第126話 みやびの改革

 かつてはボルド王の執務室が、今はみやびのエラン城執務室。そのテーブルに関係者一同が集められていた。

 顔色が悪いのは王に仕えていた文官達で、叩けばホコリがいっぱい出てきそうな雰囲気である。


「歳入の資料があるのに歳出の資料がないって、どういうこと?」


 みやびの指摘に、冷や汗を流す文官達。これには騎士団長も戦士団長も寝耳に水だったようで、どうなっていると声を荒げた。


「毎年作成するのですが、王が焼き捨ててしまうので」

「ならばあなた達の記憶の範疇で構わないわ、財政状況を教えて頂戴」


 聞けば国庫は火の車で、王が亡命したサルワ国から借財を繰り返し自転車操業だったらしい。一応聞いてはみたが、金蔵は案の定空っぽだと言う。そして唯一の資産だった宝石箱を、王は持ち逃げしたとのこと。


 第一種警戒態勢でファフニールとみやびの後ろに立つレアムールとエアリス、ティーナとローレルも呆れ顔。

 文官が震える手で差し出す借用書をひったくるようにして受け取ったレベッカが、魔力探知を行いみやびに手渡す。 


「金貨二千枚か。ファニー、この場合は帝国法でどんな扱いになるのかしら」 

「借主がボルド国になっているわ。国が消滅した以上、この借用書はタダの紙切れになるわね」


 自分たちの俸給は借金から捻出されていたのかと、がっくり肩を落とす騎士団長と戦士団長の二人。身の置き所がないのか、文官達が縮こまっている。


「おいさめはしなかったのですか? それこそ文官の役目でしょうに」


 問いかける知事オリヴィアに、そんなことをすれば首が飛びますと文官達はうなだれた。彼らが言う首が飛ぶとは、左遷や更迭ではなく物理的な話しらしい。

 かつてはシルクで栄華を誇った国が、たった一人の愚王でここまで落ちるのですかとペトラが顔に手を当てた。  


「歳入が金貨五千枚もあるなら、どうして回して行けないのかしら」


 領地規模と歳入額はミズル州やマイア州と変わりはなく、麻子が資料を眺めながら首を捻る。こういう事じゃないのと、香澄が執務室のあちこちを指差した。


 家具の全てが宝石や金をちりばめた華美なもの。持たざる者が見栄を張る典型ねと、香澄はバッサリ切り捨てた。平たく言えば王の浪費癖だろうと。


「サイモンさんに頼んで、宝石商ネットワークに鑑定してもらいましょう。私としては家具を質素なものに入れ替えたいわ」


 売り払って領地運営に当てたいと言うみやびに全員が同意を示し、オリヴィアとペトラも教会にある贅沢な家具を撤去したいと口を揃えた。


 そこへワゴンを押すパウラとナディアを従えたアルネが、休憩を挟んではと入室した。まるで計ったようなタイミングの良さに、みやびとファフニールが目を細める。


 香澄直伝の、シュトレンを切り分け皆に置いていくアルネ。表面は粉砂糖で真っ白だが、切られた断面には練り込まれたドライフルーツやナッツが顔を覗かせる。

 ドイツではクリスマスに欠かせない伝統的なお菓子で、作り方を伝授した香澄がちょっと誇らしげ。


「こいつは美味いですな、ぶどう酒との相性も良い。それにしても水やお湯で割らないぶどう酒を口にするのは久しぶりだ」


 そんな騎士団長の何気ない言葉を、みやびは聞き逃さなかった。フォークを置いてあなたの俸給はいくらなのかしらと尋ねてみる。

 ボルドの騎士や戦士は領地を持たず、俸給制だと聞き及んでいた。どのような暮らしをしているのか、確認せねばなるまい。 


「私は銀貨五十枚です。戦士団長は?」

「四十五枚だが」


 アルネがシュトレンを切っていたパンナイフを、危うく落とすところであった。彼らの俸給が自分の半分かそれ以下なのかと。

 騎士団長なら伯爵相当で金貨三枚でもおかしくないはず。なんて薄給なのと、ファフニールが眉をひそめながら碧い髪をかき上げた。


「騎士団長、家族は何人いるのかしら」

「わはは。うちは大家族でして、女房と息子五人に娘三人です」


 みやびの問いに騎士団長は頭に手をやり、戦士団長もうちは七人家族ですと目尻にしわを寄せる。


 準男爵であるアルネの俸給金貨一枚は、皇帝領を基準にしたもの。けして破格というわけではなく、ファフニールが妥当と言ったのも皇帝領に準じたからだ。 

 国を守る武人がぶどう酒を薄めて飲むほど生活に困窮するなど、ロマニア侯国としてあってはならない。


 みやびは粛正された貴族と接収した財物の資料に目を通し、人差し指を顎に当てると天井を見上げた。

 悪しき習慣の蔓延が物語るのか、貴族はみな粛正され残っているのは女性子爵一人だけ。本来はこの場に出席すべきところだが、王の亡命にショックを受け寝込んでいるらしい。

 

「廃国処理に合わせ、騎士団と戦士団の皆さんには領地持ちになってもらいます」


 天井から顔を戻したみやびの言葉に、二人は目をぱちくりさせた。それもそのはずで、帝国法に反し反乱を起こしたのだから何かしらお沙汰があると、覚悟してこの場に挑んだのだ。


「ラングリーフィン、我々は罪人ですが」

「これは領地経営という、私からあなた達に与える罰よ」

「しかしそれでは世間に示しがつきません」

「世間て何? ここはロマニア侯国の西シルバニア領よ。そして領主は私。各地の領民を束ねる指導者が必要なの、あなた達は領民を見捨てるつもりなの?」


 それでは民を見捨てて亡命した旧ボルド王と同じと言われてしまえば、返す言葉もなく顔を見合わせる騎士団長と戦士団長。


 みやびは窓の外に視線を向けた。会議の結果を待つ、騎士団と戦士団の団員達が見える。二人は責任を全て被り、団員達の助命嘆願を乞うつもりだったのだろうとみやびは見抜いていた。

 家族を抱えていながら部下を思うその気持ちは天晴あっぱれ。けれどその気概と覚悟を、領民に向けて欲しいのだ。


「午後からは市場に向かいます。こちらの物価が知りたいの、案内よろしくね」


 そう言ってみやびは微笑んだ。

 窓の向こうでは近衛隊が運動会テントで、昼食にする牛丼ともつ煮丼の仕込みに入っている。お醤油とみりんに日本酒を煮込む良い匂いが、こちらにまで漂って来ていた。

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