第92話 野良ワイバーンの捕獲(1)

 本日はマイワシが大漁だったようで、クーリエ・クーリド姉妹が運んだ木箱の中は大羽おおばでいっぱい。 

 幼魚はシラスでなじみ深く、小羽は十センチ前後、中羽は十五センチ前後、大羽は二十センチ前後。

 地域によっては二十五センチサイズを大羽と呼ぶ場合もあるが、多少の違いはあっても大きさで呼び名が変わるお魚さん。


 骨は柔らかくウロコを指の爪で落とせるし、包丁を使わなくても手開きできる美味しい魚。スーパーでは目刺しで流通することも多く、焼けば頭から尻尾までバリバリ食べられる。


 やっぱりお刺身かなと言うみやびに、フライも捨てがたいわと腕を組む麻子と、オイルサーディンも美味しいわよと人差し指を立てる香澄。


 揉めそうなので、全部作っちゃおうとみやびが先手を打つ。そのチーム分けをする中、民間のメイド達がちょっと浮かない顔をしていた。

 それもそのはずで、市場に鮮魚は並ばないからだ。市場に美味しい干物が並ぶようになったけれど、新鮮な魚で仕上げた料理をまかないで口にする度、市場に鮮魚が欲しいという思いが強くなっていく。 


「ラングリーフィン、ご相談が」

「エルザさん、どうかしたの?」

「野良ワイバーンを捕獲して、市場への鮮魚輸送に使えないものかと」


 つまりカエラのような騎手を増やし、ゴンドラで鮮魚を運ぶ民間ルートを開拓しようと言うお話し。料理を世に広めたいファフニールと妙子も、検討すべき事案ねと頷き合っている。


 みやびは人差し指を顎に当て、天井を見上げた。鮮魚を露天販売するなら、氷が大量に必要よねと。そんなみやびのつぶやきを耳にして、アルネがよろしいですかと手を挙げた。


「ラングリーフィン、私達は教会でスペルも教わるんです。水属性の私なら、魔力充填された宝石があれば氷を作れます」

「……はい?」


 ロマニア正教会は子供達に、術者となる選択肢も与えていたようだ。

 魔力弾は護身用として。

 風の力は山林を開拓するため。

 火の力は焼き畑を実現するため。

 水の力は水源を確保するため。

 地の力は作物の生長を促すため。

 そんなスペルが教育に組み込まれていたらしい。子供達が仕事の斡旋で得た収入は、それぞれが宝石を所持する資金として蓄えられているのだと。


 法王からお詫びとして送られてきた宝石入りの革袋五つ。あっちの世界で食材を調達する足しにしてと、みやびはファフニールから譲り受けていた。その一つが今、腰帯に結ばれている。

 日数はだいぶ経過しているわよねと、みやびは中からアクアマリンを取り出しアルネに手渡した。桶の水を凍らせて見せてと。


「イサダクシカオーヲラカチニシタワーヨイレイセノズミ」


 手を胸の前で組み、スペルを唱えるアルネ。それはまるで神社の祝詞のりと。屋台で刺客が発した悪意のある耳障りな呪文ではなく、小鳥がさえずるような清らかなスペル。それと同時に桶の水がパキパキと音を立てて凍り付いた。


 氷を作るだけなら、魔力弾と違い魔力消費は少ないのですとアルネは微笑んだ。熱を出した子の氷嚢ひょうのうを作るくらいしか、今まで使い道が無かったらしい。


 夏になったら風属性の子と、かき氷で生計が立てられそうねと笑うみやび。かき氷が分からず首を傾げるアルネの頭を、そのうち教えてあげるとみやびは撫でた。

 アイスクリームの応用で、水属性と風属性の合わせ技からかき氷を作る技もみやびは編み出していた。


 発注している残りの屋台、仕様変更が必要かもとみやびの口角が上がっている。取り組んでいる職人さん達が悪寒を覚えたのは、たぶん気のせいではない。


「ねえファニー、子供達に宝石を持たせたいのだけど」

「いいわよみや坊。どうせ法王さまからの頂き物、有効活用しましょう」


 自ら魔力を持ち、宝石に執着を持たないリンドだからこそ出て来るセリフなのだろう。みやびの配下なのだからと、二つ返事で頷くファフニール。水属性の子供達が氷を販売すれば鮮魚販売の問題は解決だ。


