第29話 リッタースオンの誕生
大聖堂が、誰も直視できない強烈な光で満ちた。その元となっているのは、祭壇に安置されたみやびの遺体からだった。
「妙子さま、成功したのですか?」
「まだよ、レアムール」
腕で目を覆いながら、妙子が返す。この光が消えた時、みやびが灰になっていたら失敗なのだ。もちろん成功すると妙子は信じている。
光が徐々に弱まり、皆は遮るための腕や手のひらを下ろした。そこに映ったのは、祭壇の上で女の子座りをするみやびの姿だった。
だがそれだけではない。ファフニールが展開した魔方陣の上に、もう一つ魔方陣が展開していた。まるで万華鏡のように、七色の光が刻々と変化しながら移り変わる、見たことも無い魔方陣だった。
妙子がメイド達を見渡し、成功よと告げる。
大聖堂に歓声と拍手が沸き起こった。ティーナとローレルに至っては、抱き合い飛び跳ねながら泣いている。
そんな二人にレアムールはもらい泣きし、エアリスは同期のクーリエ・クーリド姉妹と手をたたき合っていた。
焦点が定まらないような目で、放心していたみやびが我に返った。祭壇の下にいるファフニールを見つけ、頭に手をやりにへらと笑う。
「ただいま、ファニー」
「みやび!」
「まだ魔方陣から出てはなりません、ファフニール」
飛びつく勢いだったファフニールを、アーネストが制した。彼女は杖を振り音を響かせ、皆に静粛を促す。
「お帰りなさいみやびさま、そしておめでとう。魔方陣に入り、ファフニールの隣へ」
ちょうどそこへ、チェシャからの報告で駆け付けたブラドとパラッツォが到着した。生きたみやびの姿に安堵するも、七色の魔方陣に目を剥く。
「パラッツォ、この魔方陣は何だ!」
「知るか! わしにも分からん、何だこれは」
「だまらっしゃい男ども!!」
アーネストがこめかみに青筋を立て、これから宣誓を行うから静かにしろと叱りつける。押し黙った様子を見るにこの二人、どうやら司教には頭が上がらないらしい。
アーネストは演台に立つと、スオンの宣誓を取り行いますと宣言した。そして彼女は、妙子に手招きをしたのだ。
「妙子さま、貴方も立会人として魔方陣の中へ」
「私でよろしいのですか?」
「今この場にいる者の中で、一番相応しいのは貴方ですから」
妙子はしずしずと魔方陣に入り、みやびとファフニールの後ろに立つ。これから二人が行う宣誓の、証人となるのだ。
「ではファフニール、みやびさま、私の宣誓文を復唱するように」
その健やかなるときも。
病めるときも。
喜びのときも。
悲しみのときも。
富めるときも。
貧しいときも。
これを愛し。
これを敬い。
これを慰め。
これを助け。
その命ある限り、真心を尽くすことを誓います。
アーネストの宣誓文を復唱しながら、みやびはあれ? と思った。あっちの教会で行われる結婚式の宣誓文と同じだったからだ。
でも『その命ある限り、真心を尽くす』のくだりは好きだ。これを誓ったならば、お父さんから笑い話で聞かされた成田離婚なんてあり得ない。そんなことを、みやびはぼんやり考える。
「蓮沼みやび、これを誓いますか」
「はい、この命ある限り」
その言葉にアーネスト司教は満足そうに頷き、ファフニールはスンと鼻を鳴らした。
「ファフニール・フュルスティン・フォン・リンド、これを誓いますか」
「誓います、私の命ある限り」
二人の誓いに魔方陣が反応した。頭上まで浮き上がり収縮を始め、それぞれが指輪に姿を変える。指輪は意思を持つかのように飛び、差し出された妙子の手に収まっていた。
「では指輪の交換を」
アーネストの目線による合図に頷くと、妙子が二人に指輪を差し出す。どうやら立会人は、リングガールとしての役目も兼務するようだ。
「みやびさん、こちらの七色をファフニールの左手薬指に。ファフニールはこちらの青をみやびさんへ」
指輪の交換をしながら、みやびはちょっと焦っていた。この流れだと、次はファフニールとのキスになりはしないかと。
いやいやそれはないだろうと、心の中で笑い否定するみやび。だがアーネストによって、その楽観視は粉砕された。
「では二人とも、口づけを」
にっこり笑うアーネストに、みやびの顔が引きつる。そしてファフニールを見れば、既に目を閉じ待っているではないか。
天国にいるお母さんごめんなさい、娘のファーストキスのお相手は女子でしかも竜です。そう念じ腹をくくり、みやびはファフニールと唇を重ねた。
「妙子さま、これがスオンなのですね」
「ステキなのですぅ」
かぶりつきで見ていたティーナとローレルが、手を組んでうっとりしている。そんな二人に妙子は微笑んだ。
「あなた達も、いつかはこの宣誓をするのよ」
そんな声を聞きながら、みやびは戸惑っていた。ファフニールに舌を絡め取られたからだ。のっけからディープキスでは戸惑うのも無理はない。
いやいや、ちょっと待て。チェシャが言っていた牙で噛み付くロマンチックな儀式とは、このことかしらと思い出す。
それは当たりであった。ファフニールは自らの舌に牙を立て、みやびの舌にも牙を立てたのだ。口の中で二人の血と血が混じり合う。
『チェシャのばかばか! これのどこがロマンチックなのよ、料理人の舌を噛むなんて信じらんない』
心の中で叫び、噛まれた痛みと血の味で思わず目を開けてしまったみやび。その瞳にあり得ない光景が映った。
ファフニールの髪が、眉毛が、まつげが、見る見る青く染まっていくのを。それと同時にみやびは、急激な睡魔に襲われ意識が飛んだ。
「みやび?」
唇を血で赤く染めたファフニールが、みやびの顔をのぞき込む。彼女がそのまま倒れる事を知っていたのか、後ろで待ち構えていた妙子が支えていた。
「心配無用よ、ファフニール。あなたの血が体に馴染むまで、みやびさんは何日か眠りにつきます。だから、着替えさせてあげて」
「妙子さま、着替えでしたら私達が」
レアムールの言葉に、メイド達が同意を示すように頷く。けれど妙子はゆっくりと首を横に振った。
「宣誓直後の着替えは、リンドスオンの義務なのよ」
「その通りじゃ。体に出た紋章を確認し、お相手が目覚める前に紋章印と衣装を作っておく。それがリンドスオンの初仕事じゃからな」
腕を組んで嬉しそうに話すパラッツォ。だがその単眼は、ずっとファフニールを捕らえていた。どんな紋章かすぐに確認しろと。
意図を読み取ったファフニールは頷き、兄であるブラドを見た。言葉を交わさなくても分かる、その顔はおめでとうと言っていた。
来た時と同じように、みやびはメイド達に担がれ帰って行く。その後に続くファフニールを、アーネストは呼び止めた。
「あなたは九歳で君主となり、これまで大変な苦労を重ねてきました。でもねファフニール、あなたは幸せになっていいのよ」
その言葉に、ファフニールは深く頭を垂れた。
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