122話 小絃お姉ちゃんは皆のお姉ちゃん

 箏の演奏、そして箏の指導動画のネット配信を始めて1ヶ月が経った。


「——KOITOお姉ちゃ…………コホン、音瀬さん。今回の動画もどれも素晴らしい盛況ですよ」

「やはりジャンルを固定するのではなく、老若男女に受けが良くなるように様々な曲を弾いていただいたのが大正解でしたね。若い世代からご年配の方まで、幅広い年代の皆さんが視聴してくれているみたいです。あ、ご覧下さい早速コメントが……『今日も素敵な演奏をありがとうございます』ですって」

「何曲かリクエストも届いていますよ。折角ですので次回の配信に入れ込みましょう」

「お、おぉ……ありがたいけどちょっと恥ずかしいね……」


 投稿した直後から、すぐさま自分の動画の再生回数が上がる様と盛り上がるコメント欄に気恥ずかしさを覚えつつ頬を掻く。箏曲部の皆による気合い入りまくりな動画編集や幅広い人脈を使った宣伝の甲斐あってか、無名だったにも関わらず初投稿から今日まででかなりのチャンネル登録者と再生回数を得てしまった。

 私の拙い箏の演奏でもこんなに聴いて貰えるんだって嬉しくなる気持ちと、折角聴いて貰えるならもっと練習した状態で弾きたかった思う気持ちがごちゃ混ぜになる。今まではリハビリ兼お遊び程度で弾いてたけれど……私の箏を聴いてくれる人たちのためにもこれは本格的に箏の練習を再開しなきゃならないかもね。


「演奏は勿論、指導動画の方も大盛況ですよ。やはり私たちの見立ては間違っていませんでしたね」

「お姉……音瀬さんには指導力がありますからね。本来ならお金を取ってもいいところを、実質無料でこんなにも優しく丁寧に箏を教えて貰えるなんて破格ですし。私も箏の復習代わりによく見させて貰っていますわ」

「見てください。『この動画を見て箏に興味を持ちました!』というコメントを視聴者からいただいていますよ。これでまた箏を嗜む人口が増えますわ」

「……うぅ」


 そして演奏動画と一緒に投稿した箏の指導動画の方はと言うと。正直アマチュア以下の腕で偉そうに箏の指導とか一部の視聴者に怒られないか不安だったけど……これも何かの間違いか普通の箏の演奏動画以上に妙に再生回数と評価が高い。

 やっていることと言えば箏の種類や歴史、そして初歩的な弾き方を教える解説動画。特筆できるような特別なことは特にやっていない。何故そんなので箏という結構マイナーな題材の動画で、私の他にも上手な弾き手がいるのに再生回数が日に日に増えているのか正直私もよく分からない。


 ただ……敢えて一つだけ他の投稿者とは違う点を挙げるとするなら——


『私の可愛い妹ちゃん、こんにちはー! KOITOお姉ちゃんの箏教室に来てくれてありがとー♡今日もお姉ちゃんと一緒に、楽しく箏についてお勉強しようねー!』


 ——このキャラ付けくらいか。


「割とノリノリで動画を撮ってる私が言うのも何だけどさ。諸君、改めて聞きたい。…………これは一体どういうキャラ付け!?こんなの見たいと思う普通!?」

「「「思います!」」」

「嘘ぉ……」


 初めて指導動画を撮る時に『琴ちゃんに接するように話してみたらどうか』と箏曲部の皆に騙され……もとい乗せられて。その通りやってみた結果。何故かお姉ちゃんキャラとして動画を配信する羽目になってしまった。

 そのせいで私の動画のチャンネル名は『KOITOお姉チャンネル』とかいう(頭の)おかしな名前になってしまうし……視聴者からも『KOITOお姉ちゃん』って呼ばれるようになるしで……正直このキャラ付けって滅茶苦茶恥ずかしくてたまんないんだけど……


「確かに私は琴ちゃんのお姉ちゃんだし……実年齢は三十路手前だけどさ……肉体年齢は18歳の小娘なんだし、お姉ちゃんを名乗るにはちょっと厳しくないかな……?」


 箏という日本の伝統楽器を取り扱っている都合上、視聴者の中には絶対私よりも年上の方も何名かいらっしゃるハズ。と言うか、多分視聴者の大半が私よりも年上だと思う。そういう人たちに向かって『私の可愛い妹』なんて台詞を吐くのはあまりにも失礼極まりないと思うんだが……


「い、今からでもこのキャラ付けやめない?正直琴ちゃん以外の誰かにこういう話し方するのは色んな意味でキツいんだけど……」

「「「何を仰いますかお姉ちゃん!そのキャラを捨てるなんて勿体ない!」」」


 誰がお姉ちゃんだ誰が。


「良いですかお姉ちゃん、このキャラでお姉ちゃんがデビューしたからこそ。ここまで人気が出たんですよ」

「見てくださいよお姉ちゃん。『KOITOお姉ちゃんの優しい声と優しい箏曲の音色のお陰で日々の仕事の疲れが癒やされます』『お姉ちゃんに甘やかされたいです』『今日もお姉ちゃんにいっぱい教わりたい!』と視聴者の大半から絶賛されているでしょう?下手に普通の喋り方に戻したら炎上しちゃいますよ」

