第62話 和風ハンバーグですよ!
妙子の要請によって、緊急御前会議が開かれていた。
「妙子殿、すまんがもう一度言ってくれぬか」
「ですからモルドバ卿、みやびさんは作る料理に回復効果を付与する能力があると」
妙子の言葉に皆が呆れを通り越し、押し黙った。みやびだけが事の重大さを理解できず首を捻っている。
回復や延命といった術の行使は等価交換であり、代償となる触媒が必要となる。それは術者自身の命だったり、生け贄となった者の命だったりする。妙子とブラド五世が正にそう。
つまりみやびは等価交換を無視して、触媒なしの治療行為を料理で行った事になるのだ。なにせ当の本人はピンピンしているのだから。
リンド族ですらそんな魔力の使い方など聞いたことがなく、ブラドが腕を組んで参ったなと頬を緩めた。
「規格外を更に飛び越えたか」
「ブラドよ、ならばみやび殿を何と形容すればよいと思う」
「賢者……いやむしろ魔人と言った方がしっくりくると思わないか? パラッツォ」
「ちょっとブラド、それひどくない?」
ブラドのあまりの言い草に、頬を膨らませるみやび。だが近衛隊チームも守備隊チームも、うんうんと頷いている。
どうやらみやび、魔人認定である。そこへ妙子がそういう話しではなくてと、テーブルをトントン叩いた。
「料理の腕前だけでも引く手あまたなのに、触媒を必要としない回復能力をみやびさんは持つのです。選帝侯であることすら無視して、欲しがる
これこそが、緊急御前会議の招集を要請した妙子の理由。
彼女の
「フュルスティン・ファフニール、この件は
ヨハンの発言に、誰もがその通りだと頷いた。
ファフニールは重職達を見渡すと、重々しく口を開いた。みやびの回復能力に関しては、エビデンス城に
――そのころ調理場では。
「麻子さま、細切れにした肉の塊を両手でポンポン打ち付けるのは何故でしょう?」
ハンバーグを作る工程で、エミリーがその動作に興味を持ったようだ。
挽肉に炒めたタマネギとパン粉を加え、合わせ調味料は牛乳に塩と胡椒。それにすり下ろしニンニクを加えた種を手に打ち付けながら、麻子はにっこりと笑った。
「こうして空気を抜いているの」
「空気を……抜く?」
「焼いた時に空気が膨張して割れちゃうからよ。割れると美味しい肉汁が外に出て食感がボソボソになっちゃうから」
ただ見ているだけでは見過ごされがちな大事な一手間を、エミリーとミスチアがメモに書き込んでいく。ハンバーグは焼くと膨らむから、中央にくぼみを付けるのも大事だと麻子は付け加える。
「いま試し焼きしたやつ、食べてみて」
麻子は切り分けたハンバーグを小皿に乗せ、三人の前にことりと置いた。なぜ三人かと言えば、カルディナ姫が調理場に居座っているから。
カルディナ姫は遊び相手……もとい好敵手のファフニールが会議でおらず、手持ち無沙汰なのだ。
「これがハンバーグとやらか、柔らかくて美味いのう」
切ったそばから肉汁があふれ出るハンバーグに、同じく頬張ったエミリーとミスチアも目を細めている。
だが麻子は、まだ未完成なのよとカルディナ姫にウィンクした。
「こんなに美味いものが、未完成なのかや?」
「ソースの味を決める前に、みや坊が会議に行っちゃったからねー」
そんな麻子にサラダとポタージュスープを手がけていた香澄が、和風きのこソースじゃないかしらと、テーブルの一角を指差した。
そこにはシメジにマイタケと、シイタケが積まれている。ああなるほどと、麻子がポンと手を叩いた。事前に用意した素材を見れば、みやびが何をしようとしていたか麻子も香澄も分かるようだ。
一般向けには大根おろし。リンド向けにはワサビおろし。そこに和風きのこソースねと、麻子と香澄が頷き合う。
充分美味しいのに更に味を重ねるのかと、カルディナ姫はもちろん、エミリーとミスチアもポカンと口を開けていた。
さあお昼だと、ダイニングルームでメイドたちも準備万端。守備隊や牙達も慣れたようで、トレーを手にお行儀良く列を作る。
そこへみやびが、腹ペコ達に昼のメニューを説明していく。
「サラダは好きに取っていいからねー。ドレッシングは香澄謹製のサウザンアイランド、美味しいわよ」
サウザンアイランドがどんなドレッシングかは分からないが、みやびが美味しいと言うのなら期待できると、守備隊や牙の顔が綻ぶ。
「こちらがメインのハンバーグになります。リンドのみなさんはハンバーグにワサビおろしを乗せて、牙のみなさんはダイコンおろしを乗せて頂戴。そこに和風きのこソースをかけまーす。あ、牙の方でも辛いのが好きな人はワサビ使ってもオッケーよ」
牙のメンバーが、いやワサビはご遠慮しますと顔をブルブル横に振る。そんな彼らにほんのちょっぴり使うと美味しいわよと、みやびがアドバイスしている。
「素でも美味しいと言うに、この和風きのこソースとやらは何じゃ。ライスが止まらん!」
溢れ出る肉汁と甘塩っぱい和風きのこソース。そこにダイコンおろしが良い仕事をしている。
「姫君、このポタージュスープも侮れません。ジャガイモがこんな風になるなんて」
カルディナ姫とミスチアが、和風ハンバーグセットを頬張り頬に手を当てた。姫は気にしなくて良いからと、ミスチアに袖を引かれ同じ席についたエミリーも驚きを隠せない。
「これは帝国に必要な知識と技術じゃな」
ハンバーグとライスを交互に頬張りながら呟くカルディナ姫に、ミスチアとエミリーも頷く。その後ろでは、パラッツォが三杯目のライスお代りに席を立っていた。
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