116話 悪友の最悪の第一印象
「あんたの師匠の立花マコって人。良かったら私にも会わせてくれないかしら」
ご存じロリコン性犯罪者代表である我が悪友のあや子から、いきなりそんな頼まれごとをされた私。
「——と、言うわけで師匠。その……突然で申し訳ないんですが、私のアホの悪友が師匠に是が非でも会いたいと言い出しまして」
『へぇー!コイコイの友達かぁ。いいよー。私もどんな子なのか気になるし。コイコイが良いなら今からでもそっちに遊びに行くよー』
料理教室を開講したり、料理番組の生放送に出演したり。あとはコマさんとイチャイチャするのにいつも忙しそうな師匠だし。もしかしたら都合が合わないかもしれない。そう思いながらもダメ元で電話をかけてみたところ、マコ師匠は即了承してくれた。
「い、良いんですか……?アポ無しの呼び出しですし忙しいなら無理に会わなくても……」
『いやいや。どうせ今日は特に仕事も用事もないしさ。うちのコマもコイコイたちと遊びたいって言ってたし、折角だから二人でお邪魔するよ』
「人が良いを通り超し、お人好しが過ぎるマコ師匠の事ですし。実は用事があるのに無理して来ようとかしてません?弟子である私に気を遣っているだけなんじゃ……」
『そういうのじゃないからホント。なんなら今日はこっちからコマと一緒にコイコイたちに会いに行こうかなってちょうど思ってたところだったしさ!』
「……そう、ですか」
念を押して都合を確認しつつ、無理に来なくて良いと伝えてみたけれど。師匠は結構乗り気な様子。
……う、うーん……師匠が嫌じゃないならあや子と会わせてもいいけど……でもなぁ。正直に言わせて貰うと私は心配だ。良いのか?マコ師匠とあのあや子を引き合わせても……
『ってか何?誘ってるコイコイの方が消極的じゃない?そのコイコイの口ぶりだと、なんだかその子と会わせたくないように聞こえるんだけど……もしかして何かあるの?』
そんな私の複雑な心中を電話越しでも察してくれたようで。師匠は不思議そうな声でそう尋ねてくる。会わせたくないって言うか……
「…………いえ。その……弟子として、師匠を危険な目に逢わせたくないなーって思っていまして」
『え、ちょ……待ってコイコイ……?急に不安を煽るような事言うのやめて欲しいんだけど……?キミ、一体どんな子と私を会わせようとしてるの……?』
それは会ってからのお楽しみ。
『ま、まあいっか。とりあえず一時間後くらいにコイコイたちのお家にお邪魔するよ。それじゃあまたね』
Pi!
私の不穏な一言に若干警戒しながらも。それでも来てくれると約束してくれたマコ師匠。……そうか、師匠来るのか。来ちゃうのかー……
仕方ない。来るからには弟子として最大限マコ師匠に危害がないように立ち振る舞うしかないか。
「あや子。マコ師匠に電話してやったよ。今から一時間後に来てくれるってさ。ありがたく思いなよ」
「……あっそ」
「むっ……何だよあや子。人がよかれと思ってわざわざ呼んでやったってのにその素っ気ない態度は。もっと喜ぶとか感謝するとかしなよ感じ悪いなぁ」
「……うっさいわね」
師匠を呼べと言った張本人は、何故か妙にイライラしている模様。ホントになんなんだよ……今日のあや子はちょっとおかしくないか?ああ、いやおかしいのはいつもの事ではあるんだけど。
「お姉ちゃん、ごめん盗み聞きしてたワケじゃないけど……もしかしなくてもマコさんが来るの?今日ここに?」
「あ、うんそうなの。急で悪いんだけどマコ師匠とコマさんがうちに遊びに来ることになっちゃったんだ。……呼んで良かったかな?」
「そうなんだ。うん、あの二人なら大丈夫だよ。私も会えるの楽しみだったし。二人のお茶菓子を追加しておくね」
「こ、こここ……小絃さん……!?い、今……なんと……!?マコ師匠って……もしかしなくても立花先生がこちらに来てくれるんですか……!?」
「はいそうなんですよ紬希さん。何故だか流れでマコ師匠とその妹さんが来る事になりまして……ご迷惑でしたらすみません」
「め、迷惑だなんてとんでもない……!まさか料理教室以外の場所でも会えるなんて……!だ、だいじょうぶかな?私、変な格好してませんかね?寝癖とか付いてたりしませんか?」
ふて腐れているあや子は放っておくとして。マコ師匠たちが来る事を琴ちゃんと紬希さんに伝える私。急な来客にも関わらず琴ちゃんはテキパキとお出迎えの準備をしてくれる。うんうん、気が利くよくできた妹分をもってお姉ちゃん幸せだよ。
そしてマコ師匠を尊敬……どころか崇拝の域に達している紬希さんは、憧れの師匠に会えると分かった途端アタフタと身だしなみを整えているご様子。ハハハ、微笑ましいなぁ。
「…………ッ!(バシィ!)」
「あいたぁ!?」
そしてそんな可愛らしい紬希さんを見つめ歯ぎしりをしながら、何故か私を思いっきり引っぱたいてくる可愛くないアホが一人。
「何!?何なの何で引っぱたいてきたのあや子は!?」
「……気にしないで、ただの八つ当たりよ」
「ただの八つ当たりってなんだ貴様!?って言うかさっきからマジでなんなんだよ!?何がしたいんだよアホあや子はさぁ!?」
「仕方ないでしょ!?今ここには怒りの矛先があんたしかいないんだしさぁ!?」
「ワケわからんキレ方やめろや!?キレたいのは寧ろこっちの方なんだが!?」
理不尽にキレてきたアホといつものように取っ組み合いの喧嘩を開始する私。イライラしたり師匠を呼べとか命令したり私に当たってきたりと……情緒不安定女めいい加減にしろよ……!?師匠と引き合わせて師匠を危険な目に逢わせるワケにはいかなかったし……ちょうど良いから今のうちに、おかしな事が出来ないように半殺しにしておいてやるぞこん畜生め……!