「『お姉ちゃん』はある種の概念なんですよ。KOITOお姉ちゃんよりも年下の子にとっては正しく貴女はお姉ちゃんですし。KOITOお姉ちゃんよりも年上であっても……それでも貴女は間違いなく皆のお姉ちゃんなんです」

「感覚的には年下にバブみを感じるのと同じようなものでしょうね。年上だけど年下に妹として甘えたい……そういう方々にとってはお姉ちゃんのこの動画は心のオアシスなんです。だから……絶対に『お姉ちゃん』をやめないでくださいませ」

「わかった、わかったから。せめて君たちは私をお姉ちゃんと呼ぶのはやめて。私をお姉ちゃんと呼んで良いのは、世界でただ一人……琴ちゃんだけなんだから……」


 このキャラ付けをやめたがる私に、スポンサーである箏曲部の彼女たちは全力で阻止にかかってくる。よくわからんがここまでついて来てくれた視聴者の為にもこのキャラ付けは外せないらしい。ああもう……なんで私はあんな変なキャラにしちゃったんだろうね……


「わかっていただけて何よりです。さて、それでは早速次回の配信内容についての打ち合わせに入らせていただきますね。コメント欄に『この曲が聴きたい』と何曲かリクエストが入っているみたいです。かなり難しい曲やそもそも楽譜すらない曲もあって中々に大変だとは思いますが……お願いしても宜しいですか?」

「それに関しては大丈夫。私も良い箏の練習になって凄く楽しいからね」

「『今回の和服、とてもよく似合っていました。次回も是非和服を着て演奏してください』というリクエストもありました。私たちがご用意しますので、また着物で弾いていただけますか?」

「あ、ああうん……一人で着付けができないからまた着付けもお願いすることになるだろうけど……それもまあ良いよ……」

「それと……今回もまた『KOITOお姉ちゃんのお顔が見たいです』と大多数の視聴者から懇願されていますが……」

「それだけは絶対にノウ……ッ!」


 顔出し希望の要望に即座にNGを出す私。他の要望はともかく、それだけは絶対に認めないからね……!


「勿体ないですわ……お顔を見せればもっともっと再生回数が増えるはずですのに」

「例のあの事故のせいで、お姉ちゃ……音瀬さんはちょっとした有名人ですし、お顔や経歴を晒せば更にファンが増えると思うのですが」

「ほら、見てください。コメントでこんなにも『お顔を見せて!』と期待の声が上がっていますよ。視聴者の期待には応えた方が良いのではないでしょうか」

「ダメなものはダメ!顔出しとかできるわけねーでしょ……!?」


 投稿してきた動画はすべて顔出しNG。顔が隠れるようにお面をつけて配信している。なんでそんなことしてるのかって?…………そんなの、恥ずかしいからに決まっているでしょうが……!?

 琴ちゃんみたいな美人さんと違ってルックスに自信のない私が顔出しとかしたら……視聴者からガッカリされて再生回数とチャンネル登録者数がガクッと減っちゃいそうだし。顔出しのせいでこの配信を身内や知り合いの誰か(主に母さんとかあや子とか)に知られたら『全世界に向けて自信満々に顔出しとか、私には絶対できない芸当だわー流石小絃さまだわー』とかなんとか絶対バカにされるだろうし。


「(それに何より……琴ちゃんにはこういうことやってるってバレたら……多分、恐らく……いや絶対に——)」


 思わず身震いする私。琴ちゃんにバレたら私……大変な事になるだろうなと容易に予測出来るから怖い……


「と、とにかく顔出しだけは無し!いいね!?」

「むぅ……とても残念ですわ。顔出しすれば活動の幅もさらに広がりますのに。まあ、そこまで仰るのであれば顔出しは無しでいきますね」


 今はまだ、という発言には正直引っかかるけれど。ここは軽くスルーしておくとしよう。下手にツッコむとやぶ蛇になりかねん。


「それでは早速指導動画の撮影に入りましょうか。こちらが今回の台本になります」

「今回の衣装もご用意できています。さあ、こちらへどうぞ。着付けを致しますわ」

「箏は勿論、カメラもスタジオもばっちり準備できています!いつでも撮影できますよ!」

「う、うん。何から何までありがとう。頑張るよ」


 箏曲部の皆も楽しんでいるとは言え、何から何まで至れり尽くせりだ。ここまで全力で動画作成を手伝ってくれていることに感謝しつつ。彼女たちの頑張りに応える為にも貰った台本を必死に読み込む私。

 台本を頭に叩き込んだら指定された着物を着て準備されたスタジオに入る。高価そうなカメラが私に向けられる中、私はいつものようにイメージする。


「(私に向けられているのはカメラではなく琴ちゃんの視線……琴ちゃんが私に箏を教えてとせがんでいる……琴ちゃんが私を見てくれている…………琴ちゃん、琴ちゃん琴ちゃん琴ちゃん琴ちゃん…………よしっ!)」


 イメージ終了、思考を音瀬小絃から琴ちゃんのお姉ちゃんモードに完全移行。さあ準備は整った。


「――お待たせ私の可愛い妹ちゃん!KOITOお姉ちゃんだよー!さあ、今日もお姉ちゃんと一緒にお箏のお勉強しましょうねー♡」


 そんなわけで、今日も私は『画面の向こうの皆のお姉ちゃん』と成り動画を撮るのであった。

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