第13話 セブンス・アトリビュート

 身内だけの食事を済ませ、メイド達がテーブルを片付け始めていた。

 パラッツォは空になったデキャンタをテーブルに置くと、周囲のリンドを見渡しながらとんでもない事を口にした。


「ところで皆、みやび殿の力をどのように感じたのだ?」


 まるで機械仕掛けの人形が如く跳び上がる、ファフニールとメイド達。なぜならば、それは誰もが気のせい、あるいは錯覚として胸に仕舞い込んでいたからだ。パラッツォの一言は、それが事実であった事を証明していた。


「パラッツォ、やはりおまえも感じたのか」

「感じるも何も、ファフニールの冷気を押さえ込んだではないか。地水火風とも、光とも闇とも違う見たことも無い七色のオーラじゃった。ブラド、あの客人は本当に無属性なのか?」

「それは間違いない。みやびの血液には、どの属性の因子も無かった」

「ならば、あれはいったい……」


 腕を組み、みやびが去って行った貴賓室の扉を凝視するパラッツォ。そして未知の力を目の当たりにし、当惑する若いリンド達。

 そんな中、誰に言うともなくセブンス・アトリビュートとチェシャが呟いた。


「チェシャ、いま何と言った」


 パラッツォの問いかけにチェシャは慌て、発言をお許し頂けるならと畏まる。


「構わん、こちらに来て申せ」


 パラッツォに促され、貴賓室の隅に控えていたチェシャがテーブルに歩み寄った。


「先代も先々代も、無属性をセブンス・アトリビュート、第七の属性と呼んでおりましたですにゃ」

「第七属性じゃと? ブラド五世と六世がか」

「はいですにゃ。長きに渡る戦争で古文書の多くは失われ断片化し、全容を知る者は残っておりません。ですが先代も先々代も、無属性を何の力も持たない者とは考えていなかったようでございます」

「それが、先ほどの力だと申すか」


 チェシャは目を閉じると、大精霊の巫女として大精霊のわざを成し大精霊の意を代弁す、と古文書の一文を暗唱した。


「わたくしごときには判断いたしかねますが、みやびさまが大精霊の巫女であるなら先ほどの力は説明が付きますにゃ。わざを成す、すなわちそれは大精霊が持つ力の顕現けんげんではないかと。古文書を信じるならば、彼女が巫女であるのか確かめる必要がございますにゃ」


 単なる伝説と思われて来た大精霊の巫女。リンド達は、その存在がにわかに現実味を帯びてきた事に衝撃を覚え、色めき立った。


「でもチェシャ、それをどうやって確かめるというの?」


 ファフニールの問いにみなの視線がチェシャに集まる中、口を開いたのはブラドだった。


「その使者、無属性なり。八花弁の紋章を戴く、明けの明星、宵の明星なり」


 古文書をそらんじながら、ファフニール、エアリス、そしてメイド達にそれぞれ視線を投げかけるブラド。


「リッタースオンには守護精霊の紋章が体に現れる。八枚花びらの紋章がみやびに出れば、巫女確定だ。誰か立候補してみるか?」


 両手を口に当てるもの。胸に手を当てるもの。お祈りのように手を組むもの。彼女達の反応は様々であるが、スオンが欲しいという気持ちは同じ。

 リンドのスオンとなることは、ロマニア国民にとって輝かしい誉れ。しかし先の戦争以降、儀式に挑戦する勇者が絶えて久しい。スオン達の壮絶な散りざまに、民が尻込みするのも仕方のない事だった。

 一組でいい。スオンが一組現れれば、臆している者達が名乗りを上げるのではないか。そんな期待を、若いリンドの誰もが抱いていた。

 ブラドが立候補という言葉を用いたのは、爵位称号地位といった序列を排除し、機会を平等に与えるという意思表示に他ならない。しかもその相手は、長きに渡る戦争の歴史に終止符を打つかもしれない存在なのだ。

 だがそこへパラッツォが、おいおいと口を挟んだ。


「みやび殿の滞在は次の満月までと聞いたが? そんな短期間でスオンの絆を結べるなら誰も苦労せんわい。そもそも、彼女がスオンの儀式を受けてくれると思うか」

「まあ、問題はそこなんだが……」


 ため息と共に、テーブルに頬杖をつくブラド。そしてメイド達も、パラッツォの指摘に落胆の色を隠せないでいる。

 肩を落とす若いリンド達に、愛孫あいそんを見るような眼差しを向けるパラッツォ。実際のところ、ここにいるリンド達は彼にとって孫も同然なのだろう。


「まあいずれにせよ、当面はみやび殿から目が離せんな。ファフニール、ブラド、しばらく城に逗留とうりゅうしたいと思うが、構わんか」


 突然の申し出ではあるが、特に断る理由も無い。二人が黙って頷くと、パラッツォはエアリスに向かって手をあげた。


「お許しが出た、わしに部屋を用意してくれ。いつもの小汚い所で構わん」


 その言葉を聞くや、エアリスは胡乱うろんげな目でパラッツォを見据えた。


「小汚いとは失敬な、毎日かかさず掃き清めております。部屋を小汚くしてしまうのは団長殿の生活習慣でございましょう」


 ぴしゃりと言い放つエアリスに、パラッツォがたじろぐ。


「おぬしも、言うようになったのう……」

「これもまた、団長殿のご指導の賜物。あとはぶどう酒を一樽、肉と魚を皿に山盛り。他にご入用なものはございますか?」


 そう言って不敵な笑みを浮かべるエアリスに、パラッツォはふぉっふぉっふぉと笑った。釣られてメイド達の顔も綻び、場の雰囲気が和らぐ。

 目端が利くだけではなく、周囲を明るい雰囲気に変えてしまう。これもエアリスの持つ手腕なのだろう。メイド長補佐に近衛隊副隊長という肩書きは、伊達ではないようだ。


「心得ておるではないか、万事任せた」


 エアリスが目線で合図を送ると、数名のメイドがあわただしく貴賓室を出て行く。逗留する団長殿の部屋を、整えに行くようだ。

 そのメイド達を見届けたパラッツォは、貴賓室にある垂れ幕の紋章を仰ぎ見た。

 真紅に染め抜かれた生地に二頭の竜が翼を広げて向き合い、首を一度交差させて顔を突き合わす。竜の首で8の字を象る構図は、無限大を表すと言われている。


「スオンの絆は、全てのリンドが通らねばならぬ道じゃ。わしは口出しせん。例え異世界の住人であろうと、みやび殿に感じるものがあるなら誰でも構わん口説いてみよ」


 パラッツォは胸に手を当て、単眼を閉じて祈るのだった。スオンを欲する若きリンド達に、全ての精霊のご加護があらんことをと。

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