 水属性の子にはアクアマリンを。

 火属性の子にはルビーを。

 風属性の子にはシトリンクォーツを。

 地属性の子にはエメラルドを。

 十五歳までの稼ぎで手にするのはまず無理な宝石を受け取り、子供達が目をぱちくりさせている。小粒ですが高品質ですねと、エルザが本職丸出しで目を輝かせていた。


 その翌日、ここはファフニールの執務室。

 御前会議を招集し、野良ワイバーンを捕獲するための会議が行われていた。発案者であるエルザもサイモンと共に呼ばれ、席についている。


 ワイバーンは帝国中に生息しており、山奥の洞窟を住処すみかとしている。

 肉を好むが雑食性なので、山の食料が豊富ならば人里に降りてくる事はなく、人や家畜を襲うこともない。満腹状態のライオンが目の前を通り過ぎるシマウマに無頓着なのと同じ。


 ところが食糧不足になると人里に降りてきて、畑を荒らし家畜を襲う厄介な存在となり討伐隊が編成される。


 なぜ飼い慣らさず討伐するのか不思議に思われるかも知れないが、魔力充填された宝石と、エサ代込みで飼育する環境を整えるのは民間人にとって難しいのだ。

 しかも魔方陣を展開できるくらいの、信仰心の厚さが要求される。カエラの場合はと畜場という、理想的な飼育環境があったというレアケース。


「捕獲は良いとして、騎手のなり手はどうするのじゃ?」


 概ね賛成として、パラッツォが腕を組んだ。民間ルートを開拓するにも財力の無い者なら、ワイバーンの飼育を維持するのは難しいだろうと。

 そんな中、サイモンが実はと言いながら頭をかいた。息子がワイバーンを欲しがってましてねと。


「サイモンさん、それだとカイル君は魚市場の仲買人になっちゃうわよ」


 みやびの指摘にサイモンはそうですねと頷き、エルザと顔を見合わせた。実は妻のお腹に二人目がおりましてと、頬を朱に染めるサイモン。それはおめでとうと破顔するみやびに、お熱いですことと重職たちも祝福する。

 宝石商としての後継者問題は置いといて、商会の財力をもってすれば環境は整うだろうし鮮魚販売ですぐに利益を出すはず。


「ちょうどグレーン州知事のキリアから討伐依頼が来ています。みんなで捕まえに行きませんか?」


 まるでピクニックにでも行くような口調でヨハンが依頼書をヒラヒラさせ、皆の視線がみやびに集まる。


「……何?」

「青龍ちゃんで一撃ではありませんか、ラングリーフィン」


 エアリスに指摘され、ああそう言うことねとみやびがにへらと笑う。お弁当は何がいいかしらと、重職に加わった麻子と香澄が相談を始めていた。


 依頼があったグレーン州のスオミ村へ飛ぶ、調理科三人組の各ペアとお付きのメイド達。ブラドとパラッツォに、グレーン州の領主であるヨハンとレベッカも空を駆ける。

 

「ブラドが竜化したの初めて見たけど、紫色のウロコが綺麗ね」

「ありがとうみやび。実はこんな事も出来るんだぞ」


 そう言った途端、ブラドの姿が消えてしまった。キトンにビブスとマント、それと剣が空中に浮かんでいる。驚くみやびに、光属性の特技よとファフニールが笑う。


「ウロコを鏡のように変え周囲に溶け込んでしまうの。子供の頃はかくれんぼでずいぶん苦戦したわ」

「苦戦というより僕の圧勝だろ、ファフニール」


 そう言って紫色に戻したブラドが、パッと姿を現わした。竜の姿でかくれんぼなんて、スケールがでかいとみやびは呆れる。

 だが遊んだ後に空きっ腹で城へ帰り、ラウラにしこたまお説教された思い出もあるとブラドは懐かしんだ。

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