68話 もしもシミュレーション使用中(未来小絃編)

 恒例の母さんのトンデモ実験に付き合わされる事になった私と琴ちゃん。今回は対象者の『もしも』を観測出来る装置の実験だとかなんとか。


「——それで小絃。あんたは一体どんな『もしも』の自分を観測する?」

「いや、どんなも何も……10年後の自分を観測するってさっき言ってたでしょうに」

「えー?そんなシンプルなやつでいいのぉ?もっと色々複雑に設定調整も出来るのに面白くないわねぇ」

「余計な事はせんでよろしい。ほら、とっととやってさっさと終わらせるよ母さん」

「はいはい。わかったわよ……えーっと、んじゃ単純に『10年後の小絃』って設定でぇ……」


 ぶつくさ言いながら母さんは持ってきた装置に何やらデータを入力する。……ん?そう言えば今更だけど……『もしも』を観測するって言ってるけど具体的にどうやって観測するんだろうか?パソコンの中でシミュレーションした10年後の私の映像でも流したりするのかな。


「ほい、設定終了っと。んじゃ小絃ー、はじめるわよー」


 そうこうしているうちに母さんは早々と設定を終えて装置を起動させようとする。……おっと、いかんいかん。始められる前にやることはちゃんとやっておかないとね。


「ちょっと待った母さん。……琴ちゃん!」

「……?なぁに姉ちゃん?どうかした?」

「とりあえず琴ちゃんは私と一緒にちょーっと装置から離れようか」

「え?どうして?折角なら私近くで大人な小絃お姉ちゃんを見てみたいのに……」

「ごめんねぇ、気になる気持ちはわかるけど。でも完全に安全ってわかるまでは離れていようね。如何せん、この母さんが作った装置だし——大変だからねー」

「爆発……!?わ、わかった……お姉ちゃんがそう言うなら言うとおりにする……」

「我が娘ながら相変わらず失礼の極みよね小絃は。私の世紀の発明をなんだと思ってるのかしら?しないわよ爆発なんて。漫画じゃあるまいに」


 その漫画みたいな事をやらかして我が家を燃やしかけ、消防の皆様にお世話になった実績が過去何度もあるくせに何を言うか。母さんの戯れ言は無視して万が一にも琴ちゃんに危害が及ばぬように念のため安全圏まで琴ちゃんを離す私。

 琴ちゃんの安全が確保できたところで、改めて母さんに開始を促す。



 キィイイイイイン!



 起動すると特徴的な機械音が聞こえてくる。同時に母さんの持ってきた装置が怪しげに光り出して……


「ちょ、ちょっと母さん?あれヤバいんじゃね……?これはまたしても爆発オチなんじゃ……琴ちゃん、伏せて!」

「だから爆発なんてしないっての。黙って見てなさい小絃」


 やや警戒しながら少し離れたところで様子を伺う私を余所に。問題無く装置は動作をしているようだ。ホッと胸を撫で下ろす私。

 ……と、安心したのもつかの間。何の前触れもなく何もない空間からいきなり見知らぬ人物が現れて……


「うぉ!?だ、誰!?一体どこから入って……!?し、侵入者!?泥棒!?不審者!?おのれ、私と琴ちゃんのお家に何の用だ!可愛い琴ちゃんを攫ったり琴ちゃんに危害を加えるって言うのならこの私が相手になってやるぞ!」

「ぷぷぷっ……!あ、相変わらず良い反応してくれるわねぇ小絃。まあ落ち着きなさい。それは3Dホログラム——要するにただの立体映像よ」

「は……?」


 警戒レベルを即上げて、琴ちゃんの盾になるべく現れた正体不明の人物の前に立つ私。そんな私を母さんはせせら笑いながらそう説明をしてくる。立体……映像……?

 慌てて恐る恐る確かめてみると……なるほど確かに。遠目だと実際にそこに居るかのように見えたけど、近くで見てみるとよくわかる。謎の人物はさっき母さんが起動させた装置の光によって出現しているらしい。事実そいつに触れてみようとしたらすり抜けたし……母さんの言うとおり立体映像で間違いないみたいだ。


「それならそうと早く言ってよね母さん……あービックリした。ってかなんでわざわざ立体映像なんて大がかりなものを用意したのさ?『もしも』を観測するだけなら普通に二次元の映像でよくね?」

「その方がよりリアルに対象者の『もしも』が観測出来るからに決まっているじゃない。いやぁ、最初はこの前みたいに観測者……つまり今回の場合だと小絃の頭に装置かぶせて10年後の小絃の意識を小絃に移してみようかと思ったんだけどねー。それだと前回みたいに最悪もしもの自分に意識を乗っ取られる危険性があって仕方なく断念したのよねー」

「断念してくれてマジで良かったよ……」


 辛うじて母さんの奥底に残っていた良心に感謝する。意識乗っ取られるとか怖いわ…………って、いや待て?……?

