第23話 重職会議

 みやびが帰還する次の満月まで、あと七日。


 ブラドの執務室に、重職にある者達が集まっていた。

 みやびと妙子も同席するようにと言われ、指定された席に座る。と蓄場の責任者も呼ばれており末席に座っていた。

 ブラドが扉の脇に控えていたチェシャへ目線で合図を送ると、と畜場の責任者に何やら話し始めた。その責任者に、チェシャが革袋を差し出す。


「ブラドは何を話しているの?」

「配達の御者は気の毒なことをした。金で悲しみが消えるわけではないが、それを亡くなった人の家族に。と」


 責任者は革袋を押し頂くように受け取ると、チェシャに案内され執務室を出て行く。その背中が小さく見えて、みやびはちくりと胸が痛んだ。彼はこれから被害者の家族に合い、何と話すのだろうか。そして彼もまた、職場の仲間を失った被害者なのだと。

 お付きの二人が、運び込んだワゴンの前で準備をしていた。果物を使った水饅頭を皿に乗せるローレルと、お湯割りぶどう酒を入れるティーナ。

 ジャガイモから片栗粉を作れるので、こういった和菓子もみやびはメイド達に教えていた。アーネスト司教にお裾分けしたレアムールによると、たいそう喜んでいたらしい。

 ティーナとローレルが、水饅頭とお湯割りぶどう酒を関係者の前に並べていく。それを横目で見ながら、ブラドが口を開いた。


「レベッカ、尋問の結果を聞こう」

「はい。賊は金を受け取っただけで、依頼主の正体は分からないようです。ただ流暢なラテーン語を話していたと言うので、モスマン帝国からの刺客という線は薄いかと」

「じゃろうな。諸外国の要人でも滞在しておれば話しは別だが、モスマンがわざわざ民間の客人を狙う理由が見当たらん」


 そう言うパラッツォの皿にあった水饅頭は、既に無くなっていた。みやびがアイコンタクトを送ると、応じたローレルが団長殿の皿におかわりを置く。


「依頼は妙子殿の誘拐、状況によっては殺害。それで間違いありません」


 レベッカが眉間にしわを寄せながら報告し、隣に座るフランツィスカも頷く。そのフランツィスカが席を立ち、壁にあるロマニア地図の一点を指差した。


「誘拐が成功した際の引き渡し場所は、第二城壁の西門から出た街道沿いです。奴らがアジトにしていた水車小屋で、依頼もそこで受けたと」


 途端に場の雰囲気が重苦しくなった。ファフニールも、レアムールとエアリスも、顔を強ばらせている。


「妙子さん、どういうこと?」

「モスマンなら南門か東門よ。西門ということは、犯人はメリサンド帝国内で確定ね」


 狙われた当事者だと言うのに、妙子はずいぶんと落ち着いている。それにしても領邦国家群の身内に敵がいるのかと、みやびは眉をひそめた。


「守備隊で水車小屋を調べたところ、連絡役と思われる賊の一人が死体で見つかりました。遺体の状況から見て、襲撃の前には殺されていたと思われます」

「口封じで、最初から賊を皆殺しにするつもりだったか」


 フランツィスカの調査報告に、ブラドが唸るように声を出した。手がかりはなく、犯人が何者かは闇の中だ。


「妙子殿はロマニアの恩人じゃ。ブラド、諸外国に密偵を放て。敵が誰か分からなくては、対処できん」

「もちろんだとも。ロマニアの出入国も、外国人に関しては厳しい審査を行う」


 その言葉にパラッツォは満足そうに頷き、顔をレベッカに向けた。


「ところでレベッカ、昨日の働きは見事じゃった。だが積み荷の確認は、門番に徹底させよ。このような事が二度とあってはならん」


 背筋を伸ばしたレベッカがはいと答え、フランツィスカも必ずと応じた。処罰があるものと覚悟していた二人だが、団長も城伯もレベッカの機転に免じて不問に付すようだ。


「妙子殿、賊を相手に魔力を存外に行使したのではないか? 体調はどうなのじゃ」


 パラッツォが心配顔で尋ねると、妙子は微笑んで首を横に振った。


「加勢がありましたので、さほど使っておりませんからご心配なく。みやびさんは体術と剣術に優れた、武道家でもありますのよ」


 そんなたいそうなものではと、両手を左右に振るみやび。けれど調理場で床に転がる賊を検分したフランツィスカが、ご謙遜をと声を上げた。


「倒された賊六名のうち、四名は物理攻撃によるものでした」


 ブラドがへえとつぶやき、パラッツォがほうと頷く。そして二人は、視線をファフニールに向けた。これは優良物件だと言わんばかりに。

 みやびの無事に涙を流した姿を知るレアムールとエアリスも、ファフニールに視線を向ける。手放してはなりませんと言わんばかりに。

 大好き宣言の場に居合わせたレベッカと、話しを聞いていたフランツィスカも視線を向ける。スオンにしてしまいなさいと言わんばかりに。

 視線が集まる当の本人はと言えば、顔を斜め四十五度、下に向けていた。そんなファフニールに、みやびはあっけらかんとした顔で言うのだ。水饅頭のおかわりはいかが? と。

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