第52話 みやび大立ち回り
屋台の行列は市場の中へではなく外に並ぶよう、クーリエとクーリドが誘導していた。
周辺の建物で待機する近衛隊と守備隊が、監視しやすいようにする作戦の一環である。怪しい者がいないか、全員が目を光らせる。
「父上と母上と、一緒に食べたいのです。これに入れてもらってはダメでしょうか」
男の子が丼やお弁当箱よりも大きめな木箱を差し出し、眉を八の字にした。並んでいる他の客が早くしろとせっつく中、みやびは木箱を受け取りティーナとローレルにウィンクを送る。大盛りよろしくねと。
そのとき列に並ぶ複数の男から、おかしな声が聞こえてきた。
「なにあの人達」
「みやびさん! 魔力攻撃が来るわよ!!」
妙子が
リンド族やリッタースオンと違い、人間の術者は精霊の助力を得るために詠唱を必要とする。その耳障りな声に、みやびは顔をしかめた。
ティーナとローレル、クーリエとクーリドも、屋台に隠した長剣を鞘から抜きみやびと妙子を守る形で魔法盾を展開した。周囲の建物からは近衛隊と守備隊、牙のメンバー達が窓から出て屋台に駆け寄る。
みやびはそんな中、何が起きているのか分からずオロオロしている男の子を守ろうと屋台の前に飛び出していた。この子を守りたいと念じながら。
「みやびさん!」
「総監殿!」
「シルバニア卿!」
男の子を抱きかかえるみやびに、四属性の魔力弾が襲いかかった。
焼き尽くす火、切り裂く風、氷を叩き付ける水、衝撃波を打ち付ける地。
――その時。
魔力弾が殺到するみやびの前に、七色の魔方盾が浮かび上がった。万華鏡のように色が移り変わるその盾が、全ての魔力弾を吸収していた!
並んでいた本当の客達が、血相を変えて市場に逃げていく。
「みやびさん、これを!」
みやびから男の子を預かり、カラドボルグを手渡した妙子がはっとした。みやびの瞳が、星雲がごとく七色に輝くアースアイへ変化していたからだ。それはみやびの守護精霊である、イン・アンナの瞳。
一般人になりすまし、列に並んでいた賊どもが短剣を抜いて屋台を取り囲む。その男達を見据え、みやびはカラドボルグを抜き放った。その刀身が七色のオーラを纏い、陽炎のように立ち昇る。
近衛隊と守備隊が、剣で打ち合いながら困惑していた。行列に紛れ込んでいた敵の数が、予想以上に多かったからだ。
「ブラド、所在不明は二十八人と言ってなかったか?」
「所在不明はな!」
尋問する為に生け捕りを前提にした作戦だったが、もはやそうも言っていられない。竜化すれば簡単だが、それでは近隣住民に被害が出てしまう。
先代の族長ラウラがどうして城郭都市の外へ打って出たのか、その理由をリンド達は分かっている。民を守れない貴族など、貴族である資格は無いのだと。
屋台に中々たどり着けない
「邪魔よ!」
水属性が持つ氷の魔力弾で吹っ飛ばすも、すぐ別の敵が立ち塞がる。短剣を向ける男の後ろで、術者が水属性が苦手とする火の魔法詠唱を始めていた。
「フュルスティン!」
レベッカが同属性である火の盾で弾き返し、ヨハンとエアリスが切り裂く風を術者に放つ! そしてレアムールの剣が、ファフニールに飛び掛かろうとした男の胸に突き刺さっていた。
切り裂く風を受けた術者は五体バラバラとなり、血の臭いが漂う。だがここは戦場と、近衛隊と守備隊、牙のメンバーが前へ前へと屋台を目指す。
「えーい!」
剣で打ち合いながら、ローレルは近くにあった樽を放り投げた。地属性の手を離れた瞬間、それは本来の重量を取り戻す。
「うぼぁっ」
菜種油が満タンの樽に押しつぶされ、男は白目を剥いた。そのローレルに相性の悪い水の魔力弾が降りそそぐ。
それを同属性であるクーリエが魔力盾で弾き、クーリドが切り裂く風を、ティーナが焼き尽くす火を、お返しとばかりに放つ。
妙子とみやびを守るべく奮闘するお付きの四人だが、魔力消費が激しい。四人とも、肩で息をしていた。
妙子も男の子を抱えながら火の魔力弾を放つが、敵の数が一向に減らない。このビュカレストに、いったい何人の刺客が送り込まれているのかと唇を噛む。
そんな中、取り囲む賊にみやびはカラドボルグを空に向けていた。飛来する魔力弾は、周囲を自在に動き回る七色の魔力盾が全て吸収していく。
弾くのではなく、吸収するのだ。それは滅多にいない闇属性の力。吸収する度に、カラドボルグの纏うオーラが増大していく。
「イン・アンナの名によって命ずる! 出でよ東西南北の聖なる獣よ!」
それは各城門に象られた守りの象徴。
北門の
「ロマニアに仇なす者を討ち取れ!」
みやびの号令に応じ四聖獣が賊どもに襲いかかる。リンド対策はしていても、突然現れた聖獣に彼らは為す術が無かった。
甲羅に覆われ短剣の刃が立たない玄武が、賊どもを踏みつけ押しつぶす。
白虎が氷雪を打ち付け、怯んだ賊の喉笛に噛み付く。
炎を纏う朱雀が、空を舞いながら火のつぶてを雨のように降らす。
屋台の周囲は賊達にとって、もはや阿鼻叫喚の地獄絵図。
そこへみやびも剣を構え突進していく。そのアースアイには、屋台にたどり着こうと剣を振るうファフニールの姿が映っていた。カラドボルグが、主の意を代弁するかのように虹彩を放った。
「どいて!」
本来なら単体攻撃である切り裂く風が、焼き尽くす火が、氷を叩き付ける水が、衝撃波を打ち付ける地が、範囲攻撃となってカラドボルグからほとばしり、立ち塞がる賊達を次々薙ぎ倒していく。
「私の大事なファニーに、何してくれちゃってるのかしら」
激しい剣の打ち合いと魔力弾の応酬が、そこで止まった。肌がひりつくほどの、みやびが放つ七色のオーラと付き従う四聖獣。その神々しい姿に賊達は剣を手放し、白旗を揚げたのだ。
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