 え?ちょ……何それ私知らないんだけど何のこと……!?(←39話 琴ちゃん、お姉ちゃんのママになる参照)


「その点、この方法なら意識を対象者に移すよりも遙かに安全だし。それに実際の今の小絃と10年後の小絃を並べたら、どれだけ身長が伸びるのかとか一目瞭然じゃない」

「ああ、なるほどそういう事ね。…………ん?という事はまさかこれが……」

「ええそうよ小絃。そこにいるのは紛れもない……10年後の成長したあんたの姿よ」

「これが……私の未来の姿……」


 改めてまじまじと立体映像を……10年後の成長した自分の姿とやらを眺めてみる。さっきはいきなり出現したからよく見ていなかったけれど……言われてみたら確かに自分の面影があるような気がする。顔つきとか、琴ちゃんを事故から庇った時に出来た額の傷とかを見れば。確かに間違いなく誰もが目の前のコイツを『音瀬小絃』だって認識するだろう。

 ……けれど10年後という設定なだけあって今の私とは見た目がそれなりに変わっているようで。今よりもちょっとだけ伸びた身長とか、女性らしい丸みを帯びた体つきとかを見れば成長しているんだと実感できる。へぇ……こんな風に成長するんだ私……


『……あのー、そんなにジッと見られたら昔の自分といえど恥ずかしいんだけど……』

「って、うわぁ!?しゃ、喋ったぁ!?」


 なんて未来の自分を観察していたところで、いきなり目の前の自分が頬をかきながら苦笑いをして私に話しかけてきたではないか。しゃ、喋るのこいつ……!?


「どーよ、凄いでしょー?小絃の性格とか、来歴とか。とにかく色んなデータを人工知能に詰め込んで。未来の小絃の人格までも観測出来るようにしちゃったの。だから当然未来の小絃は小絃として自分で考えて行動できるし、おしゃべりだって出来ちゃうってわけ。いやぁ、あたしったらマジ天才♪」


 得意げにそんな説明をする母さん。……いや、これは流石に悔しいけど素直に凄いと言わざるをえない。母さんって変人だけど変なところで凄いよね……ナントカと天才は紙一重ってやつか。


『ふぅん。これが10年前の私ねー……なるほどなるほど、他の人から見たら私ってこういう感じだったのか』


 と、驚いている私を前に。未来の自分はさっきとは逆に私を観察し始めた。うっ……な、なんか自分自身を値踏みされているみたいで変な気分だわ。


『…………おっかしいなぁ。こんなに私ってバカっぽかったかなぁ……?』

「喧嘩売ってんのか貴様ァ!?」


 挙げ句、未来の自分からバカにされるという。何なのコイツ!?ホントに私か!?くそぅ……胸ぐらを掴もうとしても立体映像だから掴めなくてすっごいもどかしいんだけど……!


『そんでもって……あらあら。そこにいるのは10年前の琴ちゃんだね。ほら、そんな離れたところにいないでこっちにおいで。一緒にお話しようよ』

「ひぅ!?……は、はひ……!し、失礼……します……」

『あはは、なんで琴ちゃん敬語使ってるの?ほーんと、昔から琴ちゃんは可愛いなぁもう』

「か、可愛いって……あうぅ……」

「…………チッ」


 と、未来の私は部屋の隅っこでモジモジしていた琴ちゃんをめざとく見つけ、琴ちゃんに話しかけてきた。未来の私に話しかけられた琴ちゃんは顔を赤くして、まるで子どもの頃の琴ちゃんに戻ったみたいな初々しい反応をしていて……

 …………なにこれ。なんか、知らんけど……すっごいモヤモヤするんですけど?


「……コホン!あー!それより未来の私!貴様に聞きたい事があって呼び出したんだけどちょっと良いかな!」

『んー?聞きたい事?』


 未来の自分と琴ちゃんに割って入り。琴ちゃんを私の後ろに隠しつつ、今回母さんの実験に付き合うことになった本題に移る事にする。


『聞きたい事って何かな昔の私。私のスリーサイズとか?』

「誰もそんな事聞いてないし、そんな情報知りたい人がいると思うの?」

「えっ!?わ、私は未来のお姉ちゃんのスリーサイズすごく知りたいんだけど……」

「そうじゃなくてだね未来の私!早速で悪いけど聞かせて貰うよ!10年後の私ってさ……」

『うん』

「ぶっちゃけ……ちゃんと働いているの?」


 聞きたかった事を思いきって尋ねてみる。母さんの実験のモルモットという危険を犯してまで聞きたかった事、それは……自分の将来の事。

 琴ちゃんの立派なお姉ちゃんとなるには、やはり今のような琴ちゃんにおんぶに抱っこな生活から脱出せねばなるまい。つまりちゃんと自立して、ちゃんとお仕事して琴ちゃんを養う必要があるわけで。……この際働いているならどんな仕事でも良いんだ。職業に貴賤無しなんだし。


