春はまた巡る
透真もぐら
第1話 不思議な後輩との出会い①
大好きだった先輩にフラれた。
今の僕の顔は相当ひどいことになっているだろう。両目も鼻も真っ赤になっていることが容易に想像できた。ついでに言うと喉だってガラガラだ。
そのくらいには泣いたし、叫んだのだ僕は。
僕の背後に、雑踏が流れていく。皆帰路へつくのか、それとも夜の街に繰り出すのか。
僕にはわからない。自分の行き先だってわかりやしない。
『1番線、まもなく電車が参ります。』
冷たい電子音がホームに響き、風を切る音と共に電車がやって来た。ドアが開くと同時に灰色をした人の群れが飛び出てくる。
やがて、その人波が消えても僕はその中には飛び込めなかった。僕の後ろでスマホを見ていた男の人が舌打ちし、僕を邪魔そうに追い越し、電車の中へと乗り込んだ。
彼は一体どこへ行くのだろう。
『1番線、ドアが閉まります。』
何度目かわからない駅のホームの音を聞く。何度も電車が来て、何度も電車が去っていく。
だけど僕は電車に乗り込むその一歩を女々しくも、いつまでもいつまでも踏み出せないでいた。
「あぁ〜〜畜生。」
なんだよ。思わせぶりな態度を取っておいて、一方的にフッて、そのくせ姿を眩ませてしまうなんて。
いっそ幻だと思う方が幸せなのだろうか。
「ダメだダメだ!音楽でも聞こうそうしよう!」
僕はカバンの中からイヤホンを取り出し、スマホに繋ぎ、音楽をかけた。しっとりとした伴奏のあとに始まる女性ボーカルの声に僕は気づいた。
「あ」
スマホに入ってる曲は全て先輩が好きだった曲だった。
☆
僕、羽賀和季はろくでもない人間だ。
幼少のころから人付き合いが苦手で、どうしても皆と同じようにすることができなかった。
趣味や嗜好も人とは違い、皆と合わせようと努力したものの周りから浮いてしまっていることは明確でいつしかそれもやめた。
もちろん、いじめられた。靴を隠されたり、体操着を隠されたり、時には水をかけられたり。
僕は傷ついた。いじめられたことがじゃない。いじめを苦に思わないほどには僕はやはりずれていて、いつしかパッタリといじめは止まったことが僕を傷つけたのだ。
そして、僕は壁をつくった。
手始めにピアスを開けてみた。開ける前は怖かったけれどやってみると大したことはなく、なんとなく失望した。
髪を染めた。最初は赤とか金とか派手なのにしようと思ったが、かっこいいとは思えなくて緑色にした。
ある日、鏡を見て気づいた。僕は立派な非行少年だった。ガタイも良かったし、目つきも悪かった。
「緑色の方が……かえって派手だったかもな。」
中身は昼行灯、外面は非行少年。これをろくでなしと言わずして何と表現しようか。
そのせいで僕は地元で一躍有名人になってしまった。当然だ、つまらない純朴な人たちが住む場所はきっと緑色の奇妙な人間がいていい場所じゃない。
じゃあどこにいけばいい?
