第46話 中華料理で晩餐を

 麻子と香澄は本人達の希望で、水宝すいほうの間を二人で使うことに決まった。みやびと同じで、部屋の広さに呆れたのだ。

 加えて修学旅行気分を味わいたいという思惑もあるのだろう。旅行先は食文化がまるで発達していない、異世界ではあるが。


 そう言えばリッタースオンになった自分が、天空の間を占有したままで良いのだろうかとみやびは思い至る。

 水宝の間で麻子と香澄が荷物を整理している姿を眺めながら、それをみやびは同行していた妙子に相談してみた。


「そうね、みやびさんが良ければファフニールの居室に引っ越すといいわ。入ってすぐ左に普通サイズの扉があるの。そこが君主のリッタースオン専用のお部屋になるから」


 まるで一つ屋根の下に暮らす家族のよう。麻子と香澄に言われた妻帯者を思い出し、みやびは顔が火照るのを感じていた。



 

 

「ここが調理場になるのね」


 守備隊と牙への仕出し弁当を詰めていくメイド達を見ながら、この場所が料理人の戦場とばかりに鼻息を荒くする麻子。  


 この頃にはみやびが献立を指示するだけで、覚えた料理ならメイド達が自らお弁当作りをするようになっていた。


 その中にはオトマール公国騎士団の、エミリーの姿もあった。エアリスの指導を受けながら、あわあわしている。素材を煮たり焼いたりした経験すら無い武人なのだから、致し方ない。


「調理実習室で、クラスのみんなとお料理してるみたい」


 その雰囲気は香澄の言う通りだった。人数で言えば調理科二年の生徒数と変わらない。この人達は本当に竜なのかと問う香澄に、みやびはにっこり頷いた。


 そして三人は、それぞれ持ち込んだ物資を棚に並べていく。


 香澄はゴムべらや泡立て器、金口や金型など、お菓子作りに欠かせないものでみやびの予想通り。

 電池式の計量スケールはグッジョブと、みやびは手を叩いた。ゼラチンやベーキングパウダーといった微量素材は、0.1グラム単位で計る必要があるからだ。


 そして麻子はと言えば……。

 彼女のことだから豆板醤とうばんじゃんとオイスターソースは鉄板だろうとみやびは思っていたが、花山椒ほあじゃお五香粉うーしゃんふぇんまであるとは恐れ入る。手渡しで並べていくと、甜麺醤てんめんじゃん豆豉醤とうちじゃんまで出てきた。


「本当にお豆腐を手作りしてるんだ。ねえみや坊、今夜の晩餐は麻婆豆腐まーぼーどうふとカキのオイスターソース炒めにしない?」


 麻子はクーリエ・クーリド姉妹が今日空輸した、生牡蠣なまがきを指差した。カキフライにしようかと思っていたみやびだが、それも悪くない。


 新しい客人として晩餐に招待される本人達が、自ら晩餐料理を手がける。どっちが客なんだという話しになるのだが、麻子も香澄もそんなこと気にしない。

 麻子の家は中華レストランを営んでおり、香澄の家はパン屋さん。二人とも食べてもらうことに喜びを感じる生粋きっすいの料理人なのだ。 


「二品じゃ寂しいから、棒々鶏バンバンジー雲呑ワンタンスープもどうかしら」


 香澄の提案に、みやびと麻子もやろうやろうと頷く。

 洋菓子を得意とする香澄だが、得意なだけで和洋中華も幅広くこなす。愛読書を『NHK今日の料理』とするのは伊達だてではない。


 興味本位と旅行気分でこの世界へ飛び込んだ麻子と香澄ではあるが、メイド達のレパートリーを広げるのに二人は良いお手本になるはずと、みやびはほくそ笑んだ。


 

 


 麻子もみやびと同様、包丁を持ち歩く。中華包丁一本だけだが、彼女は全ての作業をその一本でこなす。

 ニンニクをみじん切りにして、彼女は用意した調味料に混ぜ合わせ下準備をしている。中華包丁が放つ軽快な音が心地よい。


 香澄は茹でた鶏もも肉の粗熱あらねつを取る間、雲呑わんたんの皮をすり棒で伸ばし具材を詰めて行く。


 みやびはカキを殻から外し塩水で締め、次いでネギとパプリカにタマネギを切っている。もちろんリンド用には、パプリカをハバネロに置き換える事を忘れない。


「みやびさん、お願いだから私が食べられるものにして!」

「だからハバネロはリンド用だってば!」


 みやびの袖を引っ張る辛いのが苦手な妙子。そんな彼女に、みやびが心配しないでとウィンクした。 

 新生スオンとなったレベッカ・ヨハン組も招かれているので、三人は辛さを分けようと相談した上で調理を始めている。


 それよりもみやびは、コンロを同時に三つコントロール出来るようになっていた。いやそれは語弊があるかも知れない。メイド達の手を借りず、三人の分を制御しようと念じた結果なのだ。

 もしかしたらもっと多くの数を制御出来るのではと、妙子は目を見張った。みやびに制御の上限はあるのだろうかと。


 東西南北の城門を守備する牙達に、お弁当を入れた籠を手渡したメイド達。その彼女らが、三人の調理を見学していた。

 その手際の良さにはまだ追いつけないと、ため息を漏らす。


「ここで入れるのが、命の豆板醤とうばんじゃん!」


 五徳ごとくの上に乗せた中華鍋を振りながら麻子が放つセリフに、『四川飯店の中国料理』の著者である陳建一ちんけんいちを本当に敬愛しているんだなと、みやびと香澄が破顔した。


 麻婆豆腐まーぼーどうふを担当する麻子。

 カキのオイスターソース炒めを担当するみやび。

 棒々鶏バンバンジー雲呑ワンタンスープを担当する香澄。


 それぞれの料理が、仕上げの佳境に入っていた。


 料理の味付けには五味がある。それは甘味・酸味・塩味・苦味・うま味だ。中華料理には、これに加えて『痺れ』がある。


 麻婆豆腐で辛さの中に含まれる痺れを、リンド族はどう受け止めるのだろう。中華鍋を振るう麻子の姿に、みやびはリンド族の反応を想像してみる。


 案外好むんじゃないかしらと、みやびは口角を上げた。小皿に分けてメイド達に試食してもらえば、すぐに分かるだろうと。

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