「…………ふむ。あの様子……もしかしてあや子さん……マコさんに……」
◇ ◇ ◇
「「おじゃましまーす」」
そんなこんなであや子と暴れること一時間。時間ぴったりにやって来たのは美人&美少女双子姉妹のマコ師匠とコマさんだった。
「マコさん、コマ先生。今日は遊びに来てくれてありがとうございます」
「おいっすコトたん、遊びにきたぞー!」
「琴さま、お久しぶりですね。お呼びいただきありがとうございます」
「あー……師匠、それにコマさんも。今日は無理言って来て貰って本当にすみません……」
「いやいや、電話で話したとおり暇だったし呼んでくれて寧ろ助かったよ」
「謝らないで下さい小絃さま。私たち友人ですからもっと気軽に呼んでいただいて良いのですよ」
「そう言っていただけるとマジありがたいです。……あ、とりあえずどうぞ中へ」
挨拶もそこそこに立ち話も何だからと二人をリビングに通す。さてと……ここから先は私も悪友が暴走しないように気を引き締めなきゃね。
「さてさてー?それで誰かな私に会いたいって話をしてたコイコイの親友は——って、あれー?もしかしてキミ……」
「た、たたた……立花先生……!こ、こんにちはです……!」
「やっぱり!料理教室に通ってくれてる紬希ちゃんじゃない!やっほー、元気ー?」
「は、はひ……!げんきれす……!お、お休みの時も立花先生にお会い出来るなんて光栄れす……!」
「あはは、料理教室じゃないんだからそんな畏まらないで良いよ。まさかこんなところで会えるなんてビックリだよー。えー?どうしたのー?紬希ちゃんもコイコイに呼ばれた感じ?」
リビングに上がってすぐ紬希さんの存在に気づきマコ師匠は挨拶を交わす。師匠の登場に紬希さんは恋する乙女のように頬を染めドキマギしながら一生懸命マコ師匠と会話を紡いでいる。料理教室で毎回会っているハズなのに、紬希さんのその様子は初めて推しのアイドルにでも出会ったかのようだ。うんうん、本当に見てて微笑ましい限りだわ。
…………ところでだ。
「(ああ……憧れの立花先生にお会い出来たばかりか……こ、こんなに近くでお話出来るなんて……♡)」
「(おのれ……ッ!あ、あんな紬希の愛らしい顔……私の前ですらしてくれるのはレアなのに……!)」
「(またしても……マコ姉さまに近づく不届き者が一人……)」
「(小絃お姉ちゃんかわいい)」
……何だろう。師匠がリビングに上がった一瞬にして。師匠を中心にありとあらゆる感情が入り乱れてこの場の空気がえらいことになっている気がするんだが……私の気のせいだろうか……?
