第39話 レベッカの戸惑いとみやびの驚愕

「レベッカ、どうかしたの?」


 中庭で石台に座るレベッカに、みやびは声をかけた。

 エビデンス城の中庭には、竜化したリンドが飛び立ちやすいよう、大理石の踏み台が二基ある。今ではもっぱら、クーリエ・クーリド姉妹の専用になっているが。

 天気が良ければ近衛隊であるメイド達もダイニングルームへは行かず、この石台に座りお弁当を広げる憩いの場になっていた。

 そこにレベッカが座っていても何ら不思議ではないのだが、みやびは声をかけなければいけないような気がしたのだ。 


「たこ焼きがあるの。一緒に食べない?」

「みやび殿、たこ焼きとは?」

「食べてみれば分かるって」


 ティーナとローレルに外す少し離れているよう頼み、みやびは籠からタコ焼きの乗った皿を石台に置くと、皿を挟んでレベッカの隣に座った。

 棚にたこ焼き器があったから、お刺身にした時の余ったタコで作ってみたのだ。確か去年の学園祭で使ったもの。チェシャはこんなものまで持ち出していたのかと、苦笑いしながら。

 それをファフニールやブラド、パラッツォにお裾分けしている途中であった。

 自身も人間電磁調理器と化したみやびは、妙子やメイド達が他の仕事で調理場にいなくても調理作業ができる。最近では蕎麦ソバやうどんの手打ちまで始めていた。


 たこ焼きに手を伸ばし、口にするレベッカ。表面はカリカリで、中はふわとろ。ソースとマヨネーズの甘酸っぱさに、青のりと鰹節の香りがよく合う。

 その青のりと鰹節も港の漁師達で生産できるよう、みやびの計画が進行中だ。


「これは美味いな」

「でしょ。それでエビデンス城の守備隊長殿は、何を考え込んでいたの?」


 自らもたこ焼きを頬張りながら、みやびが本題に入る。これは敵わないなと、レベッカは羽根つき帽子を取り髪をかきあげた。


「昔を思い出していた。八年前の最悪な日をな」


 レベッカは遙か遠くを見るような目をした。


「あの時、私は近衛隊に入ったばかりだった。モスマンの精鋭騎兵団に国境線を突破された時、ラウラさまはスオンを持たない風属性と火属性のリンドに命じたんだ。国境とビュカレストの間にある町や村から、一人でも多くの民を避難させよと」

「風属性と火属性に?」

「奴らがまたがるグリフォンよりも高く舞い上がれるし、飛行速度でも勝るからな。身に危険を感じたなら無茶はするなと、厳命されてはいたんだが」

「その口ぶりだと、無茶したみたいね」


 するとレベッカは自嘲気味に笑った。その通り、無茶をしたのだと。


「私が割り当てられたのは、オアナの町だった。だが遅かった。黒煙が立ち昇り、町の中に累々と横たわる死体。その私の目に、広場で殺されかけている小さい子供が映った。私はその子を、見捨てる事が出来なかったんだ。

 リンドに角が生えるのは十七歳になってから。それまでは頭の鱗も形成が不完全でな、この傷はその時奴らが投げた戦斧せんぷが当たって付いたものさ」


 そう言ってレベッカは、自身のトレードマークである眉間の傷を指差した。


「その助けた子って、ヨハン君のことよね」


 レベッカはああと頷いて、たこ焼きを頬張る。


「オアナ子爵領の領主として普通に結婚し、穏やかな人生を送って欲しかった。まさか入団するとは思わなかったよ」

「ねえレベッカ、ヨハン君からスオンの申し出を受けたら、貴方はどうするのかしら」


 つい口をいて出たみやびの問いに、レベッカは目をぱちくりとさせる。


「こんなガラの悪い女を? 冗談も休み休み……」


 ヨハンは年齢が近い近衛隊の女性ではないと言った。ならばエビデンス城のリンドで一番接点があるのは、ジェラルドを同じ剣の師匠とする自分であることに彼女はようやく気付いたのだ。鈍感もここまで来ると救いがたい。


