第45話 みや坊

 みやび達が突入準備をしているころ天空の間では、ファフニールと妙子はもちろん、重職達が集まっていた。

 お声を掛けても返事がないので、ティーナとローレルが室内に入りゲートを発見して皆を集めたのだ。


「満月でも新月でもないのに、なぜゲートが開く? ブラド、どういうことじゃ」

「こっちが知りたいくらいだ。しかもこのサイズはおかしい」

「サイズがおかしい……じゃと?」


 それに答えたのはチェシャだった。ランハルト公がお帰りになったので、猫の姿で今日も通常運転。


「月齢を無視した挙げ句、ゲートの直径を変更出来た光属性など聞いたことがございませんにゃ。もしも居たら、リンドの伝説になっておりまする。蔵書室にそのような記録はございませんですにゃ」


 皆が顔を見合わせる中、ファフニールは悲しみに暮れていた。 


「みやびは、向こうに帰ってしまったのね」


 唇に手の甲を押し当て、今にも泣き出しそうなファフニール。そんな彼女の肩に妙子が手を置き、心配ないわと微笑んだ。


「ゲートはまだ閉じられてないでしょ。ならば向こうで用事を済ませて、みやびさんは戻ってくるはずよ」

 

 みやびはこの世界にまた来ると、指切りをしたのだ。そして何よりも、彼女は枕を持ってファフニールの寝所にいつ行こうかと、楽しそうにしていたのだから。


「それにしても四属性のみならず、光属性まで使いこなすなんて」


 あり得ないといった面持ちのレアムールに、エアリスも頷く。


「クローゼットにゲートを設置したのは、高さを考えてのことでしょう」


 そんな皆の前に、スカートがめくれないよう鞄で前を押さえながらみやびが降りてきた! うん、この高さで正解だったわと。


「みやび!」


 抱きつこうとするファフニールに、みやびが待って待ってと鞄ごと両手を突き出した。危ないからみんな下がっててと。


「危ない?」


 キョトンとするファフニール。

 そこへ、大量の荷物がクローゼットの中に落ちてきた。キャリングケースにスーツケースとリュック、三人分の荷物が降り注いだのだ。

 勢い余って中華鍋が転がり落ち、床でカランカランと音を立てた。


「あーもう! 間隔開けて投入しろって言ったのに。バカ麻子あさことバカ香澄かすみめ」


 急いでクローゼットの外へ荷物を引っ張り出すみやび。

 そこに麻子が『おじゃましまーす』と、次いで香澄が『みや坊がお世話になってまーす』と現れたのだ。

 その場に居た誰もが、何が起きているのか頭の整理が追いつかず、ポカンと口を開けていた。


 ――場所を変えてファフニールの執務室。


 天空の間から全員が移動し、テーブルに付いていた。ティーナとローレルがお湯割りぶどう酒をそれぞれに置いていく。みやびの手ほどきで、最近作り方を覚えた練り羊羹ようかんも忘れない。


「開いたゲートのサイズを変えただけでなく、クローゼットの中に位置をずらしたじゃと?」

「座標と時間を指定して、時間軸を飛び越えたと言うのか?」


 パラッツォとブラドにゲートの件を問われ、別に隠す必要もないので、ありのままを答えたみやび。その彼女が頭に手をやり、にへらと笑った。


「だって念じたら出来たんだもの」

「にゃはは、みやびさまは伝説級でございますにゃあ」


 扉の脇に控えていたチェシャが、思わず吹き出していた。笑い事ではないのだが、もはや笑うしかリアクションのしようがないのだ。ブラドが記録しておくようにとチェシャに指示を出した。

 どうやらチェシャは、他国の要人と行われる会議の書記と年代記作家を兼ねるようだ。みやびという名のリッタースオンの記録は、蔵書室に永久保存される事となる。


「えへへ。それとね、重量物を軽くすることも出来ちゃった」


 それは地属性が持つ能力だった。

 エビデンス城にエレベーターなどというものはもちろん存在しない。道具を積んだワゴンを二階や三階で使用する際には、階段から持ち上げなければならないのだ。   

 そんな時に地属性が活躍する。本来なら二人掛かりになるところを、一人でひょいひょい運べる能力。


 みやびが各属性の能力をどんどん開花させている。しかも習得スピードが恐ろしく早いことに、誰もが注目した。


「それでみやび、そちらの二人は?」


 どうやらファフニール、麻子と香澄が気になるようだ。特に彼女達が発する『みや坊』という呼び名が。

 天空の間で経緯と軽い紹介は済ませているのだが、『みや坊』が頭から離れないファフニール。


「エアリスとフランツィスカ、それにクーリエとクーリドみたいに、中等部時代からの同期なの。ここで言うなら、近衛隊入隊時からの同期ってことになるかしら」


 みやびの説明を受けて自己紹介しまーすと、麻子と香澄が手を挙げた。


「私は塚原麻子つかはらあさこ、得意なのは中華料理で運動部は剣道やってます。愛読書は陳建一ちんけんいちの、『四川飯店しせんはんてんの中国料理』でーす」


「私は板額香澄はんがくかすみ、得意なのは洋菓子で、運動部は弓道部。愛読書は『NHK今日の料理』で定期購読してます。みなさんよろしくお願いします」


 リンドにとって今の二人の自己紹介は、ほぼ意味不明。妙子だけが微笑ましそうに耳を傾けていたが。


 ファフニールはそれでと、テーブルから身を乗り出して尋ねた。どうしてみやびをみや坊と呼ぶのかと。

 言い出しっぺとなる張本人の麻子が、愛称よと言い香澄も頷く。するとファフニールの目がすっと細くなり、彼女はみやびに視線を向けて口を開いた。


「みや……坊」


 まさかと心の中で叫び、みやびは頭を抱えた。クラス限定のあだ名が、エビデンス城に定着したりはしまいかと。


 それは当たり。


 ティーナとローレルがひそひそ声で、これからはラングリーフィン・みや坊とお呼びすることになるのかしらと、相談し合っている。君主であるファフニールがそれを許せば、確定しちゃうのだ。


「あの、ファニー?」

「私もみやびのことを愛称で呼びたいわ」


 チェシャは年代記作家としてファフニールのリッタースオンを、みやび・・・と表記すべきかみや坊・・・と表記すべきか悩み始めていた。

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