第119話 リュカ・ゼフィ号へ!
憲兵がシャーロットの家を訪ねてきて、彼女と何か話をしている。
一言二言交わす程度だったけれど、それで十分だったらしい。
「ジャネット様。それではわたくし、行って参りますわね!」
「あっ、一人で決戦に向かおうとしてるわね!? ナイツ、ちょっと家に行って旅行道具準備させて取ってきて!」
「お嬢一人にしとくと危ないでしょ。シャーロット嬢は一人でも大丈夫だから、まずは帰って準備ですぜお嬢」
「ええー」
嫌がる私だったが、ナイツにヒョイッと担がれて、そのまま運ばれていってしまった。
シャーロットは、私がついていくと言ったのが嬉しかったらしく、
「それじゃあ、道行きについてはこのようにお願いしますわね。そして港にある船に乗り込んで欲しいんですの。はい、これは船長に渡す紹介状」
果たしてほしい用事まで聞いて、つまりこれは、私とシャーロットは別行動でジャクリーンを追い詰めるというわけね。
いいじゃない。
大急ぎで家に戻り、メイドたちと三人で荷物を纏める。
「お嬢様、今更ですけれども危ないことは避けてくださいね」
「そうだ、バスカーを連れて行って下さい!」
『わふん』
ということで、一匹増えた。
私とナイツとバスカーで、猛スピードで港へ向かう。
そこには、優美な姿をした真っ白な帆船があった。
船の横には、『リュカ・ゼフィ号』と書かれている。
これって、シャーロットが幼い頃に乗った船?
紹介状を手渡すと、私たちは乗り込むことができた。
バスカーを見て、流石に船長も顔をしかめたが……。
「船長、このお方はワトサップ辺境伯令嬢だぜ」
「えっ、あの噂の豪傑!?」
と私を見る目が変わり、すぐにバスカーを受け入れてくれた。
豪傑ってなんだ。
『わふわふ』
まあまあ、という感じでバスカーが前足を私の肩に置いてくる。
そして、船に乗り込むようぎゅうぎゅう押してきた。
「分かった分かった。乗るわよ」
船に乗り込むと、他に客でもいるかと思ったらびっくり。
私たちの他には、赤いドレスのご婦人以外誰もいない。
「あのー、シャーロット……じゃない、ラムズ侯爵令嬢は乗り込んでないの?」
船長に尋ねると、彼はちらりとご婦人を見た。
赤いドレスの彼女が微笑みながら、ハンカチで顔を拭ってみせると……それは変装したシャーロットだったのだ!
「一人でここまで来るには、ジャクリーンの妨害が予想されるでしょう? わたくし、こう見えて変装もできるんですのよ?」
どうやら素早く変装して、港までやって来たらしい。
「そんなに、今のジャクリーンは危険なの?」
「それはもちろん。ついに逮捕されてしまいそうというので、なりふり構わずですわよ。わたくしを潰せば、彼女はいくらでも憲兵の手から逃れられるでしょうし。逆を言えば、わたくしがいる限りは彼女は常に捕まる危険がある、ということですわね」
シャーロットは余裕の笑みでそう告げてから、船長に船を出すよう指示をした。
「シャーロット、この船って、前にあなたが話していた……?」
「ええ。元婚約者の船。今ではラムズ侯爵家が買い取って、私用で使っていますの。観光客を乗せて遊覧船としても活動していて、これが家の収入にもなっていますのよ?」
たくましい。
船が海上を走り出すと、しばらくして後方にもう一隻の船が見えた。
「ジャクリーンですわね。追ってきてますわ」
シャーロットは、彼女自身を囮にしてジャクリーンをおびき寄せたわけだ。
向こうだってそんなことは承知なんだろうけど、とにかくシャーロットをどうにかしないと、今後の仕事ができなくなるんだろう。
全力で迫ってくる後方の帆船。
必死だなあ。
「接舷してくれりゃ、俺とバスカーがちょっと乗り移って大暴れしますがね」
「それがいい」
私がナイツの素晴らしいアイディアに頷くと、シャーロットが苦笑した。
「いつものですわね。ですけど、毎度それでジャクリーンには逃げられてますわ。彼女、どうにもならないタイプの危険から逃げるのは天才的ですもの。つまり、ジャクリーンを追い詰めるには、自分でもなんとかなるかも……と思える程度の脅威を用意しなければならないということ」
「そこでよく自分を囮に、とか考えるよねえ」
「あら、ジャネット様も一緒でしょう?」
そうだった!
蛮族の族長を釣り上げた時、私はまさに囮だった。
ギルス曰く、『王国の最も恐ろしい女将軍は恐怖の象徴でしたぜ。お嬢がいるだけで、騎士たちの士気が上がって、弱兵が死をも恐れない強者になりやすからね。だから、族長はお嬢の首を自ら刈ろうとしたんでしょうや。そうしなきゃ、うちの士気がやばかったんで』とか。
自らの手で、障害になるものを取り除かねば前にも後にも行けないことってあるのだ。
蛮族にとっての障害が私で、ジャクリーンにとっての障害がシャーロットというわけか。
なーんだ。
似た者同士じゃないか、私たち。
「シャーロット、行き先は?」
「エルフェンバイン北部の渓谷地帯、ストラーダですわ。風光明媚ないいところですわよ」
「これが観光旅行だったら最高だったのに」
「あら、ちょっとスリルがある方が、ジャネット様の好みだと思ってましたけれど」
「ばれたか」
和やかに談笑しつつ、リュカ・ゼフィ号は、ジャクリーンの船との追いかけっこをするのだった。
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