 爪楊枝つまようじを手にしたまま空を見上げ、途方に暮れるレベッカ。

 見守るしかないとファフニールに言っておきながら、余計なお節介を焼いているとみやびは心の内で苦笑した。だがレベッカが意識してくれないと、話しが先に進まないのだ。

 縁を結んだ相手に精霊が働きかけ、巡り巡って人が人を守護する。アーネストがジェラルドに話した精霊観は、こんなことを指しているのかも知れない。




 メイドの待機室にローレルがやってきた。ラングリーフィンがいらっしゃいますぅ、と。

 自力で調理が可能となったみやびは、最近ちょくちょく待機室に顔を出す。三時のおやつによさげな料理を手に、遊びにくるのだ。


「ローレル、ラングリーフィンは何か持っていらっしゃるの?」


 レアムールが尋ねると、ローレルは楽しそうに人差し指を立てた。役得と言うか、お付きのティーナとローレルは一番最初にお味見できるわけで。


「たこ焼きと言っておられましたぁ。おいしかったですぅ。フュルスティン・ファフニールも、城伯も団長殿も、絶賛しておられましたぁ」


 待機室に、第三種警戒態勢が発令された!


「やっほう、今日もみんなに試食をお願いしたいの」


 シルバニア方伯領の領主が、メイドの待機室に顔を出すなど前代未聞。だがみやびはそんなこと気にしない。

 焼いた後、油で揚げて表面をカリカリにするのがみやび流のたこ焼き。休憩中だったメイド達が、見たことも無い丸い物体を口に入れる。彼女達はその口に手を当てて押し黙った。中には身悶えしている者もいる。


「あらみやびさん、こちらにいらしたのね。お話しがあるの、私の部屋に来てちょうだいな」


 待機室に現れた妙子が、みやびを自室である火天かてんの間に誘った。


「このたこ焼き、ほんとに美味しい。これにタイ焼きと焼きそば、焼きトウモロコシとりんご飴があったら、神社のお祭りね」

「あら妙子さん、お好み焼きやアメリカンドック、ソースせんべいも外せないわ」


 市場でやりましょうかと、みやびがにんまり笑う。この調子では本当にやりそうだなと、妙子は目を細めた。


「それで妙子さん、話しって?」

「みやびさん、ファフニールから日に何度か口づけをせがまれない?」


 その通りだった。時と場所に関係なく、ファフニールはちょうだいと言って口づけをせがんで来るのだ。

 その度に舌を噛まれるのだが、リンドの魔力によって傷は直ぐに治癒する。嬉し恥ずかしの恒例行事となりつつあるが、その行為にみやびは疑問を抱いていた。愛情の確認という意味合いもあるのだろうが、生理現象のようにも思えたからだ。


「血の交換によって、みやびさんはファフニールが持つ魔力をその身に蓄えているのよ。備蓄量は個人差があるけれど、無属性のみやびさんなら底なしかもね」

「なら、ファニーは血の交換で何を得るの?」


 みやびの問いに妙子は微笑み、落ち着いて聞いてねと前置きした。何を落ち着けば良いのだろうと、みやびは首を捻る。


「そうね、現代日本の言葉で置き換えるなら、みやびさんの遺伝子を蓄えている。かしら」

「遺伝子?」

「人の姿を採れる竜の子孫を残すのに必要なのよ。時期はそれこそリンドの個人差があるけれど、ファフニールはいずれみやびさんによく似た子供を産むのでしょうね。あ、竜だから産むのは赤ちゃんじゃなくて卵よ。タ・マ・ゴ」


 みやびは思わず両手を頬に当てていた。

 リンドの女性がスオンを持つということは、結婚と同義なのだと。長女が家督を継ぐ母系部族の理由がそれなのだと。

 痛みを伴うあの口づけは、人間の夫婦が行う夜の営みと同じではないか。あまりの驚きに、みやびは言葉を失っていた。

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