第186話 轍を辿れ
バスカーが、馬車と馬のにおいをしっかり記憶している間に、この持ち主と話をしてみる。
どうやら、普通の商人らしい。
彼が通ってきたルートを細かく聞き出す。
「これ、倉庫地帯から港湾部に来てるのね。商人の人って、あそこで今日売るものを持ってくるんだねえ」
「ゼニシュタイン商会は自前で倉庫を持っていますもの。あそこしか利用していないと分かりませんわね」
管理費を節約するために、同じ倉庫の中を幾つにも区切って、商人たちが共用しているらしい。
そうすれば、盗みが入らないように雇う警備の人間も少なくて済む。
シャーロットが地面に地図を描く。
「倉庫地帯から来たということは……港湾部の隣ですわよ? すぐ近くで殺人が起こり、倉庫を出ていく馬車の上に死体を投げ落としたとわたくしは考えますわね」
「落とした?」
「男性一人の体を、下から上へ投げ上げるなんて、人の力では到底無理ですわ。だったら、どうしたら幌の上に載せられます? 簡単ですわ。上から落とせばいいのです」
なるほど、言われてみれば確かに!
「じゃあ、現場はもしかして、倉庫の上ってこと? そんなところに人が潜んでいて、しかも機密情報の設計図を扱ってたなんて……」
「どれだけ信じられないことでも、今起こっている事実を辿っていけば突き当たること。それが真実ですわよ。さあ、参りましょう!」
憲兵の一人を、憲兵隊への連絡役に走ってもらい、私たちは倉庫地帯へ向かうことにした。
王都の地面は石畳が多いけれど、そこばかり走っていたら馬車の車輪も馬の蹄も傷んでしまう。
だから、石畳と並ぶように、土がむき出しになった道がある。
そこに残る轍を辿れば、そのほぼ全てが倉庫地帯に到達するというわけだ。
「来たわねえ」
倉庫地帯は、王都の港湾地帯の隣にある。
死体を発見した場所から、大して歩く必要もない。
「幌に載せたのはいいけど、すぐに死体は落っこちたのね」
「それはそうでしょう。不安定ですもの。それに男性一人の体の重さですわよ。狙いを定めて落とすなんてとても無理でしょうね」
立ち並ぶ倉庫は、どれも同じ形をしている。
木造で三角の屋根。
太い柱が何本もあり、壁というものが少ない。
並べられた荷物は雨除けだけで、風に吹きさらしだ。
「案外適当な感じの管理?」
「壁を付け足すだけで、工費が跳ね上がりますもの。余裕がある商人の方は、自分の荷物の回りに壁を作っているでしょう?」
「ほんとだ」
「それに壁が無いと、どこからでも荷物を取り出せますわ。そしてこれらは短い期間で売りつくしてしまうものですもの。そこまで厳重に守らなくても……と考えているのでしょうね」
「へえ……。パッと見えるものにもみんな意味があるのねえ。ちょっと賢くなった気分だわ」
「自分も同感です」
『わふわふ』
私と若い憲兵とバスカーで、感心する。
「バスカー、分かる? さっきの馬車がいたところのにおい」
『わふ!』
任せて! とばかりに口角が上がるバスカー。
鼻をふんふん動かして、倉庫の中を歩き回り始めた。
倉庫内の警備をしている人は、最初はバスカーを見てびっくりするけれど、私とシャーロットを見たら納得した顔になった。
「あのー、推理令嬢シャーロットさんと、ジャネット様? ワオ、ホンモノだ! すみません、ここにサインをもらっていいですか!? 俺も妻も娘も大ファンなんです!」
「なんだなんだ」
なんかとんでもないことになっているぞ。
でも、サインくらいなら。
私とシャーロットで、男が差し出した炭を使って彼の服にサインをした。
大喜びの警備の男性。
そしてその間に、バスカーは馬車が出てきたところを発見していた。
倉庫のすぐ近くに厩舎があるのだけれど、連れられてきた荷馬は荷物の近くでしばらく立ち止まる。
荷物が荷馬車に載せられるのを待つためだ。
『わふ!』
「ここね。それでここから……」
『わふ~』
バスカーがトコトコと歩き、私たちを案内する。
馬車が辿り、倉庫を出ていった道筋だ。
ここで幌の上が、ドスンと音を立てたら分かりそうなものだけど。
「……ふむ、ここではありませんわね」
頭上に目をやっていたシャーロットが呟く。
倉庫の天井というものは無い。
三角屋根を支える梁がすぐにあるばかり。
「馬車が出てきたのは、他の荷馬車も出てくる頃合い。賑わいがあった時間帯だと思われますわね」
シャーロットが呟きながら、壁で覆われた一角にやって来る。
ここは、商人が自費で壁を設けたという場所だ。
ご丁寧に、荷物を積載してある場所全てが木製の枠組みで覆われている。
そして……。
「御覧なさいな」
シャーロットが指差した壁面。
靴跡がある。
「高さはわたくしの頭よりも高いところ。こんなところに靴跡が付きまして? そして上端部分が何かで削られていますわ。これは、縄梯子が掛かっていましたわね」
「それってつまり……この上に、彼を殺した何者かが潜んでいたっていうこと?」
「そうなりますわね! さあ、それでは警備の方を呼んできて。それから憲兵の皆様の到着を待ちましょう! 事件はもうすぐ解決しますわよ!」
シャーロットが高らかに宣言した。
犯人を追い詰めたという自負だろう。
その時、私は頭上から、ガタッという物音を聞いたような気がしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます