第9話 そして彼女らは重なり合う

「んー、今日のチビ助くんのケア先はどこにしようかしら……この間は森林公園に行ったけど、別のところがいいわよねぇ……んー……」


 昼休み。それは宮内ミリアにとって、その日の部活動の方針を決める大切な時間。

 数少ない部員である藤宮数馬を弄るのか、はたまた労わるのか。これらは少なからずミリアの裁量によって決められている。


「チビ助くんにはまだまだこれからも写真部で頑張って貰いたい

 しっかり安らいで貰わなきゃ……はてさて……」


 ただ弄り倒すのでは無く、その分労わるのがミリアにとっての美学だった。

 そんな彼女が今日の部活について考えながら校内をうろついていると、窓の外に見覚えのある二人の男女を見かけるのだった。


「あら? アレってチビ助くんと……剣道ちゃん? 何してたのかしら……?」

 人目の付きにくい校舎裏から出てくる数馬と、その後を追うように一香がゆっくりとミリアの視界に入り込む。

 どこかぐったりとしながらも気に満ちた様子の数馬と、ブツブツと文句を言いながら火照った様子の一香にミリアは違和感を覚えた。


 自分がいる窓近くをあっという間に通り過ぎた数馬と違い、一香はゆっくりと歩みを進め、彼との距離はぐんぐん離れていく。

 そんな彼女の様子をミリアはしばらく観察する事にした。


「まったくもう、まったくもうだよまったくもう!!」

 手頃なところにあった石をコーーンと勢いよく誰もいない方へと蹴り上げる一香。

 溜まりに溜まった鬱憤を晴らすかの様に蹴り上げられた石は、あっという間に一香から遠く離れたところに転がっていく。

 その石を一香は特に追うことをしなければ、また手頃なところにあった石を今度は踏んでは、コロコロと足で遊び始めた。



(何か怒ってるけど、チビ助くんの事かしら?)

 石に感情をぶつける一香の行動の一部始終を見ていたミリアは、すぐさまその原因が数馬である事を察する。

 一緒に校舎裏から出ているところを見て、しかも一緒に立ち去らなかったところも見てしまっては当然と言えば当然であった。

 そんな、ミリアがひっそりと見守る中、顔を抑えながら数馬本人の前では隠していた本音をぶち撒ける一香。

「人の気持ちを知らないでカメラをパシャパシャと……うぅぅ……いつまで経っても慣れないよぉ!」

「……ふぅん? そういう事、ねぇ〜。まさか、あのチビ助くんが、ねぇ。ふふっ、面白い事になりそうだわ」

 鋭い勘を働かせ、彼女の嘆きで大まかの事を察するミリア。

 部長の名は伊達では無く、一香が悩んでいる原因が数馬にある事を瞬時に感づいた。

 その時のミリアの顔は、それはもう……悪い顔である。良い子が逃げ出すレベルに悪い顔である。


 間も無くして、呼吸を整えた黒髪美少女の元に、煌びやかな銀髪美女が不敵な笑みをして現れる。

「ねぇ、長柄さん、少し時間いいかしら?」

「ど、どうしましたか、ミリア先輩……妙に嬉しそうですけど……」

「いやね〜、さっきそこでチビ助くんと色々してたでしょ〜? その事を詳しく聞きたいんだけど」

(どうしよう……ミリア先輩は苦手なのよねぇ……なんか、掴めないというか……)


 いつも以上にニコニコしているミリアの様子に、あからさまに警戒をする一香。

 元からあるミリアへの苦手意識が更に大きくなっていくのが、眉間を寄せた一香の表情を見れば一目瞭然だ。


 だが、ミリアは警戒された程度で止まる女では無かった。

 それを一香自身、よくわかっているのか

「今から、部室でお茶なんてどう? ねぇ、長柄さん」

「……よ、喜んで」

 と、言葉を詰まらせながらもミリアの提案に了承していた。


「大丈夫よそんなに怯えなくても。食ってどうこうしようってわけじゃ無いしね」

 ニコりと小さく微笑みながら、警戒心を持たれていながらも一歩また一歩と一香に歩み寄る。

 それに呼応するようにミリアから一歩また一歩と離れていく一香。

「別にそこまでの事は考えて無かったんですが」

「って事は似た事は考えていたのね」

「いや、それは……」

 言葉とは裏腹に一香のミリアへの拒絶感がしっかりと前面に出る。

 その事にミリアは嫌がるどころか、

「うんうん、程よい警戒度。こういうの嫌いじゃないわ」

 笑う始末。

「うぅ、やっぱりこの先輩苦手……」

「心の声漏れてるわよ、長柄さん」

 漏れ出た本音に、むしろ心地良さすら覚えている彼女なのだから、警戒するのが当然なのだろう。


 しかし、一香のような反応は彼女にとって日常茶飯事。あたり前の事で、特段変えたいと思ってはいないそうだ。

「まぁ、嫌われるのは慣れてるから大丈夫よ。少なくとも、私にはチビ助くんがいるから」

 チビ助くん。藤宮数馬。それが彼女にとっての平穏剤のような存在だと、暗に語っていた。

 だがそれは一香への挑発でもあった。

 一香にとって、数馬はただの幼馴染では無い。そうでなければ、わざわざ、兼部してまで同じ部活に入ったりはしないだろう。

 彼女自身がそれを自覚してるかは別にして。


「……その数馬の事で、何が聞きたいんですか? 言っときますが、私はそんなに口軽くないですよ?」

 自覚しない怒りを前面に出しながら、先輩であるミリアに問いかける一香。

 そんな一香にミリアは不敵な笑みを浮かべ、更に一歩近づく。


「ふふっ、大丈夫よ。むしろそのままのあなたでいてね? その方が、私、張り切れちゃうから」

「一体何を……んんっ!?」


 瞬く間に一香の柔らかい唇をついばみ、背中に手を回し逃げ場を封じたミリアはポツリと一言。

「いつまで耐えられるかな?」


 手慣れた舌遣いで初々しい口の中をミリアに蹂躙される一香が音をあげるのはそう、時間はかからなかった。

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