ここから出て行く度胸も気力もお金も体力もなく、現状維持。なんとも情けない。
だけど、僕は今の自分がなかなかに嫌いではないのだ。
☆
『1番線、まもなく電車が参ります。』
駅のホームに音声案内が響く。また電車が来るみたいだ。
『もう夜が更けそうだ、僕もそろそろ帰らなければ』と、そう思うのに僕は次の電車にも決して乗り込むことはできないのだということを確信していた。
家に帰りたくない。
一人ぼっちよりも喧騒の方がずっとマシだ。
「あの…邪魔なんですけど。」
「!」
突然かけられた声に僕は思わず肩をびくつかせた。弾かれたように振り返るとそこには小柄な少女がいた。
「さっきから、電車の出入り口で立ち尽くして…人様の迷惑だとは思わないんですか?」
あの人と同じ、黒髪だと思った。
結局、音楽を聞くこともなく僕はまだ駅のホームに立ち尽くし続けていた。
季節はもうすっかり秋であり、肌寒い風がもう夏は終わったのだと痛々しいほどに僕たちに感じさせた。
そして今、予想よりも寒い駅で皆が帰路につくなか彼女は僕の背中に張り付くように立っていた。
それは、短い黒髪の可憐な女の子だった。首元には赤いヘッドフォンをかけ、僕の通っている高校の制服を着ている。彼女の胸元で結ばれたリボンの赤色は彼女が僕より1学年下の生徒であることを示している。
そして、何よりも特徴的なのは彼女が僕の顔を一切見ずにずっと手に持った本を読んでいることである。
何だよその態度は…目も合わせずに説教垂れ腐りやがって。僕は先輩なんだぞ。あの羽賀和季様なんだぞ。
「お前、僕が怖くないの?」
「は?怖い?なんでですか?」
なんだ?僕のことを知らないのか?…確かにうちの学校の制服だよな。まあ、知らないということもあるか。
「いや……悪い。変な絡み方したな。」
「悪いと思うのならどいてください。」
「……………」
いちいち引っかかる言い方をするやつだな。謝ってやったんだからもう突っ掛からなくてもいいだろ別に。
「ほら、どいたよ。これでいいんだろ。」
「なんかいちいち癪に触る喋り方ですよね。」
「は?なにお前。」
僕は思わず声に怒気を含めてしまった。自分と同じようなことを考えていた少女に同族嫌悪のようなものを感じたのだろうか。
「え」
やばいと思ったそのとき、少女がびくりと震えた。いや、『びくり』どころではない。『ガタガタ』と壊れた家電器具のように彼女は震え始めたのだ。
「え、おい……大丈夫か?」
「だ、だっ!ど、どい、どいてください……」
「え、ああ、だからどいたって……」
「……………」
「……どいてるって」
なんだよこいつ。本に頬擦りするのかと言うほどに顔を近づけて、だけど明らかに僕へ敵意を向けている。その証拠に彼女の顔は赤く、本を持つ手はプルプルと震えていた。
「…………?」
僕は何かの発作かと心配になり、彼女の肩に手を置いた。
「おい!大丈夫かって」
「んひぃ!?」
「のわっ!?」
僕に触られたことがそんなにショックだったのか、彼女が弾かれたように本から顔を上げた。
そして僕と初めて目が合った。
やっぱり、あの人と同じ色だ。
「のわああああああああ!?!?!?」
「うわああああああああ!?!?!?」
急にでかい声で悲鳴を上げた少女に釣られ、僕もついつい大きな声で叫んでしまった。
ざわざわと、周囲にいた灰色の雑踏がこちらを盗み見る。その視線の数が増えていくごとに彼女の頰は朱色に染まっていく。
「ヤ、ヤンキーだった。ど、どうしよう…殴られる……お父さんに怒られるぅ……」
「おい……別に殴ったりしねぇよ。」
「ひ、ひぃ〜〜ん!」
「ちょ、な、泣くなよ!僕が悪いみたいだろうが!」
「ど、怒鳴られた〜〜〜!」
「あ、ご、ごめんって。ほら、泣きやめ、おい。ジュースか?ジュースを買えばいいのか?おい。」
何なんだよこいつ、まじで。さっきまであんなに高圧的だったのに今は小動物みたいに震えてやがる。
僕はそのあまりのギャップにかなり戸惑っていた。少なくとも、涙が引っ込む程度には。
そして僕と彼女を混沌に落とし込む原因がもう一つ…。
『1番線、ドアが閉まります。』
「「あ」」
重々しい音を立て、電車は線路の上を辿りながら去っていった。駅のホームに残されたのは僕と彼女だけだった。
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