第109話 差別発言は許しません

「お掃除が雑です。それと井戸から水桶に水を貯めていないのは、どうしたことかしら。かまどに火も入っていませんし、昼食はどうするつもりなの?」


 アルネが容赦なくダメ出しをパウラとナディアに突き付ける。修道女は口を出さず、新生フライフラウ女性男爵のお手並み拝見と静観の構え。


 アルネは教会の子供達を支えてきた。家族を失い涙に暮れる子が眠りにつくまで、付き添ってあげた日々。自分も悲しかったけれど、同じ境遇のまだ小さい子らを守りたかった。そんな辛い八年間が脳裏に蘇り、アルネを突き動かしていた。


「黙っていては分かりません、答えてちょうだい」

「いらしてから……その、ご指示に従おうと」


 言葉遣いを改めたナディアがうつむき、パウラがそうよと顔をしかめる。

 日常生活に於いて、水を絶やさず火を起こすのはこの世界に於いて常識。二人は家族から役割分担を与えられた事がないのだろうかと、アルネは首を捻る。


 家族が存命だった頃のアルネは、井戸から水を汲んで水桶に貯めるのが日々の仕事だった。朝と夕方に井戸を三往復、大した労働ではないし時間もかからない。

 兄は薪を割り、姉はその薪で三度の食事毎に火を起こす。これが三兄妹に与えられた役割で、それさえこなせば後は兄妹で山野を駆け巡り川遊びをした。

 グレーン州の田舎町で大工の棟梁だった父と、お針子さんだった母に兄妹三人。あの幸せな日々はもう戻ってこない。


「ならば指示を与えましょう。お掃除はやり直し、水桶に水を貯め、竈に火を起こしてちょうだい。私はこれから職務で市場へ行きます、昼に戻るまで終わらせておくように。では修道女さま、参りましょう」


 扉に手をかけて開くアルネに、修道女は頷いた。本来ならここで、いってらっしゃいませとお見送りすべきところなのにと思いながら。

 そんな二人の背中に、思いもしない声が聞こえた。元は戦争孤児だったくせにという言葉が。


「ちょっとパウラ」


 ナディアの顔が青ざめている。

 修道女が堪忍袋の緒が切れたと言わんばかりの形相で、パウラに詰め寄ろうとする。だがアルネは若草色のマントをひるがえし、私の役目ですと修道女を制した。


 つかつかとパウラに歩み寄るアルネ。パンという乾いた音が室内に響き渡り、パウラは床に倒れ伏していた。そのパウラを見下ろし、アルネは平手打ちした右手を拳に変えて突き出した。その人差し指には公式文書を扱うための紋章印が光る。


「私は戦争孤児です、事実ですから否定も隠しもしません。けれどこの紋章印とマントは、帝国伯であるラングリーフィンより授かりしもの。口を慎むのです」


 そしてアルネはよく聞きなさいと、膝を折りパウラと目線を合わせた。その仕草はどことなくみやびに似ている。アルネもまた、みやびの影響を受けているのだろう。


「リンド族は人として認めて欲しいと願っています。けれど帝国は今、その差別問題で嵐が起きようとしている。特にラングリーフィンは差別意識を殊更嫌うお方、その不用意な発言が牙であるお父上の進退問題になりかねないと胸に刻みなさい」


 泣きじゃくるパウラを背中で感じつつ、アルネと修道女は今度こそ扉を開けて屋敷を後にした。


「解雇にはしないのですね? フライフラウ」

「これも精霊のお導きで縁だと思うのです、辛抱強いのが私の取り柄ですから。それよりも修道女さま、お屋敷でお昼をご一緒しませんか?」


 あらご馳走してくれるのと、修道女は目を細めた。どこか暗い影を引きずっていた少女はもういない。目の前に立つ小さな女性男爵は、これから国を支えていく志士なのだと感じ入る。


 みやび亭三号は、鍋を取れば鉄板や焼き網をセットできる魔改造仕様。日替わりでメニューを変えていこうという、新たな試みである。

 そのメニューは子供達に委ねられており、今日は鉄板でお好み焼きと皆で決めていた。その段取りと売れ行きを確認し、メモを取りながら手応えを感じるアルネ。

 ラテーン語の読み書きや行儀作法を教えた子供達の、生き生きと立ち働く姿に修道女も嬉しそうだ。 


「行列の最後尾が見えませんでしたね、フライフラウ」

「手応えはばっちりです。明日は焼きそばにしようかな、網で串焼きにしようかな」


 楽しみでしょうがないといった面持ちのアルネは、市場で購入した食材を両手で抱えていた。これも本来ならば使用人が持つものと、修道女の眉が八の字になる。


「お、おかえりなさいませ」

「ちゃんとやっといたわよ……、ひぎ! やっておきました」


 ビクビクするナディアと、そのナディアにお尻をつねられたパウラ。そんな二人にアルネは、これからお料理をひとつ教えますと手招きした。

 言ったそばから目の色が変わり、メモとペンを取り出す二人。ラテーン語の読み書きは出来るのだなと、アルネはホッと胸を撫で下ろす。そこから教えるようだと苦労が半端ないのだ。

  

 四人前~ 

 チーズ:お好みで六百グラム(ピザ用が扱いやすいけれどお好みで)

 牛乳:二百cc(大人の味なら白ワインで)

 すり下ろしニンニク:一片

 塩:こさじ一

 胡椒:適量

 片栗粉:小さじ一

 パン・ジャガイモ・ニンジン・ブロッコリーなどお好みの素材。聖職者でなければウインナーも良い素材。


 ピザ用に砕かれたチーズならそのまま片栗粉をまぶし、塊のチーズなら細かく切って片栗粉をまぶす。

 一口大に切った野菜を茹でつつ、もう一つの鍋にチーズと牛乳とニンニクを入れ、弱火でゆっくり溶かしかき混ぜていく。チーズは一度に入れず、数回に分けるのがポイント。

 全部溶けたら塩と胡椒を加えてかき混ぜ、チーズフォンデュの出来上がり。敷居が高そうで意外と簡単な、野菜が余った時にみやびがよくやるまかない料理。


「食事を共にすることを許します。パウラ、ナディア、テーブルにつきなさい」


 アルネが三人にフォークを渡していく。どんな風にして食べるのだろうかと、修道女もパウラもナディアも首を捻っている。


「好きな素材をフォークに刺して、溶けたチーズの中にくぐらせるのよ」


 アルネが手本を見せ、修道女がブロッコリーを、パウラがジャガイモを、ナディアが黒パンを、それぞれチーズフォンデュにくぐらせ頬張る。


 修道女は頬に手を当て、パウラとナディアはフォークを握り締め足をパタパタさせている。こうなるともう手が止まらない。


 一つ釜の飯を食い連帯感を生む。そんなみやびの手腕は、ちゃんとアルネにも受け継がれていた。

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