第21話 不思議な後輩とクリスマス④
男としては情けない話だが、クリスマスのデートプランを考えてくれたのは春日谷の方だった。
一緒に決めようと思いどこに行きたいかと聞いてみれば、最初から決まっていたかのようにスラスラと『水族館に行きます!』と言われてしまった。
彼女の言う水族館とは地元では有名な大きな水族館のことだろう。クリスマスに水族館なんて珍しいなと思いながらも、かわいい後輩の頼みだと僕は了承した。
まあ、決めてもらった手前了承もなにも文句を言うわけにはいかないのだが。
「………そろそろかな。」
僕は左手首につけた腕時計を見て時間を確認する。年下の女の子を冬の空の下待たせるのはしのびない。少し早いかもしれないがもう出た方がいいだろう。
「父さん、行ってきます。」
「ああ、いってらっしゃい。」
父に声をかけて家から出た。
父は最近、家にいる時間を増やすようになった。もしかしたら父を許せないでいる僕に気を遣ってわざと顔を合わせないようにしていたのだろう。
向き合わなきゃいけないものからすぐに目を背けてしまうのは僕たち親子の悪い癖なのかもしれない。
「寒いな…」
思っていたよりもずっと寒い。やはり早めに出て正解だったようだ。僕は駅へと向かった。
☆
『2番線、まもなく電車が参ります。』
電車の到着を知らせる音声案内が鳴り響く。
クリスマスというだけあっていつもよりもずっと人の数が多い。駅のホームで皆で暖をとるように身を寄せ合って電車を待つ。
やがて轟音を響かせながら駅のホームに電車がやってきた。僕は何も気負うことなく、電車に乗り込んだ。
春日谷と共に電車に飛び乗ったあの時から、電車への苦手意識はなくなった。あの秋よりも視界が広く感じる。小刻みに揺れるこの振動をも僕の心を弾ませた。
しばらく電車に揺られていると、次駅のホームについた。クリスマスなのでただでさえ人が多いのに、乗客が増えるとなると憂鬱だが致し方ない。
ドアが開き、人混みが雪崩れこんでくる。
(キツキツだな…。)
こういう時、前みたいに緑髪だったらよかったと思う。皆が僕を恐れて無理にでも距離をおこうとするからだ。
まあ、そんなことを考えても仕方ない訳だが。
「ん?」
そのとき違和感を感じた。何かと思い振り向くと、人混みのなかから白くて細い腕が僕の服を掴んだ。
「〜〜〜〜!?」
僕の喉から声にならない声が漏れる。顔を引き攣らせながら腕の持ち主を辿っていくと…。
「先輩…。」
「な、なんだお前かよ…。」
人混みに押しつぶされ、そのかわいらしい眉を八の字に歪めた春日谷舞がそこにいた。
「く、苦しいです……。」
「ほら、こっち来い。」
僕は器用に体を動かして扉と自分の間に一人分のスペースを開ける。春日谷舞の細い腕を取るとそのスペースに押し込んだ。かわいらしい悲鳴と共に春日谷が僕の懐の中にすっぽりと収まる。
「こ、これ…壁ド…」
「大丈夫か?」
「あ、はい!」
彼女が僕を見上げた。そのとき僕は今日初めて彼女をマジマジと見ることができた。
いつも制服姿しか見ていなかったので春日谷の私服を見るのはこれが初めてになる。
白色の厚地のニットにチェック柄のスカート。何かつけているのだろうか?その唇も頰もほんのりと色味がかっている。
いつもの着飾ることのない純朴なかわいらしさとは違い、メイクをしておしゃれに着飾った今日の春日谷はとても綺麗に見えた。
「あ、あの…」
「!」
しばらく見惚れて黙り込んでしまっていたが、彼女が何かを期待するようにこちらを見上げていることに気づいた。
『和季、デートのときはまず最初に女性の服装について褒めるべきよ?覚えておきなさい。』
ああ…そうだ。こういう時、なんと言えばいいのか僕はもう知っているではないか。
「春日谷。」
「は、はひっ!」
「綺麗だな。」
「!?!?」
瞬間、春日谷の顔が真っ赤になりそのまま硬直した。目を大きく見開き、口をぱくぱくとさせている。
「あ…あ………」
そのあと無言で僕に顔を背けるように扉の方を向いてしまう。僕からは赤くなった彼女の耳しか見えない。
「か、春日谷?」
「…………」
「……き、気に障ったのか?」
「…………」
ふるふると、彼女が首を横に振った。それにともない彼女の方で切り揃えられた黒髪が揺れる。
褒め方を間違えたのだろうか。
それから目当ての駅に着くまで僕は彼女を見ていたし、春日谷は無言で通り過ぎる電車の外を見続けていた。
☆
「写真を撮りませんか?」
「え?」
水族館を回ってる最中、春日谷が僕に言った。彼女の頰の熱がようやく冷め、僕と目を合わせてくれるようになったタイミングでのことだった。
あのあと電車を降りた僕たちは互いに無言のまま水族館に入り綺麗な水中の生き物を見てまわった。
僕は沈黙が嫌じゃないタイプなので平気だったが、春日谷はどうなのだろう。一般的なデートとしては失敗な気がしてならないが、彼女は嫌ではなかっただろうか。
ただ、電車を降りてからもずっと僕の服の袖を握っていたということは嫌ではなかったのかもしれない。
そして今、長い沈黙のすえに彼女は両手で摘むようにデジタルカメラを持ってこちらを見上げている。
「えっと…」
"撮りませんか?"ということは誘っているということだ。二人で撮りたいのだろうか?
「も、もちろん撮影禁止のところじゃないですよ!その…えと…い、色々……。」
「別に構わないけど、二人で撮りたいのか?」
「!………そ、そう…です。」
彼女がしずしずとカメラを僕に預けてくる。撮れということだろう。
(え?ここで撮るのか?)
僕たちが今いるところは自動販売機のある休憩スポットだった。デートについての知識はないが普通はもっとフォトスポット的な場所で撮るものではないだろうか。
「…………」
少しだけ逡巡したあげく、僕は黙ってカメラを構えた。画角に入らないと春日谷に体を寄せると彼女は狐につままれたような顔で僕とカメラを交互に見ていた。
「せ、せんぱ」
「撮るぞ。」
「あ……」
パシャッとシャッターを切った。中を確認してプライベートの写真を見ては悪いと思ってすぐに春日谷に返した。
「これでいいのか?」
「はい……」
「いやその…こんな殺風景な場所で撮ってよかったのか?ここただの休憩所だぞ。」
「え…あっ!?」
僕の指摘に春日谷は盲点だったと言わんばかりに目を見開いた。僕はため息をつく。
「まあ、いっぱい撮ればいいだけの話か。何も一枚だけじゃないしな、撮れる写真は。」
「そ、そうです!いっぱい撮りましょう……でも。」
「?」
テレテレと顔を赤らめながら春日谷がカメラを見てほくそ笑んでいる。
「でも…この写真も宝物にします。」
「…………」
ただ漠然とかわいいなと思った。誰かに対してそんなことを思うのは初めてのことだったから自分でも驚いた。
春澤澄歌は綺麗ではあったが可愛げはなかった。それにこんな風に守ってあげたいと思わせてくれるような隙もなかった。彼女は完璧だったからだ。
だからだろうか?
自分のうちに溢れる新鮮な思いを胸に僕はしばらくの間、春日谷舞に見惚れていた。
「先輩、どうかしましたか?」
「え、あ、いや…。」
やがて正気を取り戻し、黙り込む僕を不審に思った彼女が顔を上げるまで、ずっと。
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