第22話 蓮沼流喧嘩殺法

 みやびは人差し指を立て、自分と妙子を取り囲む男達の数を数えていた。


「十一人か、女子二人にずいぶんと大げさね」


 その一人が、にやついた顔でみやびに近付き手を伸ばす。だがギャ! と叫んで倒れ込んだ。痙攣するその体から、もうもうと湯気が立ち昇る。

 妙子は加熱能力を対人戦に使ったのだ。賊に情けも手加減も不要と、手にしていた果物ナイフを不逞の輩達に向ける。その刀先が、ゆらりと炎をまとった。


「みやびさん、私が退路を開きます。あなたはお逃げなさい」

「戦力外通告は酷いわ、妙子さん」


 見ればみやびは手にしたモップの金具に足を掛け、ロックを外し柄を引き抜いていた。

 彼女は死因が分からない仲間の死体に呆けている、賊の一人に向け大上段から振り下ろす。そして返す刀で、その隣にいた賊の側頭部に柄を打ち込んだ。

 固い樫の木で作られた柄を高速で叩き付けられ、二人の男は頭から血を吹き出しながら昏倒した。


「みやびさん!?」

「あと八人」


 妙子を置き去りにして自分だけ逃げるという選択肢を、みやびは持ち合わせていない。しかもここは調理場、聖域を汚された怒りが七色のオーラとなり全身から噴き出している。

 中段に構え直したみやびの顔が、獲物を狙う肉食獣に豹変していた。そこにいつもの、あっけらかんとした風情でメイド達に接する女子高校生の姿は無い。


「それが蓮沼流剣術なのね。ちなみに、残りは七人よ」


 ふっと笑った妙子が果物ナイフを振ると、切っ先から飛び出した炎の塊が賊の一人に襲いかかった。瞬く間に全身火ダルマとなった男が、悲鳴を上げながら床を転げ回る。

 彼らにしてみれば、もはや妙子は妖術使い。

 怖じ気づいた賊の一人に向け、みやびの突きが喉に刺さった。男は言葉を発することなく、喉に手を当てながら崩れ落ちる。更に近くにいた賊に足を掛け、仰向けに倒れた男の額に柄を振り下ろす。


「これで五人と。でも妙子さんすごい、そんなことも出来るんだ」

「人に見せたのは初めてかもね」


 背中を預け合い、取り囲む賊に悠然と対峙するみやびと妙子。

 対して彼らは戦意を喪失し、後ずさりしていた。即死級の術と炎を操る妙子に加え、剣技を駆使するみやびに恐れを抱く。


「おい、ただの小娘じゃなかったのかよ。術者だなんて聞いてねえぞ」

「くそ、こっちの娘も手練れだ」

「お頭、どうしてくれるんだ!」


 既に六人の仲間は床に倒れ、頭目はどう対処してよいのか分からなくなっていた。縛り上げて荷馬車の木箱に放り込み、何食わぬ顔で城門から出るはずだったのにと。


「妙子さん、こいつら何て言ったの?」

「そうね、まとめるなら私達に手を出して後悔してる。かしら」


 そこへ、開け放っていた扉の向こうから大勢の足音が聞こえてきた。真っ先に調理場へ飛び込んだのは、レベッカだった。


「妙子殿! みやび殿! ご無事であったか」


 続けてブラドとパラッツォ、フランツィスカ率いる手勢が駆け込む。妙子とみやびを取り囲んでいた賊どもに、それぞれが剣を向け詰め寄っていく。

 一足遅れて到着した門番が、頭目を指差した。


「あいつが御者でした!」


 頭目は活路を見い出そうと、侵入した窓に視線を向ける。だが外には、連絡を受けた他の城門の守備隊と牙が集結していた。もはや逃げ場は無く、万事休すであった。

 ちくしょうと叫び、自暴自棄に陥った頭目が短剣を妙子に向けて投げ付けた!

