第6話 不思議な後輩との日々③





ある噂を聞いた。『例の不良が例の赤いヘッドフォンをつけた美少女を連れ回してる』というものだった。


明らかに僕と春日谷舞のことだった。


僕も春日谷も学校ではとにかく目立つ。自分で言うのもあれだが二人とも有名なのだ。しかしその印象には雲泥の差があるだろう。方や不良少年、方や変わり者ではあるものの美少女なのだからそれも当然である。


そんな二人が仲良く連れ立っていたら皆が見ないわけがないのだ。そしてそれを見た人はどう思うだろうか?


あまり良い想像はしてくれないだろう。




噂を聞いたのは屋上で4限の授業をぶっちし、5限目の授業に出ようと教室の扉を開けた休み時間のことだった。


クラスメイトたちはあからさまに『やばい』と言う顔をしていた。不名誉な噂を聞いた僕が暴れるとでも思ったのだろうか?なんだか居た堪れなくなった僕は鞄と上着を急いで回収して、学校を後にした。



スタスタと舗装の甘い歩道を歩いていく。特に何も考えず突き進んでいくとそこは海に向かう道だった。


思いの外晴れており、空には雲一つなかった。

 

もう寒くなってきたのに海に行くのはどうかと思ったが何となくそんな気分だったのでそのまま向かった。


慣れた様子で堤防近くの階段を上がっていく。


「寒いな……」


秋の海は少し寒かった。なんとなく海ではなく砂浜を見てしまうのはきっと先輩のせいだ。


彼女はよく落ちているシーグラスを集めたがった。見つける度にコレクションを増やし、僕に見せるのだ。


「ここにも久しぶりに入るな。」



僕が訪れたのは薄汚れた小屋だった。壁や天井に、シーグラスが飾り付けられている。いや、それだけではなく、流木やウキまで置いてある。流れ着いた綺麗なものを澄歌はこの小屋に持ってきては楽しそうに飾っていた。



慣れた手つきで中にあったストーブを引っ張り出す。


このストーブも先輩がわざわざこの小屋まで持ってきた私物だった。能面のような無表情の美しい顔でストーブを引きずってきたのだからあの時は笑ってしまった。


「ついた……。」


つくかどうか不安だったが、無事にストーブはついてくれた。ボウボウと優しい炎が僕の体を照らす。


二つ置いてあった腰掛けの一つに僕は座った。小屋の中には簡易的な豆電球のランプが置いてある。これも彼女の私物だった。


もっとも、肝心の持ち主はもうここには来ない。


「今はまだ…ここまでだな。」


この小屋には先輩と過ごした一年半の思い出が詰まっている。夏も秋も冬も春もその次の夏もここで過ごしていた。


だからこそ、ここに来ることを避けるようになっていた。当然だ、自分を捨てた人との思い出なんて誰も見たいとは思わないだろう。


それでも僕にはここに来なければならない事情があり、今日こそは来れる気がしたのだ。


僕はもう片方の椅子を眺める。



「先輩、僕にも後輩ができたよ。あんたと同じで黒髪の美人だ。あんたと同じぐらい変な人だけど、あんたほど偏屈ではないらしい。厄介さではどっこいどっこいだけど。」



当然、応えてくれる人など誰もいない。それでも僕は続けた。彼女はいない。ここではないどこかで凛としているのだろう。誰かといるのはとてもじゃないが想像できない。


「だけど、そいつはあんたほど強くはないみたいだ。僕みたいに弱い奴なんだと思う。」



僕と春澤澄歌は、初めて会ったその日から多くの時間を共にした。


僕と春澤澄歌の組み合わせはとても奇妙なものだったに違いない。僕も春澤澄歌も有名人も学校では有名だったからだ。学校の皆は遠巻きに僕たちのことを眺め、そして色々な噂を立てていた。


中には不名誉なものもあった。


それでも彼女はその能面のような表情のまま変わることはなく、まるで自分以外のものには興味がありませんと言う風に堂々としていた。そんな姿に僕は憧れたのだ。



だけど、春澤澄歌と春日谷舞は違う。春日谷はきっと変な噂にもそれを聞いた周囲の反応にも参ってしまうだろう。


「かわいい後輩に迷惑かけるわけにはいかないよな。」


平穏を望む春日谷の日常を僕が壊すわけにはいかない。僕は噂を聞いたときからそんなことばかり考えていた。もういいかとランプとストーブを消す。


脱いで傍に置いてあった上着を羽織り、僕は小屋の外に出た。それでも少しだけ後ろ髪引かれるような思いになり、僕は小屋の方を振り返る。


シーグラスがキラキラと秋の日の光を反射していた。




そのあと僕はひどい顔をした春日谷を見つけた。僕との噂のせいで何かあったのかもと思い動揺したが、想像に過ぎないと平静を装った。


「さんきゅうです。」


「………はは。」


どうにか落ち着いた様子の彼女の肩を押し、駅まで歩いて行こうと促した。



背の低い春日谷はやはり、背の高かった春澤澄歌とは似ても似つかない。


『これで最後か』とそんなことを考えながら、僕は彼女との会話を楽しんだ。






春日谷と会わなくなって10日ほどが経った。僕を待ち伏せしてくる彼女を避けるのは大変だと思われたが、なんてことはなかった。


学校に行かなければ良いだけなのだ。僕は自分の部屋で一人勉強をしていた。授業に出て呆けているよりも何倍も集中できる。


「ふぅ…」


僕はため息をつきながら地理の教科書を閉じた。


本当ならずっとこうしていたいところだが、どうやらそうもいかないらしい。明日からテストがあるからだ。


流石にテストをサボるわけにはいかないのでその期間だけは学校に行かなければならない。


すなわち、春日谷に会わなければいけないわけで…。


「どうするかな…。」


僕にもう近づくななんて言えるわけないし、事情を説明しても彼女は納得しないだろう。


僕だって春澤澄歌に同じことをされても納得しないだろう。もっとも僕が先輩に向ける思いと春日谷が僕に向ける思いは違うだろうが。


「……………」


それでも、春日谷は僕とこれ以上関わるべきではない。彼女を傷つけるわけにはいかないのだから。


「……まあ、なるようになるか。」


楽観的な考えと共に僕は思考を放棄した。時刻を見るともう22時になっていた。寝るには少し早いが明日はテストだ。遅いよりは早い方が良いだろう。


部屋の電気を消して、僕は布団に潜りこんだ。


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