第10話 実は初めから……

「さてと……まずはこの学園の序列制度からですね」


 と、セシリアが空間ウィンドウをいじると複数の空間ウィンドウが展開される。それぞれには何かの図や人の写真など違う物が写っている。


「まず、この学園都市の各学園には実力者を示す《禁書序列アクセスオルド》と言った制度があります。ランキングは各学園ごとに分かれていて、全部で五十人がこの《禁書序列アクセスオルド》に名を連ねます」


「へぇ。その《禁書序列アクセスオルド》になるとどうなるの?」


「様々な特典が付きますね。この女子寮の四階以降は全員禁書序列《アクセスオルド》に名を連ねている方々です。それに返済不要の奨学金も付きます。《禁書序列アクセスオルド》の中でも特に上位の十人。《深淵の十人アビス・サベル》になればそこら辺のサラリーマンより奨学金が貰えます」


「……」

(正直、軍に所属していた時のお金も足元を見られていたせいで心もとないし……実家に頼るわけにもいかない。《禁書序列アクセスオルド》か……狙ってもいいかもしれない)


「どうですか? 興味が湧きましたか?」

「そうだね。正直生活費が危ういし、まぁ様子を見つつ……って感じかな。まぁ無理そうならバイト頑張るよ」


「あらあら。それは困りますね。私があなたを推薦する以上最低でも《禁書序列アクセスオルド》には入って欲しいです」


 セシリアはからかう様に軽く笑みを作るとその魅惑的な足を優雅に組み替えた。


「が、頑張るよ。ただ、《禁書序列アクセスオルド》の人たちがみんなセシリアみたいに強いんだったら厳しいかも知れない」


「それなら大丈夫です。悠里の実力があれば《禁書序列アクセスオルド》には余裕では入れます。後はこれをどう扱うか……ですね」


 そう言いながらセシリアは悠里の心臓のある部分を細くしなやかな人差し指で軽く突いた。


異界結晶プロトコア? うーん。俺、これ拒絶されてると思うんだ。体から《星応力(エーテル)》だけ奪ってそれ以外は何もしてくれないし。単なる寄生虫みたいな感じだよ」


「いえいえ。そもそも異界結晶プロトコアは適正がないと触る事もできないんですよ。それを体に埋め込んでいる時点で貴方にはコアに触れる事が出来るだけの最低限の適性はあります。力を貸してくれないのはただのコミニュケーション不足だと思いますよ?」


「セシリアは異界結晶プロトコアが生きているみたいな事を言うんだね」


「ええ、《異界結晶》は生きています。今は無理でもいつかはそのコアの事を信じてあげてください。そうすればその子は貴方に力を貸してくれますので」


 と、セシリアは悠里に向かって優しく微笑んだ。

「ねぇ。セシリア二つ質問いいかな?」

「はい。何でしょうか?」


 セシリアは楽しそうに微笑みながら首を少しだけ傾げた。


「普通体内に異界結晶プロトコアを埋め込んでいたら疑問に思うと思うんだ。どうしてセシリアはそれを聞いてこなかったのかなって」


「悠里はそれについて聞かれたかったのでしょうか?」

「いや、そんな事はないけど……」


「そうでしょう? 一五、一六の子供の体にコアが埋め込まれているなんて普通に考えたらありえないことです。それが起きているという事は、貴方は日常的にそれが起きる世界に生きていたということでしょうし、無駄に聞き出さない事にしていたのですが」


 どうやらセシリアも気を使って聞いていなかったらしい。そのセシリアの大人のような判断力を聞いて感心しつつ、それを聞いて悠里は安堵のため息を付いた。


「それでもう一つはどういった質問でしょうか?」

「うん。これは純粋な疑問なんだけど、リリスさんが突っかかってきた時にセシリアが言っていた契約書にはサインをしなくていいのかな?」


「ふふっ。サインは一番最初に頂いておりますよ」


 クスクスとセシリアは口元を抑えながら笑うと仮想ウィンドウを展開して悠里の方に向けた。

 そこには悠里の指紋と書いた覚えのない悠里直筆サインの書かれた契約書が映っていた。


「こ、これは……どういう事? セシリア」

「実は貴方が眠っていた間に指紋を押して、貴方の手を借りてサインをしていたんですよ」

「えっ……じゃあ最初の俺がこの学校に入学するって頷くまでの話の流れって全部茶番だったってこと?」


「はい。そうです。私は一番初めからあなたをこの学校に入学させる気でしたよ」


 あっさりと頷いたセシリアは悠里が出会ってからの数時間で最高に輝いていた。どうやらネタバラシをできて滿足したらしい。


「……なんと言うか微妙な気持ちだけど。そう言う事なら俺はそろそろココから脱出するよ。日も落ちてきたし」

「そうですか。分かりました。そこの窓から飛び降りるといいですよ。人通りも少ないので」


 一見死ねと言っている様にも取れるが《異界世代デミステラ》の少年少女なら朝飯前だ。


「うん。ありがとう。それじゃあ。また明日」


 悠里はベッドから立ち上がり窓の方に向かう。

 そんな悠里の背にセシリアの制止の声が飛んでくる。


「ちょっと待って下さい。あと一つだけ。今回の《魔戦祭トーナメント》はデュオ戦なのでもし悠里が《深淵の十人アビス・サベル》の誰かとペアになりたいのであれば最低でも《禁書序列アクセスオルド》には入らないといけません。実力の無い人が上位に上がらない為の措置です」


「うん。分かったよ。肝に銘じておく。それじゃあ」


 それだけ言い残すと悠里は下を見ること無く四階の窓から飛び出した。春のまだ少し肌寒い風が悠里の体を包み込み、悠里は音も立てず地面に着地した。


「セシリア。不思議な娘だったな」


 悠里は一度だけセシリアの部屋を見つめ、足音を立てないように女子寮から離れ始めた。


「あっ……男子寮の場所聞くの忘れた……今から戻るのは無理そうだし。諦めて地道に探そう」


 悠里は軽くため息を付くと、そのまま大通りに出た。


 夕日も沈み静かな夜の学園の敷地は街頭の明かりで照らされている。学園の敷地だけあって樹木などにも手入れがちゃんと行われている。


 悠里は夜の冷たい空気を体で感じながらゆっくり道を歩いていた。

 すると、大通りの反対側で聞いたことのある叫び声が聞こえてくる。


「いいかげんにしろ! 私は関係ないと言っている!」


 ──と、怒りに満ちた鈴のように透き通る強烈な強い意志を感じさせる声が遠くから悠里のいる場所まで響き渡った。

 そしてその声を悠里は知っていた。それもつい数時間前に聞いた声だった……。

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