 それをモップの柄で弾くみやびと、物陰から飛び出した何かが弾くのは同時であった。短剣が金属音を立てて床に転がり落ちる。


「ちょっとチェシャ! あんたいつから居たのよ」

「にゃはは、賊が侵入した時からおりましたですよ。出番が無さそうだったので、お二人を見学しておりましたですにゃ」


 みやびは胡乱げな目でチェシャを見据え、次いでテーブルの皿に視線を向ける。どう調理しようかとサンプルに一匹乗せていた、今日届いた魚が骨だけの残骸になっているではないか。


「あぁんたはね!」

「はにゃ!」


 拳を振り上げる女子高校生と、近くにあったまな板を頭に乗せてガードする三毛猫の図。これもまた、調理場での日常風景となっていた。

 守ってくれてありがとうと言いつつも、妙子がコロコロと笑う。賊どもは既に、地属性のリンドによってグルグルに捕縛されていた。



 近衛隊による厳重な警戒の中、貴賓室の扉が開いた。外側で扉を守っていたティーナとローレルが、城伯と団長がお見えですと告げる。


「兄上!」


 レアムールとエアリスを押し分けるようにして、ファフニールはブラドに駆け寄った。


「賊は鎮圧した、近衛隊は第一種警戒態勢を解いていいぞ」

「兄上、みやびは?」


 すがるような目でブラドを見上げるファフニールは、自分がみやびを呼び捨てていることすら気付いていない。そんな彼女の両肩に、彼は手を置いた。


「心配か? ならばその目で確かめるといい」


 ブラドが言い終わる前に、ファフニールは走り出していた。その後をメイド達が、装備をカチャカチャ鳴らしながら追いかけていく。

 彼女達もまた、みやびと妙子の安否を気遣っていたのだ。メイド服に着替え通常業務に戻ることなど、もはや頭から消し飛んでいた。


「こりゃ評議会は延期じゃな。ところでブラド、なぜファフニールにみやび殿は無事だと言ってやらんかったのだ?」


 ひるがえる黒マント達を見送ったパラッツォが、腕を組んで尋ねた。ブラドは自嘲気味に笑い、貴賓室の垂れ幕を仰ぎ見る。無限大を意味する、ロマニア侯国の君主を示す紋章を。


「僕はみやびと初めて会った時、ファフニールと馬が合いそうな気がしたんだ」


 馬が合うとは、乗馬に於いて人と馬の意思が通じ合うという意味。転じて気の合う、仲の良い間柄を指す。

 そんなブラドの言葉に、パラッツォは眉を吊り上げた。


「お前まさか、その為に国賓待遇をみやび殿に与えたのか?」

「ファフニールがスオンを得るのに、身分差は邪魔だからな」


 お前たち兄妹はと、パラッツォは手のひらを顔に当てた。先代君主の性格が脳裏に浮かび、振り回された過去を思い出す。


「面倒くさいのう、ラウラさまにそっくりじゃ」

「ああ、自分でも面倒くさいと思うよ」


 首都を守るためその身を捧げた母の面影を、ブラドは妹に重ねていた。属性は違えどファフニールは、亡き母の生き写しなのだ。


「みやび! みやび! みやび!」


 調理場に飛び込んだファフニールの瞳に映ったのは、割れたガラスをホウキで集める妙子と、血で汚れた床をモップで拭き取るみやびの姿だった。

 その場にいなくても、どのような事が起きたかは見当が付く。けれどみやびは頭に手をやると、にへらと笑ったのだ。


「みやび、どうしてそんな風に笑っていられるの?」

「だってファフニールったら、さん付け通り越して呼び捨てにしてくれたんだもの。もう嬉しくって」


 力が抜けて崩れ落ちそうになるファフニールを、レアムールとエアリスが慌てて両脇から支えた。そんなファフニールの瞳から、一粒の涙が頬を伝い流れ落ちる。


「……ばか」


 みやびはモップを立て掛けファフニールに歩み寄ると、更に流れ出る涙を親指で拭った。大丈夫? と問いかけるみやびに、ファフニールはしがみ付いていた。

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