第125話 統治者の入城

 裸になり、お互いがお互いを抱き枕にして眠るみやびとファフニール。いつもそうだから、遠征先のテントでもそれは変わらない。


 けれど最近おかしなことが起きる。

 肌と肌がくっついて、融合してしまうのだ。もちろん初めは驚いた二人だが、意識すれば分離して元通りだから実害は無いし、何より融合している間は心地が良い。


 麻子や香澄に尋ねてもそんな事は起きておらず、どうもこの現象はみやびとファフニール限定のようだ。


『みや坊、変なとこ触らないで。くすぐったい』

『いやいや触るも何も、両手両足は一体化しちゃってるし』


 顔も頭も融合し話せないが、意思の疎通が普通にできるこの不思議。どこがくすぐったいのだろうと、みやびがあっちこっちに意識を向ける。

 するとファフニールが悶絶もんぜつするポイントを発見。ここなのねと攻めたら、みやびも同じポイントに反撃を受けてしまった。


『あひゃひゃひゃ、ファニーだめ! そこだめ!』


 そうこうしてるうち二人は完全に一体化し、大きな卵へと姿を変える。その表面には無限大を表す紋章と八花弁の紋章が浮かび上がり、虹色の虹彩こうさいを放つのだ。その卵を守るかのように、聖獣達がベット周囲に陣取っていた。


 ――翌朝。

 みやびは運動会テントで朝食の指揮を執り、ファフニールは地図を広げヨハン組と行程の打ち合わせを始めていた。

 二人とも卵と化した記憶は無く、心地よさとたゆたう流れに身を任せ眠りに落ちたのだ。目が覚めたら元に戻っており、あれは夢だったのかと思うほど。


「フュルスティン、何かいいことありました?」


 ヨハンがファフニールの顔を眩しそうに見上げた。今にも鼻歌が聞こえてきそうな表情をしていたようだ。


「あったと言えば……あったかな」


 ちらりとみやびに視線を向けたファフニールの頬が緩み、ヨハンが少し顔を赤らめる。彼は寝ぼけたレベッカから抱き締められ、胸の谷間で危うく窒息するところだったのだ。

 その手のいいことがあったんだなと、彼は解釈したらしい。いや待てヨハンよ、窒息しかけたのに嬉しかったのか? そんなことなど覚えていないレベッカは、地図を人差し指で真剣になぞっているが。


「みんなご飯よー、プレートを持って整列!」


 みやびの声に即時反応するリンド達。最後尾に回されちゃ敵わないとばかりに、プレートを掴みお行儀よく並び始めた。

 その様子を見て、炊き上がったご飯をほぐしながらティーナとローレルがフフンと鼻を鳴らす。もう交通整理は要らないなと。


 竜化前なので量は人並みの朝食。それでもご飯がでんと盛られるのは昨夜と変わらず、仕切られたプレートには彩り豊かなおかずが添えられる。


 メインはカリッカリのベーコンと目玉焼き、別の仕切りにはボイルした腸詰めが並ぶ。ケチャップかソースかマヨネーズかはお好みだけれど、中には混ぜ合わせてカスタマイズするリンドも現われた。


 そんな中、全部お醤油にしたフランツィスカは中々にいさぎよい。ピーナッツ味噌と卵豆腐をプレートに置いていくパウラとナディアが、それもアリですねと笑みをこぼす。


「これは本当に大豆なのですか?」


 こちらは小さな板前さんが置いたプレートに目を見張る、オリヴィアとペトラに聖堂騎士。メインとなるおかずがどう見てもサイコロステーキなのだ。

 昨夜は聖職者用の野菜カレーで安心したが、いま目の前で存在感を誇示するいかにも肉っぽい物体に戸惑っている。


「正真正銘、大豆ですオリヴィアさま。お醤油味で美味しいですよ」


 にっこり微笑む小さな板前さん。お代りは気兼ねなくどうぞと言い、運動会テントに戻って行った。


「どうやら私たち、食事の心配は無さそうですわね」


 その食感と味わいに感激するオリヴィア。ペトラと聖堂騎士も、これが大豆なんだと思わず頬を緩めて頷く。       

 向こうもビュカレストと同様、教会が城に隣接している。三度の食事は遠慮無く食べに来てねと、オリヴィアが請け負っていた。






 出発前にエラン城へ先触れを出しており、特に問題が無ければ直接城の正門前に降り立つ手筈となっていたロマニアの併合使節団。


「城下町の規模は東シルバニアと同等かしら」

「そうね、でも問題は税収とその使い道よ。蓋を開けてみないと分からないけど、ある程度の覚悟は必要かも」

「うああ、考えたくない」


 そんな会話を交わすみやびとファフニールの瞳には、眼下のエラン城が映っていた。城の正門前に整列する騎士団と戦士団、そして聖堂騎士が見える。

 先触れと合流したヨハンが先導し、まずは守備隊が降りていった。上空で待機しつつ、近衛隊が周囲に警戒の目を光らせる。


「こうしてみると、竜騎士団も近衛隊も統率が取れているわね」

「ふふ、ああ見えてパラッツォは軍規に厳しいのよ」


 赤もじゃやるねえと感心するみやび。どうやら安全が確保出来たようで、レベッカの放つ火炎弾が上空に上がった。


「クスカー城以来ですね、クレメンス」

「お待ちしておりました、フュルスティン・ファフニール。お約束を果たすことが出来、安堵しております」


 聖堂騎士クレメンスを筆頭に、騎士団と戦士団がひざまずいて臣下の礼をとる。絵踏みをしてしまった哀れな武人達に、みやびの胸がチクリと痛んだ。


「聖獣ちゃんたち、本来の大きさになって」


 亜空間倉庫から出したお立ち台に上がるファフニールとみやび。それを囲み守るように、聖獣ちゃん達が睨みを利かせる。

 後ろでは近衛隊がいつでも竜化できる状態で整列し、同様に両サイドで待機する守備隊のメンバー達。


 突然現われたお立ち台と聖獣に、騎士団と戦士団は目を点にしていた。けれど聖獣の存在に彼らはひれ伏し、おのれあやまちを悔いた。


「皆、おもてをあげなさい。私達は貴公らを罰しに来たのではありません、ロマニアの民として受け入れに来たのです」


 開口一番、朗々と響くファフニールの声。侯爵冠が陽光を受けて輝き、無限大を象った真紅のマントが風に揺れる。


「ただ今を持ってボルドはロマニア侯国に併合されました。西シルバニア領となり新たな一歩を踏み出すことを、ここに宣言致します」


 方伯冠を輝かせながら、みやびが高らかに宣言の声を上げた。

 あのお方が領主になられるのだなと、お立ち台でファフニールと並ぶみやびに騎士団と戦士団の目が釘付けとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る