「(でも……もしも、仮にもしもこれで『働いていない、ニートで無職で琴ちゃんのヒモだよ』なんて言われようものなら……)」


 覚悟を決めた私のそんな質問に、未来の私は朗らかにこう返す。


『ああ、なんだそんな事か。安心して良いよ昔の私。未来のキミはちゃーんと就職してるから』

「いよっし!よくやった未来の私ぃ!」


 不安に駆られていた私は思わずガッツポーズで喜ぶ。良かった……!ニートとかヒモとかじゃなくてホントに良かった……!ちゃんと働いているんだね未来の私は……!


「ち、ちなみにだけど良かったら今の就職先の事を教えて貰っても良い?今進路について悩んでてさ、参考にしたいんだよ」

『ああ、そんなのお安いご用だよ。んーとね、私の就職先はねー』


 この際だからついでに就職先も聞いておこう。未来の自分が働けていると言う事は、今の自分も働ける可能性があるって事なんだし。


『まず朝にご飯を作ってね』

「ふむふむ」


 ご飯を……って事は料理人かな?確かに今ちょうど立花マコ師匠にお料理の特訓を受けているわけだし、料理人はかなり良い仕事先かもしれない。


『そんで、午前と午後は掃除とかお洗濯とかお買い物とかして』

「ほうほう」


 料理だけじゃなくて掃除洗濯にお買い物か……って事は家事代行とかかな?なるほど……マコ師匠にも、それから紬希さんにも最近家事を教わっているわけだし、そのノウハウを活かせる仕事ってわけだね。これもこれで悪くないぞ。


『そして夕方に帰ってくるお仕事を頑張った、お風呂を沸かしてお料理作って。そして愛情を込めて『お帰りなさい』を言う——そんな素敵な就職先だね』

「なるほどそれは確かにこれ以上無いくらい素敵な就職先……」


 …………あれ?


「って、ちょっと待てや未来の私」

『んー?何かな昔の私』

「それって要するにさ……」

『うん』

「…………ただの、琴ちゃんのヒモでは?」

『違うよー。ちゃんとお給料とか発生してる立派なお仕事だよー?月に一回琴ちゃんからお小遣いという名のお給料が発生してるしさ』

「ヒモだよ!それは紛れもなく琴ちゃんのヒモだよおバカ!」


 私、再び絶望の淵へ。


「何が就職しているだ!嘘吐くなよ未来の私!?折角希望はあるんだって安堵したのに台無しだよ畜生!」

『えー?何言ってるのさ。嘘なんて吐いてないよ。就職だってしているよ。何を隠そう琴ちゃんに永久就職を——』

「うっさいバカ!おバカッ!!!」

『ちなみに私は朝昼夕は琴ちゃんの為に頑張ってるけど、夜は琴ちゃんが頑張ってくれてるんだよね。頑張りすぎていつも二人とも寝不足になっちゃうのが嬉しい悲鳴で』

「(ブチィ!)黙れぇ!!!」


 今と何にも状況が変わってないじゃないのバカ!?10年経っても変わらずの琴ちゃんのヒモじゃないの!?もうやだコイツ……!

 半ば涙目で装置の電源を引き抜く。ペラペラと言いたい放題だった未来の私は電源が切れた途端パッと消える。


「ああ……何するのよ小絃。まだデータ収集の途中だったのにー」

「そ、そうだよお姉ちゃん……私もまだ未来のお姉ちゃんに聞きたい事、いっぱいあったのに」


 強硬手段に出た私に対して、母さんと琴ちゃんは不満そうにそう言ってくる。……良いんだよ。あんなバカは消えて当然だもの。

 なーにが未来の自分だ。なーにが成長した自分だ。多少背丈とか成長してても、中身がまるで成長していないじゃないか。……決めた、あの未来の自分にだけは絶対ならないんだから。あんな……琴ちゃんの姉としての立場を捨て、琴ちゃんのヒモという立場に甘んじている情けない自分には絶対にね!


「——こんにちは琴ちゃん、小絃さん。すみません、また来ちゃいました」

「どーせ暇してたでしょ、今謹慎期間中だし気晴らしに4人でどっか遊びに……って何このでっかい機械は?」


 なんて、決意を新たにしていたタイミングだった。あや子と紬希さんのいつもの二人が現れたのは。

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