第59話 今夜はインドカレーだ!

 ファフニールも執務仕事が終わり調理場へ参戦。


「ファニー、仕事で疲れてない? 大丈夫?」

「蓮沼家で息抜きさせてくれたじゃない。それより今夜は何を作るのか楽しみで」


 ファフニールはみやびとお料理をするのが楽しいらしい。妙子に仕立ててもらったお揃いの割烹着を身に付け、やる気満々。


 そんな二人に麻子が、提案があるんだけどと手を挙げた。


「守備隊と牙のメンバーもダイニングルームに来てもらって、交代で食べるようにしたらどうかしら」


 ダイニングルームがワイワイガヤガヤするようす。それを頭に思い浮かべ、みやびの顔が綻ぶ。

 火属性のリンドがいれば電子レンジよろしくお弁当を再加熱できるが、みやびはそれを好まない。料理人を目指すきっかけとなった、子供の頃の記憶を思い出すからだ。やっぱり出来たて熱々よねと、みやびは麻子の提案に頷く。


「みや坊、どういうこと?」

「ここでほぼ完成させて、仕上げをダイニングルームでやって提供する。そういうことよファニー」

「しかしラングリーフィン、牙のメンバーをダイニングルームへ入れるのは前例がございません」


 レアムールの言葉に、メイド達も頷く。守備隊のリンドが食事でダイニングルームを利用することはあっても、牙のメンバーが利用できないメンドクサイ線引きがあるようだ。


 蓮沼家の朝食がとても楽しかったファフニール。人を見る目はあるつもり、庭師の源三郎も警備の佐伯も好ましい人物だった。

 スオンを幅広く求めるならば、平民だからと線を引くのは害悪でしかない。首都ビュカレストでスオン候補に一番近いのは牙なのだ。

 そう思いながらファフニールは、前例が無ければ作ればいいと割烹着を脱いだ。


「兄上の首を縦に振らせればいいことよ。みや坊、ちょっと説得してくるわね」


 ファフニールは割烹着をみやびに手渡すと、鼻息を荒くして調理場を出て行った。それは説得という名のごり押しではあるまいか。認めなければ夕食は抜きだと、彼女はブラドに言いそうだ。

 預かった割烹着を手に、ブラドはファフニールに押し切られそうだなと、みやびはちょっぴり気の毒に思った。






 メイド達をチーム分けし、本格カレー作りが始まった。駆け引きはファフニールの勝ちで、この兄妹はやっぱり妹が強い。


 カレーはチキンカレー・キーマカレー・野菜カレーの三種類。

 野菜カレーは聖職者でも食べられるよう、子供達に覚えてもらうみやびの配慮。動物性食品に縛りがある聖職者だが、乳製品は大丈夫とのことでナンにバターを使っても問題なし。


 辛さは中辛とし、一般向けはそのまま、リンド向けには生唐辛子を入れて一煮立ち、これで提供しようと話しはまとまった。

 妙子が可哀想なのと子供達のために、お子ちゃま仕様にはジャムを入れて一煮立ちの甘口も用意する。カレーはこういう所に融通が利くから便利。


 粉物は任せてと、ナンを作る香澄チーム。

 野菜カレーとサラダを作るみやびチーム。

 チキンカレーとキーマカレーを作る麻子チーム。

 中辛ですからねと念を押し続け、妙子が麻子の側を離れない。クーリエ・クーリド姉妹が脇で苦笑している。


「ラングリーフィン、このニンジンはどのように使うのですか?」


 ニンジンをすり下ろしながら、アルネがワクワクした表情で質問する。んふふと笑みを浮かべ、みやびが出来上がった液体をサラダにかけてアルネに渡した。


「あ、美味しい」


 インド料理店で出て来るサラダのドレッシングがオレンジ色なのは、ニンジンをベースとしているから。日本人の口に合うよう、インド料理人が考案した酸味のない甘口ドレッシング。


「これなら私、ニンジンが好きになれそう」


 美味しそうにサラダを頬張るアルネに、みやびとファフニールは目を細めた。その後ろでは、麻子がキーマカレーの挽肉とみじん切りのタマネギを炒めている。


「ここで投入するのが命のガラムマサラ!」


 そのかけ声に相変わらずねと吹き出す香澄。そんな彼女は、火属性の子にお願いしてナンの試し焼きをしていた。


「これを手でちぎって、カレーに浸して食べるのよ。みんな食べてみて」


 黒パンとは違うバターが利いたナンに、香澄チームのメイド達が驚く。これだけでも充分に美味しいと。

 チームに入っていたオトマール公国騎士団・百人隊長のエミリーも、咀嚼しながら目を見張っていた。





 準備は万端、ダイニングルームに守備隊と牙の第一陣が現われた。牙の面々が気後れしているようなので、みやびとファフニールがトレーを手渡し並んでと列を作らせる。

 君主とそのリッタースオンからトレーを手渡しされること自体、彼らにとっては恐れ多い事なのだが。


「みやび殿、変わった趣向だな」


 みやびからトレーを受け取ったレベッカが壁際に目を向ける。同じくヨハンも、その光景を不思議そうに眺めていた。

 その壁際ではメイド達が、さあ来いと言わんばかりに待ち構えている。


「まずは最初のサラダバーよ。好きなだけ取ってね、こっちがドレッシング」

「サラダバー? ドレッシング?」


 顔にはてなマークを浮かべるレベッカ。みやびはボウルに山盛りのサラダへと、レベッカとヨハンを誘う。好きなだけ取っていいのかと、後ろに並ぶ牙のメンバー達が顔を見合わせている。


「次はこっち、ご飯とナンから好きな方を選んで。両方でもいいわよ、ナンが気に入ったらお代りして」


 香澄と火属性のメイドが、石台の上でナンを次々焼いて量産体制。焼き上がった

ナンを並べていくメイドが、美味しいですよと誘いをかける。


「そして今日のメイン、三種のカレー」


 みやびの目配せに、麻子が頷く。

 彼女は深鍋から小鍋に移したカレーに、レベッカには生唐辛子を入れて一煮立ち、ヨハンにはジャムを入れて一煮立ち。分かってらっしゃるとみやびがグーサインを送り、麻子もウィンクで返す。


 暖められることで漂う香辛料の香りに、牙達が三種類もあるカレーにごくりと唾を飲み込む。


 そして最後に、生地を寝かせる間の余った時間で香澄が仕込んだ、普通サイズのプリンをトレーに乗せてもらう。


 サラダにナンとご飯、三種類のカレーとプリン。トレーに乗せた皿に隙間がないほどいっぱいだ。香辛料の香りが食欲をそそる。


「これは美味そうだな、頂こうかヨハン」

「香りがたまりませんね、頂きましょうレベッカ」


 二人が食前のお祈りを始めようとしたその時だった。大変ですと、副隊長のフランツィスカが飛び込んできた。


「カルディナ姫が、西門で入城を要求しております!」


 どうして急にこのタイミングでと、ファフニールが顔に手を当てた。これから貴賓室の準備など、出来るわけがないと。 

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