「あっ、もしかしてコイコイが言ってた私に会いたい人って紬希ちゃんの事?もー、それならそうと言ってくれたら良かったのに」
「い、いえ……わ、私も勿論先生とお会いしたかったんですけど……今日先生を呼んだのは私じゃなくて……」
「(ズイッ!)どうも、初めまして。伊瀬あや子と申します」
「お、おぅ……!?」
「きゃっ……あ、あや子ちゃん……?」
と、そんな中まるでマコ師匠から紬希さんを守るように二人の間に入り込んできたあや子。牽制でもしているかのようにいつも以上に低い声で師匠に挨拶をしてくる。
「あ、ああうん初めまして。紬希ちゃんと、それからコイコイ……じゃない小絃ちゃんの料理の先生をしてる立花マコって言います。えっと……もしかして貴女が私に会いたいって小絃ちゃんが言ってた人かな?」
「……ええ、すみませんね有名人さまはお忙しいでしょうにアポもなく突然呼び出してしまって。この子が……紬希がお世話になっているって聞いたもので。是非とも一度お会いして色々とお話を聞きたいなと思っていたんですよ」
「(……あれ?)」
なんだか少し棘のある言い方ではあるけれど。それでも思ったよりもまともにマコ師匠と受け答えをするあや子に違和感を覚える私。最悪の事態を想定していたけれど……なんだか正直肩透かしだわ……
「ねえあや子。あんた今日はどうかしたの?」
「あん?どうかしたのって何の話よ小絃」
「いや……何だか私が想像していた展開と大分違うから……ちょっと驚いてさ」
「だから何の話を——」
「あや子の事だし……マコ師匠と出会ったら、ロリコン魂が暴走していつもみたいに欲情して師匠に襲いかかるものとばかり思って……私、警戒してたんだけど……」
「えっ……」
私のその危険な一言に、あや子との距離を取り私の後ろにそっと隠れるマコ師匠。
「待ちなさい小絃。その言い分だとまるで私が小さい子を見かけたら見境なく襲いかかる変態色情魔とでも言いたいように聞こえるんだけど?」
「その通りだけど?」
「失礼にもほどがあるわ……ッ!?」
だって事実だし。マコ師匠に会いたいってあや子が言い出した時に私が二人を会わせたくないと思った最大の理由がコレだ。何せマコ師匠は紬希さん並にちっちゃくて愛らしいのが特徴だ。そんな師匠と出会った瞬間、あや子のいつもの発作が起こり師匠を押し倒してRが18なシーンに突入してもおかしくないと私は睨んでいた。念のため何かあった時の為に母さんお手製の(非合法)防犯グッズを用意して待機してたワケだし。
故に疑問が尽きない。師匠に手を出す素振りを見せるどころか(比較的)まともな対応をしている今のあや子には違和感しかない。いったい今日のお前はどうしたって言うんだあや子……
「あ、あの……コイコイ?キミの友人を悪くは言いたくないんだけど……この子大丈夫なの?キミの話聞いてると……なんか怖いんだけど」
「すみません師匠、怖がらせてしまって。大丈夫です、最悪警察呼んで無力化させますので」
「大丈夫の要素が一切ないんだけど……?」
私とあや子のやり取りを見て、不安そうな表情を浮かべるマコ師匠。そりゃそーだ。押し倒すだのなんだの言われたら警戒するのは当然だろう。
「バカ小絃、誤解を招くような事を言いふらすのはやめなさい。風評被害もいいところだわ」
「誤解って何さ?まさか違うとでも?」
「違うわよ。……ったく。これだから素人は。確かに私は小さい子は好きよ。それは認める。けどね、手を出して良いものと悪いものの区別くらいはちゃんと出来るわよ」
ほほぅ?区別とな?
「そちらの立花さん。確かに紬希と同じくらい小さくて顔立ちも愛らしいわ。けどね……」
「けど?」
「…………胸がねー。私の守備範囲から外れまくってるのよねー。その規格外の胸さえなければねー……」
「コイコイ、この子なんかすっごい失礼なんだけど!?」
「いやもうホント重ね重ね悪友が最悪すぎてすんません師匠……」
幸か不幸か、あや子の真性ロリコンセンサーに奇跡的に引っかからなかったマコ師匠(のおっぱい)。師匠がロリコンに襲われる可能性がない事に安堵を覚えつつ、あや子のアホは胸さえクリアしてたら師匠に手を出すつもりだったのかと戦慄する。
やはり人類の為にも今ここでこの悪友を葬っておくべきでは?と改めて思う私であった。
「……ああ、なるほど。そういう事ですか」
「コマ先生?」
「姉さまを呼び立てた理由も分かりませんでしたし。マコ姉さまに妙に当たりが強いので、最初はマコ姉さまに危害を加える輩かと念のため警戒していましたが……取り越し苦労だったみたいですね。あの人……あちらの姉さまのファンのお方のことが……」
「流石コマ先生。よく見ていらっしゃる。そうなんですよね。多分あや子さん、マコさんの事を誤解しているんじゃないかなって思うんです」
「あの様子ですとそうなのでしょうね。…………ふふふ。仕方ありませんね。誤解を解くためにも、そして仲良くしてもらうためにも……ここは私が一肌脱ぎましょうかね」
「そういう事なら……お手伝いしますよコマ先生」
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