第53話 敵は誰なのか

「みやびさま、その聖獣は出しっぱなしなのでございますかにゃ?」

「仕舞い方があるなら、逆に教えて欲しい」


 チェシャに尋ねられ、眉を八の字にするみやび。そんな彼女の瞳は元に戻っていた。

 あのとき心の深い所からイン・アンナの声が聞こえ、四聖獣を呼び出した。召喚した時は二㌧トラック並みのサイズだったが、今では親指サイズとなりみやびの頭や肩でくつろいでいる。

 御前会議でファフニールの隣に座り、みやびは頭に手をやりにへらと笑った。


 ここまで規格外だと誰も突っ込まない。そもそも四属性の魔力弾を吸収し、聖獣を召喚し、範囲魔力攻撃を連発できる時点でおかしいのだ。

 

「レベッカ、ヨハン、尋問の結果を聞こう」


 思考を早々に諦めたブラドの問いに、ヨハンがはいと答え書類を広げた。どうやらレベッカは重要な案件をヨハンに任すようで、その眼差しはとても優しげ。


「術者は皆、枢機卿の配下でした。術者以外は領邦国家群の寄せ集めです」

「寄せ集めじゃと?」


 眉をひそめるパラッツォにヨハンは頷くと、席を立ち壁の地図に歩み寄った。


「皆さん、八年前の戦争で援軍を出してくれたのは、ランハルト公爵と皇帝だけです。距離が遠く、皇帝の直属軍は間に合いませんでしたが」


 地図を指差しながら、それ以外の領邦国家群は信用できないとヨハンは言い放った。ロマニア侯国をモスマン帝国に対する防波堤扱いにし、援軍を出さず傍観したのだと。


「高齢となられた皇帝の後継者を選ぶべく、近く選帝侯会議が招集されます。選帝侯は国力に合わせて割り振られますから、妙子さまのぶどう酒による外貨獲得で、ブラド城伯も選帝侯に繰り上がる可能性があります」


 ヨハンの説明では操りやすい末弟の放蕩息子……もとい第二皇子を次期皇帝にするため、枢機卿は票集めをしているようだ。


 代々ロマニア侯国の選帝侯は、モスマン帝国と戦争になった時、援軍を出してくれる人物かどうかで皇帝を選ぶ。でなければロマニアは、帝国に所属する意味がない。


「第二皇子は、皇帝の器ではございませんね」


 それはアーネスト司教だった。魔力探知と呪詛解除が得意な彼女も、会議の席に招かれていた。術者は全員、秘密を喋ろうとすれば命を失う呪詛に犯されていたらしい。


「それで過半数を得る為に、妙子殿とみやび殿が邪魔だった訳か」

「はい、それが尋問で得られた情報です」


 念を押すパラッツォに、ヨハンは頷いた。


「鎖国とは言わんが、皇帝領とオトマール公国領以外からの流入者は止めねばならんな」


 そう言ってパラッツォが腕を組んだ。彼の前にある椀のお汁粉は既に空になっている。みやびがアイコンタクトを送り、ローレルが団長殿にお代りを置く。


「司教さまもいかがですかぁ」

「ありがとう、いただくわ」


 ローレルのお誘いに、にっこり微笑むアーネスト。動物性の素材を使わない甘味に、アーネストは目がない。


「枢機卿は敵確定として、敵か味方か分からない領邦国家群ですか」


 眉をしかめるレアムールに、その通りだなとブラドが頷く。皇帝を盟主とする国家の集合体、それがメリサンド帝国だ。全ての国が仲良しこよしのお友達、というわけではない。


 そこへ南門の守備隊メンバーが、会議中に失礼しますと入って来た。


「ラングリーフィンと妙子さまに、面会を求めている者がおります」

「おいおい、また刺客ではあるまいな」


 顔を見合わせるみやびと妙子に、刺客を疑うパラッツォ。だが守備隊メンバーは、それがですねと付け加えた。


「ゼブラ商会の会長夫妻なのです」

「ファニー、ゼブラ商会って?」

「ビュカレストの宝石商よ。何かしら? ここに通してちょうだい」


 守備隊に付き添われて現れた家族に、妙子とみやびの頬が緩んだ。巻き込んでしまった男の子がいたからだ。

 屋台に被害は無かったので、木箱にご飯ともつ煮をぎゅうぎゅうに詰め、お代はいいからと持たせて帰した。

 確か名前はカイル君で、ゼブラ商会の御曹司だったようだ。みやびの目配せに、ティーナとローレルが家族の前にお汁粉を並べる。


「私はゼブラ商会のサイモンと申します、こちらは妻のエルザ。そして……息子のカイルです、我が子を守って頂き感謝に堪えません」


 その場にいる重職達が面はゆい顔をする。巻き込んでしまったのはこちらで、民を守れぬ者に貴族の資格は無いという自負がある。

 そのリンドの誇りと名誉を、みやびと妙子が守った事になるわけだが。


「ところで皆さま、枢機卿の票はまだ過半数に届いておりませんよ」


 お汁粉を手にするエルザの言葉に、すわっと皆の視線が集まった。商会は帝国内に幅広い情報網を持つという。この夫婦、ただの宝石商ではなさそうだ。


「選帝侯の枠が一つしかない弱小国家でも、矜持きょうじというものはあります。次期皇帝に第二皇子はあり得ません。枢機卿の圧力に屈しない気概きがいを持つこれらの国々に、ロマニアが手を差し伸べればあるいは」


 お汁粉をすすりながら、サイモンの目が鋭く光った。


「サイモン、我々に協力してくれるのか?」


 身を乗り出すブラドに、情報収集はお任せ下さいとサイモンは頷いた。その彼が、思い出したように人差し指を立てた。


「そう言えば第一皇女のカルディナ姫が、近くお忍びでビュカレストにいらっしゃるみたいですよ」


 あまり嬉しくない情報に、ファフニールが顔に手を当てため息をついた。どうやら彼女にとって、苦手な相手らしい。


「ファニー、カルディナ姫って?」

「良く言えばおてんば、悪く言えばじゃじゃ馬よ」


 それを言ったらファニーも乗りこなすのが難しい、じゃじゃ馬に分類されるのではとみやびは思ったが、口に出しては言わない。

 伯父であるランハルト公爵からエビデンス城で受けた晩餐の話しを聞いて、姫は帝国城を飛び出したらしい。


 お汁粉を気に入ったカイル君が、ローレルにお代り下さいと言っていた。

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