どうして僕が世界遺産に?

ちびまるフォイ

人の来ない静かな場所

「僕が……世界遺産ですか!?」


「おめでとう、世界遺産だから君はあらゆるものが自由にできるよ」


「嬉しいです! ありがとうございます!」


生ける世界遺産として登録された僕はこれまでの人生で感じたことない充実感を得た。


「世界遺産なんだって!?」

「すごい! サインして!」

「ちょっと写真撮ってくれよ」


「はっはっは。なんたって世界遺産だからね。

 そんなかんたんにはできないよ。お金払ってもらわないと」


どんな芸能人よりも人気者になっていい気分。

町を歩けば老若男女とわず世界遺産の僕を撮りにやってくる。


このまま老いていっても世界遺産であることは変わらない。

永久にこのままちやほやされ続けるのだろう。


「世界遺産になってよかったーー!!」




1週間もすると、世界遺産として扱われる生活にも慣れた。


ちやほやされることで満たされていた気持ちも、

すでに満たされているのでこれ以上はもはや面倒なレベル。


どんなに大好物でも毎日そればかり食べれば飽きるのだ。


「はぁ……外出たくないなぁ……」


最近は家にこもりがちになっている。


わずかにカーテンを開けて隙間から外を見ると、

家の外には世界遺産を見ようと詰めかける観光客の目がギラギラと待っていた。


宅配を頼んでも、配達に来た人がこぞって「写真いいですか」と言ってきて面倒くさい。

どうにかならないものか。


「……そうだ、オンとオフの時間を決めよう!」


世界遺産の自分の提案に対して異を唱える人はいない。

その威厳を乱用して自分が「世界遺産」として扱われる時間を決めた。


午前10時~午後5時までは世界遺産。

それ以外の時間は普通にそっとしておく時間として定めた。


「コレでもう家の前までストーカーされることはないぞ。

 ようし、今日も世界遺産しにいくか」


午前10時に指定の撮影スポットに向かうと、

まるで銅像のようにそこで停止した。


撮影スポットに押しかけた観光客はバシャバシャと写真を撮りまくる。


(午後5時までの我慢……午後5時までの我慢……)


午前10時からのオンの時間を終えると、やっと自由に動けるようになった。

観光客は「時間だから」とカメラを下げる。


「ああ、久しぶりのオフの時間だ。自由に過ごすぞーー」


世界遺産になってからは人を集めてしまうので行けなかった猫カフェに向かおうとした。

横断歩道を待っていると、肩を叩かれた。


「あの、世界遺産ですよね!?」


「え、ええ……」


「写真いいですか? 握手してください!」


「いや、今オフの時間だから……」


「あ! ご、ごめんなさい!!」


修学旅行のようなノリの女子学生は去っていった。

横断歩道を挟んだ向かいの信号が変わって歩き始めると、また肩を叩かれた。


「あなた世界遺産ですよね。写真撮ってください」


「またかよ!!」


今度は別の人が声をかけてきた。

同じ理由で断った数秒後に、また別の人が声をかけてきた。


いつまでも変わらないので最終的に自分の胴体に

"私は今オフの時間ですそっとしてください"と書いた紙を貼り付けるにいたった。

世界遺産なのにすごくバカっぽい。


「もうみんな放っておいてくれよ……」


せっかくオンとオフの時間を決めたのに、

律儀に守っているのは自分くらいでみんな相手の都合なんか知ったこっちゃない。


相手への思いやりなんか、自分の撮影欲求の前には無力なんだ。


「はぁ……どうすればいいんだ……」


悩んだときに僕はいつも同じ場所を訪れる。

それはスフィンクス先輩のところだった。


『どうした、砂漠でため息なんかついて』


「実は世界遺産として登録されたのはよかったんですが

 それからたくさんの人がやってきて疲れるんですよ」


『わかるわぁ』


「え!? スフィンクス先輩にもそんな時代が!?」


『私も昔はガンガン動いていたからね。

 でもプライベート関係なくみんなが見に来るから

 こうして砂漠の地に逃げてきて、静かに暮らすようになったんだよ』


「そうなんですね……僕もスフィンクス先輩みたいに

 あまり人が来ない場所で静かに暮らそうかな」


『だったらひとつ世界遺産の先輩からアドバイスだ。

 安住の地を決めたら、あまり目立たないようにするんだ』


「なんでですか?」


『私なんか砂漠の中央でこんなに大きく鎮座しちゃったもんだから、

 銃の的あての練習にされたり、写真撮影で登られたりしたんだ。

 目立たない場所で、見つけにくようにするのが大事だよ』


「なるほど……」


これぞ世界遺産でござい、と見る人に迫力や感動を与えてしまっては

ますます観光客がやってくるに違いない。


「でも、今じゃ世界遺産である自分の位置は衛星で監視されています。

 どこに隠れても、どんな辺境の地でも見つかっちゃいますよ」


『うーーん、それならとっておきの魔法を使ってあげよう』


「とっておきの魔法?」


『友達のファラオから教わってとっておきの魔法さ。

 君の体をすっかり透明にしてしまうものだよ』


「本当ですか、スフィンクス先輩!」


『もちろん。ただし一度透明にしちゃったらもう戻せないよ。

 それにもう場所の移動もできなくなる』


「かまいません! もう人に囲まれる生活から解放されるなら!」


『それなら……安住の地を決めたら教えてくれ。そのときに魔法を唱えてあげよう』


「はい!」


透明になるとはいえ、万全を期すためにあまり人がこない森の奥地へ到着。

スフィンクス先輩に連絡する。


『ではいくぞ……透明魔法、とりゃーー!!』


スフィンクス先輩の目が赤く輝くと、自分の体が透けて体が軽くなった。


「スフィンクス先輩、ありがとうございます!

 やっと観光客から解放されます!!」


『力になれてよかったよ』


世界遺産の姿は誰にも見えなくなった。

見えない世界遺産を探しにこんな場所に観光客は来なくなった。


そして。




「怖いよぉーーまーくん」


「大丈夫だよ。ほらもっとくっついて」


「きゃーーもういやらしい~~♪」


世界遺産が消えたとされるその森は大人気の心霊スポットとして、

今日もたくさんのカップルが大量に押し寄せていた。

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