第218話 メイドは語る。橋も語る。

 ジェシカは普段着になって、牢の奥でふて寝していた。

 なかなか態度が大きい。

 度胸が据わってるのか、ヤケクソなのか。


「ジェシカさん? よろしくって?」


「へいへい、なんですかねーって……げげーっ、シャ、シャーロット嬢!」


 振り返ったジェシカは、なるほど。

 角度によっては金色に見える髪に、緑の瞳をした可愛らしい女性だった。

 だけど口調が下町の蓮っぱな女の子そのままだ。


「あら、わたくしをご存知ですの?」


「下町生まれであんたを知らない人なんていませんよ……じゃない、あなたをご存知ない方はいませんからー」


「無理なさらなくていいのですわよ? あなた、ニョール議員の愛人なんですの?」


「は!? まっさか! 誰があんな脂ギッシュなおっさんと!」


 ジェシカが心底嫌そうな顔をした。


「これ、嘘ついてなさそうに見えるね」


「ええ、本心ですわね、これは」


 私が口を挟んだら、ジェシカがジロッとこちらを見て、目を丸くした。


「プラチナブロンドにクリスタルブルーの瞳! シャーロット嬢とともに事件に挑む美少女! ジャ、ジャネット様!? ひえええ、本物だあああ」


「私のことまで知ってる!」


「わたくしたちのこと、戯曲で色々歌われたりしてるみたいですもの。ご存じの方はたくさんいらっしゃるでしょうねえ」


 なんということだ。

 思わぬところで名前が知れ渡ってしまっている。


 だけど、今回はその知名度が役立つことになった。


「あたしが巻き込まれたってなんとか証明して下さいよ、お二人とも! あたし、あのおっさんに手を出され掛かったんで、蹴り倒して逃げたんですよー。そしたらそれを見てた奥方が嫉妬して……」


「蹴り倒したのに嫉妬したの?」


 私が思わず呟いたら、ジェシカは神妙な顔で頷いた。


「そういうプレイだと思ったみたいですねー。んで、仕事は賃金も良かったんで、あたしは自分に手を出さないって約束させて、またおっさんのところで働いてたんですけど」


「よく働く気になったわねえ」


「だって、下町の他の賃金と比べて倍以上違うんですよ!? あのおっさんが用意したひらひらのメイド服着なきゃいけないですけど、仕事もそんなにきつくないし、上手くあのおっさんのセクハラを回避すれば毎日美味いもんが食い放題なんです。ああ、でも太ったら解雇されちゃうから、セーブしないとですけどね」


「たくましい……!!」


 下町魂だ。

 

「そしたらある日、橋に呼び出されて。いきなり奥方がぶっ倒れて死んだんですよね。で、あたしが捕まったんですよ! むがー! あたしは無実だー!!」


「こう言って聞かないんですよねえ」


 デストレードが溜息を吐いた。

 彼女ならば、いくらでも相手を自白させる手段などあるだろう。

 だがそれをしないということは、デストレードもジェシカが犯人ではないのかも知れないと考えているのだ。


「ええ、ジェシカさんは嘘を言っていませんわね。間違いありませんでしょう。ニョール議員はわたくしの家に依頼に来ましたが、わたくしの胸元やスカート周りをジロジロされてましたもの。品性の面で問題がある、ジェシカさんがおっしゃる通りの方であることは間違いありませんわね」


「いやあ、ひどい人だなあ」


 どこをどう切り取ってもだめな人であるニョール議員だ。

 だが、無実のジェシカは助けてあげないとな。


「じゃあ、シャーロット。ジェシカを助けるために、事件の推理をしなくちゃね」


「ええ。ですけれども、もう推理は終わっていますのよ?」


「もう!?」


「もうですか……」


「さっすがー!!」


 牢の中でジェシカが飛び跳ねて喜んだ。

 元気な子だ!


 だが、彼女を牢から出すわけには行かない。

 ということで、デストレードが現場の検分についてきたのだった。


 シャーロットはウルガル橋に到着すると、すぐに橋の欄干を調べた。


「奥方が倒れたのはここですわね? ここで背後からナイフで刺されて亡くなられたと。そしてナイフには毒が塗ってあったのでしょう?」


「その通りです。さすがにお見通しですね」


「ナイフで刺されただけでは、死ぬかどうかが不確実ですもの。そうまでして、奥方はジェシカさんに罪を着せたかったのですわねえ」


「えっ、それってつまり!?」


 シャーロットが言ったことをそのまま解釈するならば、犯人は亡くなった奥方ということ?


「欄干にロープが擦れた跡がございますわね。橋の下は調べまして? 川底に簡易な魔法装置があるはずですわ。役割は、ロープで引っ張られると、特定の対象目掛けて物を投げつけるものですの」


「そんなものが!? よし、憲兵隊を集めて調べさせます」


 デストレードが走っていった。

 すぐに、憲兵隊が集まり、川底をさらい始める。


 すぐに魔法装置は見つかった。

 ロープの切れ端と、奥方がロープを切るのに使ったらしいナイフが出てきた。


「それから、奥方は一回練習したはずですわ。この対面。ほら、対角線上の欄干にナイフの傷がついていますでしょう? それから、ニョール議員のお宅に練習台となった等身大の人形があるはずですわよ。この魔法装置、人の姿を目掛けて物を投げますの」


「そんな物騒なもの、何のために作られたのかしら……」


「お祭りの時、自動的に相手に卵やトマトを投げつける装置ですわよ」


「どんなものでも、悪用できるものなのね……!」


 あっという間に、事件の謎は解かれてしまったのだった。

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