第217話 戻ってくる依頼人

「うーん、やっぱりシャーロットの淹れる紅茶が一番美味しい……。なんでだろう」


「長年この茶葉を扱っていますもの。どれくらいのお湯の温度がいいのか、どれだけ蒸せばいいのか……。何もかも分かっていますのよ?」


「熟練の技だねえ……。シャーロットが貴族じゃなければ、絶対雇っちゃうのに」


「光栄ですわね!」


 ニコニコしながらシャーロット。

 椅子に腰を下ろして、早速お菓子を食べ始めた。

 焼き菓子を摘んでパクパク。あっという間に一つ食べきってしまった。


「ジャネット様のお持ちになるワトサップ領の焼き菓子も、本当に美味しいですわよね。これは王都で焼いているのでしょう? どうやってこの味を?」


「素材がね、辺境でだけ採れる大麦なの。これだけだと大して美味しくないんだけど、お菓子にするとね、ザクザクした歯ごたえと香ばしさが出るのよ」


「世界は広いですわねえ……。お菓子になるために生まれてきたような麦があるだなんて」


 そんな話題で盛り上がっていたのだが、私はハッと我に返った。

 少し向こうの階段から、シャドウストーカーと遊んでいたバスカーがにゅっと顔を出したので、色々思い出したのだった。


「あのね、シャーロット。ウルガル橋があるでしょ。あそこで憲兵たちが集まって何かやっていたのだけれど、あれが何なのか知らない?」


「ああ、それですわね。先ほど依頼人氏がいましたでしょう? 彼は憲兵に捕まった愛人……もとい、恐らく捕らえられた御本人の自覚ではメイドを助けてもらうため、わたくしへ依頼にやって来たのですわ」


「はい? どういうこと?」


 一度聞いただけでは、何も理解できない。


「それは直接、依頼人のニョール氏から聞くのがいいと思いますわね。すぐに戻ってきますわよ」


 シャーロットが予言した。

 だが、私は知っている。

 彼女のこれは、様々な情報の蓄積から導き出された、事実の指摘であることを。


 外を猛烈な勢いで馬車が走ってくる音がした。

 それがシャーロット邸の前で止まる。


 慌ただしく馬車から降り、石畳を走る靴音。

 扉がノックされた。


「通してくださいな」


 シャーロットがシャドウストーカーに指示を与える。

 すぐに、去っていったはずのニョール氏が姿を現した。


「さ、さ、さきほどは済まなかった!」


 あら、随分腰が低くなってる。


「実は妻が死んでな。その罪をメイドのジェシカに押し付けおったのだ。だがわしには分かる。妻は嫉妬でジェシカに殺人の罪を着せて死んだのだ! 憲兵どもは話が分からん! 金を積んだら贈収賄で逮捕するとか言ってくる! あの女は何を言っても絶対に態度を変えんのだ!」


 デストレード憲兵隊長のことだな。

 彼女、職務に誇りを持っているので、絶対に賄賂に屈しないだろうから。

 むしろ賄賂を出してきたことで、ニョール氏を怪しんでいるまであるだろう。


「いいですわよ。では引き受けましょう。そうですわね。明日になれば解決していますわよ」


「なにっ!? そんなに早く!? さすがはエルフェンバインが誇る推理令嬢シャーロット殿だ! よろしく頼むぞ……!」


 ニョール氏は気持ち悪い愛想笑いを浮かべてから、去っていった。

 私は彼みたいなタイプは、人間的にダメだなー。

 ぶっ飛ばしたくなってしまう。


「これ以上彼がここにいたら、ジャネット様が物理的に粉砕してしまう気がしたので帰しましたわ」


「鋭いなあ……。っていうか、私はナイツじゃないんだからそこまで腕っぷしは強くないんだけれど」


「ほほほ」


 ほほほじゃない。


 私たちはお茶をお菓子をたっぷり時間を掛けて楽しんだ後、夕方になる前に行動に移った。

 つまり、憲兵所へ向かったわけね。


「殺人があったのは昨夜のことですわ。まだ貴族街まで噂が広まっていないのですわね。ニョール氏の奥様が、ナイフで後ろから一突きにされて殺されていましたの。その時、奥様はメイドのジェシカさんを呼びだしていたのですわ」


「ふんふん、どう考えても、他に人がいなければ犯人はジェシカよね」


「ええ。背中から自分を刺せる人間なんていませんもの」


「なのに、この事件を明日までに解決できるって言ったの?」


「ええ、言いましたわ。だってこれはどう考えても自殺なんですもの。概ね、ニョール氏の言うことは合っていますのよ。ただ、日頃の行いがあまりに悪いので、誰も信用してくれないだけですわ」


 それはねえ……。

 あんな嫌な感じの男の話を、いざという時に聞いてくれる人は多くないんじゃないかな。


 憲兵所へ到着。

 ちなみにバスカーは馬車の中に収まっていて、ちょっとおねむだ。


 シャーロットの馬なし馬車はこのあたりでは有名だし、悪さをしてくる人もいない。

 安心してバスカーを置いておける。


 私たちが憲兵所に入ると、デストレードが「うげえっ」という顔をした。

 実際に呻いた。


「なんで、うげえって言ったのよ」


「あなた方が来たということは、この事件がシンプルな殺しではなく、実は自殺だったとかそういう込み入った話になることが確定したからですよ……」


「シャーロットのことよく分かってるなあ」


「ジャネット嬢も含めてですよ」


 なんだって。


 まあ、今はこの失礼な言葉も不問にしとこう。

 それどころじゃないものね。


「ジェシカの牢に案内してもらっていい?」


「ええ、いいですよ。話がガラリと変わるなら、早めに決着つけたいですからね。憲兵は忙しいのです」


 デストレード自らのご案内だ。

 ということで、私とシャーロットとデストレードは、牢の中でしょんぼりしているメイドのジェシカと対面するわけなのだ。

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