

山間やまあいを縫うように流れている川があるでしょ、あのシマン川で申請するわ」


 超えた山脈の麓が国境で、川が両国を行き来できる唯一のルートだとファフニールは言う。人間が山脈を越えるのは無謀な行為らしく、双方とも国境警備を配置しているのはシマン川だけらしい。


 既にエアリスが手続きしていたので、熊のような格好の北限兵とはサインのやり取りで入国申請はすんなり終了。これから向こうの領地内に入る。

 みやび達はボアが付いた毛皮のコートとマフラーを身に付け、その上からマントを羽織った。

 と畜場の責任者がブーツの底に敷いて下さいと、干し草をみんなに配ってくれた。汗を吸うのでブーツの中が冷えないのだとか。元A級傭兵が培った知恵なのだろう、麻子と香澄がこれはいいと喜んでいる。


「みや坊、ハーデン城が見えてきたわよ」

「お城って言うより要塞ね」


 それはまるで軍艦のような城。主砲に機関砲、レーダーや魚雷発射管が付いていたらマジ軍艦。真っ白い雪の海原を航海しているのかと、勘違いしてしまいそうだ。


 城壁や城門といったものは無く、エアリスの先導で先に守備隊が城の側面中央に舞い降りた。つまり船で言うところの胴の間である。

 上空から見ていると、甲板に相当する面に民が集まりタラップを降ろしている。こりゃ本当に船だわと、目を丸くするみやび。

 安全が確認できたようで、レベッカが放つ火の魔力弾が上空に上がった。みやび達も地上に降り、タラップを登って甲板に出る。


「ようこそおいで下さいました、フュルスティン・ファフニール。帝国伯のみなさんもお揃いとは、感謝に堪えません」


 長老の代表が口上を述べ、寒いから中へどうぞと誘う。けれどファフニールはその前にと、みやびに目配せをした。

 当然のことながら、甲板で始めるのは運動会テントを並べての屋台営業。リンド達は長距離を飛んでお腹ペコペコなのだ。

 みやびが亜空間からテントや食材を次々と出していく光景に、長老達もタラップを下ろすのに動員された民も呆然としている。嘘だろうと。


「あの、何が始まるのでしょうフュルスティン」

「お祭りとでも思って下さい。冬ごもりの民も参加して構いませんよ」


 陸上自衛隊には、二百人分の食事を四十五分で作れる野外炊飯専用のトレーラーがある。野外炊具一号と呼ばれるオープンキッチンだ。

 かまどが六、野菜調理器が一、球根皮剥器が二、発電機が二で構成される。災害派遣でも大活躍なので、お世話になった被災者の方も多いはず。


 調理科三人組と近衛隊が総出で当たれば、野外炊具一号の十台分に相当する調理が可能。簡単な料理ならば、二千人やそこらの腹ペコ達よどんと来いなのだ。


「こちらがお持ちした支援物資の目録になります」


 貴賓席として設けられたテーブルで、護衛のレアムールとエアリスを背にファフニールは書類を長老代表の側近に手渡した。

 魔力探知を終えた書類に額を寄せ合う長老達。そこに記された数量に、これで冬を越せると安堵の息を漏らす。


「それにしても、犬がたくさんおりますわね」

「雪に閉ざされると、我々の移動手段は専ら犬ぞりですから。その餌にも困っていたのですよ」


 ファフニールが甲板を走り回る犬を眺めていると、アルネチームがお盆を手にテーブルへやって来た。


「お待たせしました、暖まりますよ」


 アルネが運んできたのは、干し肉をぬるま湯で戻しジャガイモやカブ、タマネギやニンジンと一緒に煮込んだ料理。干し肉に塩が利いているので戻し汁をそのまま使用し、味付けはニンニクとショウガのみ。

 アルネに続きパウラがお湯割りぶどう酒を、ナディアが蒸した黒パンとスプーンを並べていく。


「いやこれは……、干し肉を戻すという発想がすごいですな」


 長老達が、これは美味いと忙しくスプーンを動かし黒パンを頬張る。屋台は大賑わいで、麻子と香澄が興味津々で集まって来た城の女性達に作り方を教えていた。

 けして備蓄保存食のお下がりではなく、調理の仕方によって美味しくなることを伝えたかったのだ。 


 そして何故かみやびは、城の子供達と一緒にワンコと遊んでいた。ぬるま湯で戻した干し肉を犬に与えながら、城の甲板を走り回っている。

 雪が舞い始めた中、吐く息も白い。薄く積もった雪に足を滑らせ、子供達と一緒に尻餅をついていたりする。


「みやび殿はどこに行っても、やっぱりみやび殿なんじゃな」

「パラッツォ、意味がわからん」

「子供に好かれるという事じゃよ、ブラド」


 ああ成る程と頷き、ブラドはケトルに入ったお湯割りぶどう酒をパラッツォに注いだ。そして自分のマグカップにも注ぎ、明日は晴れればいいなと空を見上げていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る