第58話 麻子と香澄のお料理教室
みやびとファフニールが離れのゲートに飛び込んだその頃。
調理場で、麻子の周囲と香澄の周囲にメイド達が集まっていた。特に取り決めをした訳ではなく、辛味を覚えたいメイドと甘味を覚えたいメイドに分かれたのだ。
献立はみやびと一緒に決めるので、これは食事の準備ではなく料理を教える一環としてのおやつ。
ボウルに大皿を乗せ、慎重にひっくり返す香澄。持ち上げたボウルから姿を現したのは黄色い物体。
それを見た麻子が、中華鍋を振りながら大笑いしていた。何そのお化けプリンはと。
「家でやると怒られるから、やってみたかったんだー。特大プリン」
ボウルで作った直径三十センチのプリンに、香澄はフライパンで作ったカラメルソースを垂らしていく。
本当はバケツで作りたかったようだが、掃除用以外で未使用のバケツが無かったらしい。ふわふわっとした見た目の香澄だが、やることは意外と大胆。
幼い頃、プリンをいっぱい食べたいと夢見た香澄。市販のプリンの素で作ろうとしたが、家族に止められ実現することはなかった。
その夢がやっと叶った。けれど彼女は、もうプリンをいっぱい食べたいとは思わない。自分の作ったお菓子を食べた人が美味しいと言ってくれる喜び。香澄の夢は、プリンを起点に大きく広がったのだ。
そのプリンをカレースプーンですくい、こぼれないよう左手を下に添えながらエアリスに向ける香澄。
「食べてみて、エアリス」
この所、香澄は最初の味見にエアリスをご指名する。しかも手ずからで。エアリスもまんざらではなさそうな顔で、差し出されたスプーンのプリンを頬張る。
「舌触りがなめらかで美味しい。それに優しい甘さ」
「プリンが嫌いな人に、私は会ったことがないわ。さあみんな、食べて食べて」
よろしいのですかと戸惑うメイド達に、香澄がスプーンを手渡していく。
「いいのいいの、デザートで出す時はこのカップで作るから。本来はこの大きさなのよ」
そう言って香澄は、通常サイズの型を手にしてウィンクした。スプーンを受け取ったメイド達が、麻子が言ったお化けプリンの意味を理解したようである。
みやびの配下である子供達と一緒に、小皿に分けたプリンを頬張る香澄チーム。
かたや麻子は、
辛み付けのためにさや唐辛子を加えて炒める料理ではあるが、麻子が振るう中華鍋の中は真っ赤なさや唐辛子の海。
加熱に協力していた妙子の顔が強ばっている。
「本当は唐辛子を避けて食べる料理なんだけど、リンド族は唐辛子ごとバリバリいけそうだしね」
皿に盛り付けると、唐辛子の中からカシューナッツを箸で掘り出し、レアムールに向ける麻子。
「はい、味見」
腰まである長い髪が印象的な、見た目は清楚な美少女に見える麻子。だが騙されてはいけない中身はオヤジ。ほれほれと、お気に入りのレアムールを急かす。
根負けしたレアムールが、頬を朱に染めながらカシューナッツを頬張った。
「うん、カシューナッツの甘みとコクに辛さが乗ってて美味しい」
「でしょ、みんなも食べて食べて。妙子さんも味見して……、あれ?」
加熱調理に協力していた妙子の姿が、いつの間にか消えていた。クーリエ・クーリド姉妹が調理場を見渡す。
「逃亡したようね、クーリド」
「そのようですね、姉上」
カシューナッツは思ったほど辛くないんだけどなと、麻子の眉尻が下がる。ならば意地でも試食させましょうと、クーリエ・クーリド姉妹が動く。これは妙子、どこかに身を隠さねばなるまい。
クーリエ・クーリド姉妹が妙子を探しに行くのとすれ違うように、ティーナとローレルを連れたみやびがやっほーと入って来た。
ファフニールはまだ片付ける仕事があるので執務室。そのみやびが、テーブルの皿を見て目を丸くする。
「なにそのプリン。なにその唐辛子の山」
やってみたかったのよと、麻子と香澄が口を揃えた。チーム分けと聞いたティーナとローレルが、麻子の皿に行こうか香澄の皿に行こうか悩んでいる。
ところで夕食の献立はどうしようかと、麻子と香澄が楽しげな目をみやびに向けた。まるで遠足の前夜にワクワクする小学生みたいな顔。
二人の顔を見て、みやびは人差し指を顎に当てると天井を見上げた。
今まで出していない料理で、辛さが調整できて、ヨハン君も喜びそうな料理。今日は貴賓室に招く客人もいないから、ダイニングルームでワイワイ食べられる料理。
「今夜は本格カレーにしようかしら」
「本格ってことは、インドカレーやネパールカレー?」
香澄の問いに、みやびがうんと頷いた。加える香辛料で辛さ調整が自在なカレーなら、牙のお弁当にも使える。そっちはご飯にして、ダイニングルームはナンにしようかしらとみやびはほくそ笑む。
インドカレーいいねと麻子が頷き、香澄もやろうやろうと手を叩く。
「みやびさん、カレーなの!」
クーリエ・クーリド姉妹に捕まり連れ戻された妙子が、恨めしそうな顔でみやびを見ていた。
「大丈夫だってば、辛さは調整するから」
そう言って右手をひらひら上下に振るみやび。その言葉にホッとするも、妙子の試練はまだ終わっていない。
麻子が唐辛子の山から掘り起こしたカシューナッツを妙子に差し出したからだ。それを見て、みやびも箸に取り頬張ってみた。
「うん、美味しいよ妙子さん」
「辛くないの? みやびさん」
「私は大丈夫かな」
恐る恐るカシューナッツを頬張る妙子。咀嚼して、飲み込む。その直後に彼女はおもいきりむせ返った。水、水と。
この人は本当に辛いのが苦手なのだなと、みやびは水を渡しながら背中をさすってあげた。
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