リンド物語 ~エビデンス城の料理人~

加藤 汐朗

第1話 蓮沼みやびの夢

 みやびの意識はいつも、高い空から地上を眺めていた。


「この夢を見るようになったのはいつからだろう。思い起こせば、小学生の頃から見ていたような気がする」


 夢の中で、みやびは思考を巡らせてみる。自分が生み出した空想の産物にしては、あまりにもリアルな景色が眼下に広がっているからだ。


 深い緑に覆われた、広大な土地。三本の川が北東に連なる山脈から大地を横切り、やがて一本の大きな河となって海に注いでいる。まるで緑のキャンバスに、空色でギリシャ文字のψプサイを描いたような風景が広がる。


 みやびが意識を集中すれば、あちこちに点在する町や村を見る事も出来てしまう。そう、望遠鏡で拡大するように。

 もっとも拡大すればするほど景色は色褪せ、ざらついてしまう。パソコンで解像度の低い画像を、拡大表示したと言えば分かりやすいだろうか。


 三本の川が合流する地点に、一際大きな建物が見える。ズームアップすれば、それはフランスのカルカソンヌを思わせるような城郭都市じょうかくとしだ。中心には大きな建物がふたつ。ひとつは城で、もうひとつはおそらく寺院だろう。


「まあ、考えても仕方ないか」


 彼女は思考を諦め、いつもの場所へと視点を変える。毎度のことながら、この夢は強制的に同じ場所へ視点を変えさせられるのだから慣れたもの。


 都市の南東に広がる荒地へと、彼女は意識を集中させる。緑のキャンバスに、虫食いのように残る扇状の荒地。山火事とは違う。そこに存在する全てのものを切り取った、そんな表現が相応しい。


 所々に剥き出しの岩盤が残るその荒地に、あの人はいるのだ。更に意識を集中して、みやびは最大限まで拡大を試みる。

 色の無いぼやけた映像に、布を体に巻いた髪の長い女性が映る。後姿で顔は見えないけれど、みやびは察していた。


 ――あの人は泣いている。


「どうしてだろう。夢の中なのに、あの人を見ると胸が締めつけられる」


 届くはずもないのに、みやびは必死に手を伸ばそうとする。触れてみたい。声を聞きたい。分かり合いたい。そんな想いが、心の深い所から溢れてくる。

 みやびは問いかけずにはいられない。


「なぜ泣いているの? ここで何が起きたというの?」


 けれど夢は、いつもそこで終わってしまうのだ。

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