第2話 迷えし青少年は走り出す

「……ったく、小鳥遊はもうちょっと自重してくれればなぁ」

 部室のドアに寄っ掛かりながら、中にいる後輩の文句を口にする数馬。

 千尋の自由奔放な行動は、今日に始まった事では無い。だからこそ、比較的落ち着いている数馬なのだが───

(それにしても、水玉かぁ。小鳥遊の事だし、てっきり過激なものかと思ったけど、案外可愛いのを選ぶんだなぁ……)

 彼女の併せ持つギャップには未だに慣れていないようだった。


 理性を必死に保つほどでは無いにしろ、数馬とて思春期真っ只中の男子。

 いくら相手が生意気な後輩とて、美少女の魅力に抗えるはずも無かった。


 思い浮かべるのは生意気な後輩。

 キュートでポップな下着に包まれた可愛らしくも小悪魔な後輩。

 思春期男子の想像力は凄まじく、あっという間に脳内に千尋の像が形成される。

 それこそ、今まで生意気な口を聞かれていた分の腹いせと言わんばかりに。


 そんな中、数馬のいる部室前に一人の女子生徒が現れる。

 暗い廊下の中でもはっきりと分かるほどに、長く艶やかな白髪。

 キチッと着込まれた制服に無理やり押し込まれたたわわな果実。

 それでいて、キュッと締まった腰つき。


 この場が渋谷のスクランブル交差点だったら、大勢の人が立ち止まって彼女の行く末を見守るだろう。

 そんな彼女の開口一番は───

「あら、こんなところで何してるのチビ助くん」

 数馬の容姿の弄りだった。


「……小鳥遊が中で着替えてるから外で待ってるだけですよ。あと、いい加減チビ助くんはやめて下さい。宮内先輩だって巨乳先輩、だなんて呼ばれたくないですよね?」

「私のは巨乳じゃなく、美乳よ。二度と間違えないで頂戴」

「気にするところはそこですか」

 宮内先輩と呼ばれた美人生徒は数馬が口にしたあだ名が気に入らないようで、あからさまに不機嫌になる。

 そもそも、彼女が数馬の容姿を弄ったのが原因なのだが、それを突っ込んだら負けである。


 宮内先輩改め、宮内ミリアは数馬や千尋と同じく写真部であり、部長を務める三年生。

 宮内ミリアと言う名前と、長い白髪という容姿という事からも分かるように彼女は俗に言うハーフだったりする。

 そして、ハーフという性質上、一つ歳下である数馬を多少見下ろせるくらいには背が高い。

 それ故にミリアは数馬の事を『チビ助』と呼称する事が多い。


 決して数馬の身長が低すぎる、と言うことは無いのだ。

 また、自分のプロポーションに自信があるが故に変な拘りもあったりする。さっきのあだ名の件然り。


 そして続く言葉も同様に。

「と言う事でこれからは、ビューティフルバストの麗しき宮内先輩と呼びなさい」

「え、普通に嫌なんですが……と言うか自分で麗しきとか言っちゃうんですね」

「ありのままの事実を口にしただけだけど、何か文句ある?」

「はいはい、ないですよ。分かりましたよ、ビューティフルバストの麗しき宮内先輩」

「やっぱ長いから却下で。普通に宮内先輩でいいわ」

「なんだったんですか今の時間!!!」

「よくよく考えたら、長くてくどいなぁと思って。と言うことで、いつも通りでよろしくね、チビ助くん」

(全くこの先輩って人は……っ!!)

 もはやコント職人と言わんばかりに千尋以上に自由気ままなミリアに、頭を抱える数馬。


 ちなみにこのやり取りは、数馬とミリアにとって日常茶飯事である。


「ところでさっき、妙にニヤニヤしてたけど何を考えていたのかしら?」

「……特に何も」

「ふぅん……?」

(見られてたのか……と言うか、顔に出てたのか……)

 不意を突くようにミリアに質問され、平面上では平静を保っているが、内心焦っていた。

 雨に降られた後輩のあんな姿やこんな姿を想像していたのだから、それ以上は言うまでも無い。


 なんとかこのままやり過ごしたいと願う数馬に、ミリアは意味深な目を向け、そのまま口を開く。

 口元を妙に緩ませながら。

「まぁ、チビ助くんも年頃だものね。うん、よく分かるわ。でも、辛くても我慢しなきゃいけない時もあるの!だから、私はあえて止めないわ! 精一杯励みなさい!」

「えっと、一体何の話ですか? 妙に先輩の目が、息子のエロ本を見つけてしまって何かを悟った母親みたいな目になってますが……」

「え? ガッツリと持って来ていたエロ本を風紀委員会とかに持ってかれた腹いせに、委員会にいる女の子をめちゃくちゃに犯す妄想をしてたんじゃないの?」

 後輩の肩を強く掴みながら、母親よろしく、想像しうる中で最大限の大人の対応をするミリアだったが、キョトンとした数馬の表情に納得いってない様子だった。


「してませんってそんな妄想!!」

 数馬は当たり前と言わんばかりに強くミリアの勘繰りを否定する。

 その反応にあっさりと引き下がるように、

「あらそうなの? だったらゴメンね。変に考え過ぎちゃったみたい」

 と言葉を返すミリアだったが、あまりにもあっさりとした先輩の引き下がりに数馬は勢いを止められなかったのだろう。

「精々、さっき見た小鳥遊の下着の色について考えていたくら───あ」

「ボロ出すの早すぎない?」

「自分でもそう思います……」

 あっと言う間に自白。

 驚きの早さ!牛丼チェーン店もビックリ!


 数馬と数多くのやりとりをしてきた流石のミリアも同様を隠せないようで

「どうする、私の美乳揉んで落ち着く? もちろん有料だけど」

 と言い出す始末。

 しかし、美少女な後輩で妄想を嗜む思春期男子な数馬であっても、魅力的な提案に飛びつく勇気は湧かなかったようで───

「えっと、遠慮しときます……」

「知ってた」

「すいません、ちょっと……お外走ってきます……」

「ほどほどにね」

「ああああああああああああああああ!!!!!!!!!死にてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」


 校舎から飛び出て、雨の中、校庭をひたすら走り回り始めた。




───────


二話目を読んでいただきありがとうございます。

引き続き次の話を読んで頂ければ幸いです。


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