第31話 御前会議
ファフニールの執務室で、御前会議が行われていた。みやびはまだベットの中だが、アーネスト司教が招かれている。
ファフニールが正式に君主となったことで、メイド長はレアムール、メイド長代理がエアリスへと繰り上がった。補佐は一時的な役職だったので廃止となる。
「それでレベッカ、男を尋問した結果は?」
プラドの問いに、レベッカが口惜しそうな顔をした。フランツィスカもテーブルに置いた拳を握り締めている。
「尋問できませんでした」
「何じゃと? そりゃどういう事じゃ」
パラッツォが目を剥いて尋ねた。男を捕らえ南門の詰め所で尋問していると、一報を受けての御前会議招集だったからだ。
「話し出そうとした瞬間、事切れました。秘密を喋ろうとすれば死が訪れる呪詛を、本人も知らぬ間にかけられていたようです」
何と言うことだと、パラッツォは額に手を当てた。
テーブルには宿屋にあった分も含め、男のめぼしい所持品が並んでいる。アーネストはその中から、二重十字架を手に取り魔力探知を始めた。ブラドも身分証と入国証を改める。
「書類に不備は無いし、紋章の魔力も本物だ」
「従者というのは間違いないですわね、
枢機卿をいけすかないと言ってしまうアーネストに、全員の視線が集まる。教会の序列で言えばアーネストよりも上なのだが。
だがアーネストはフンと鼻で笑い、二重十字架をテーブルに放り投げた。触っているのがよほど嫌だったのだろう。
「枢機卿は野心家で、しかもリンド族を毛嫌いしています。気を付けねばなりません」
「敵は枢機卿なのか……」
ブラドが眉間にしわを寄せて腕を組む。そこへお待ちくださいと、レアムールが軽く手を上げた。
「レベッカ、フランツィスカ、その男は術者だったの?」
二人は首を横に振る。
「剣技の腕前は? 短剣でしょうけど」
「短剣はレベッカ隊長が長剣で叩き落としました。体の動きも緩慢で、よくあれで従者が務まるものだと」
フランツィスカの話しを聞き、レアムールは頬に手を当て腑に落ちませんねとつぶやいた。
「近衛隊長、少しでも情報を共有する必要があるわ。思っている事を話して」
未成年用正装キトンが普段着となり、紺碧の青に染まった髪をかき上げながらファフニールは促した。スオンを獲得した女性リンドは、髪が属性の色に変わるのだ。
「その男では、襲撃を行った賊を皆殺しにできないはず。襲撃と毒殺は、分けて考える必要があるかと」
エアリスも同意を示し、聖職者は入国審査が甘いことも問題だと指摘した。聖職者を頭から疑うのかと、ブラドもパラッツォも眉をひそめる。
「あら、エアリスは間違っていないわよ」
それはアーネストだった。司教さまがそれを言うのですかと、場にいた皆が苦笑する。だが彼女は真顔でうなずいた。
「精霊に仕える身でありながら暗殺を企て、子供達の巻き添えを
静かな口調だったが、その言葉には迫力があった。
少なくとも枢機卿が敵であることは確定したが、他にも敵はいる。聖職者を含めロマニアに滞在している他国の者を全て洗い出すと、場の意見は一致した。
「フュルスティン・ファフニール、君主として話しておくことはありますか?」
会議を終了する前に、アーネストが確認の意味で問いかける。すると彼女はテーブルに肘をついて手を組み、皆に聞いて欲しいことがあると切り出した。
「ロマニア侯国には選帝侯の枠が三つあります。ひとつは私、もうひとつはモルドバ卿。そしてもうひとつは、今まで空席となっていたシルバニア卿のみやび」
選帝侯とは、次期皇帝を盟主と認めるかの発言権を持つ諸侯のこと。枢機卿を含む二十一名で構成される。
帝国の皇位継承は単純な家督相続ではなく、長男が使い物にならなければ次男を、次男もダメで男子がいなければ長女へ。
二十一名の選帝侯から過半数の信任を得なければ、皇帝となるための戴冠式を受けられない仕組みなのだ。諸侯からの人望がなければ、長男であろうと皇帝にはなれない。
「まさか、みやび殿が狙われる理由はそれかもしれぬと?」
「推測に過ぎませんが、そう考えるとモルドバ卿も身辺にはご注意を。ビュカレスト卿、皇位継承に関わるお家騒動が起きていないか、皇帝領に密偵を放って下さい」
いかにも君主らしいその言葉に、パラッツォがふぉっふぉっふぉと声を上げた。会議の場でレアムールを近衛隊長と呼び、兄であるブラド城伯をビュカレスト卿と呼ぶ。スオンを持つとこうも貫禄が出るのだなと、パラッツォは破顔した。髭もじゃで誰も表情はつかめないが。
「わしに対する気遣い、痛み入る。ところで我が君主よ、みやび殿の紋章をそろそろわしらに見せてくれぬか」
パラッツォの要求に、テーブルに置いていた文箱を手で押さえるファフニール。絵心に自信がなくて、つい公開を先送りにしていたのだ。みやびの左乳房に現れた紋章を、他の者に見せたくないという気持ちもちょっぴりある。いやかなりある。
近衛隊チームとエビデンス城守備隊チームが席を立ち、君主ファフニールを問答無用で羽交い締めにする。そして文箱の蓋をアーネストが持ち上げた。
「ちょっと!」
そんな君主の叫びもどこ吹く風と、パラッツォ、ブラド、アーネストはその絵に見入る。みやびが目覚める前に、紋章を必要とする指輪や衣装を作る都合があるのだ。君主の羞恥心など、この際捨て置く。
「
「八枚花びらだ」
「大精霊の巫女確定ですわね」
だがあの魔方陣は何だとパラッツォが首を捻り、無属性とは何なのかとブラドが拳を口に当てる。そこへアーネストが、過去を懐かしむように口を開いた。
「昔、先代のブラド六世と無属性談義をしたことがあるの。彼はね、無属性をタロットに喩えて正位置の愚者と呼んでいたわ」
「司教さま、それはどういう意味なのでしょう?」
レアムールが、絵を取り戻そうとするファフニールの肩をがっちり押さえながら尋ねた。その問いに、アーネストは人差し指を立てる。
「どの属性の因子も持たない。それは即ち、何にでもなれる。それがブラド六世の解釈だったのよ」
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