第97話 遺跡の番人
遺跡の鍵なるものが何なのかは分からないが、とにかく一大事らしい。
シャーロットにとって、マクロストがプレゼントしてくれたこの卒業旅行で、遺跡を見ることができないのは残念すぎる。
マクロストがアンクト家の面々と話し合っている間に朝食を済ませ、勝手に遺跡へ向かうことにした。
「お兄様の頭の中では、きっと結論が出ていますわね。ですけど、いつもそれが正解とは限りませんもの」
鼻歌交じりでのんびりと農村の道を行くシャーロット。
遠くに見えていた空に浮かぶ遺跡。
それがどんどん近づいてきた。
アンクト家の畑とは、明らかに毛色の違う畑になる。
「ここから持ち主が違いますわね。麦畑の性質が異なりますもの。これ、エルフェンバインにあったものではありませんわねえ」
途中、麦穂の間から覗く大きな尻尾が見えた。
風をはらんで膨らんだそれは、リスのしっぽのように思える。
「……でも、あんな大きさのリスなんて……。確か南方にある国には、リスの亜人でゼロ族という方々がいたような……」
シャーロットが立ち止まって考え込むと、それを見計らったかのように、麦穂の間から女の子の顔が覗いてきた。
「お客様です?」
明らかに、尻尾と繋がる位置に顔がある。
あの尻尾の持ち主がこの女の子だと見ていいだろう。
「ええ、観光に来ましたわ。シャーロットと申しますの」
「そうですか! センセエに教えないと! あ、センセエじゃなかった。だんなさまだった!」
彼女はそれだけ言うと、また麦穂の奥に引っ込む。
そして尻尾も引っ込んだかと思うと、まとめてシャーロットの横合いから飛び出してきた。
雑草を刈り取っていたらしく、色々な道具をかばんに詰めて背負っている。
「案内するですよ!」
「ありがとうございますわ! あなたは、えーと」
「クルミです!」
「ありがとうございます、クルミさん。旦那様と仰られてましたけど、もしかして、遺跡の番人の方の奥様なんですの?」
「そうですよー。クルミはだんなさまと仲良しなんです」
彼女はニコニコ笑うと、先に立って歩き出した。
そして道すがら、遺跡についてとか、今はオフシーズンであることとか、そういう説明をしてくれた。
麦穂が黄金に染まる時期は、収穫で忙しくなる。
だから積極的には観光客を受け入れていないそうだ。
「それはご迷惑をおかけしましたわねえ」
「いいですよー。今年は豊作になりそうだって、あちこちからお手伝いする人を集めたです! 思ったより楽になっちゃったってだんなさまが言ってたですよ」
「そうでしたのねえ」
クルミの背丈は、長身のシャーロットと比べても頭ひとつ以上小さい。
シャーロットは、可愛らしいものを見る心持ちだった。
だが、ここでふと気付く。
既にクルミは結婚しているということは、年上なのでは?
それは、可愛いなどと言っては失礼かもしれない……。
「いえいえ、でも、ゼロ族は成長が早いと言いますし……うーん」
「?」
考え込むシャーロットをクルミが不思議そうに見つめた。
そうこうしている間に、二人は遺跡の間近にある、大きな家に到着する。
農耕の手伝いをするのであろう、馬のいななきが聞こえてくる。
「やあ、クルミ、お帰り」
声を掛けてきたのは、穏やかそうな印象の青年だった。
背丈はシャーロットより少し低いくらい。
体格はガッチリしているが、それでもいざ動き出せば敏捷であろうということが伺える外見だ。
黒い髪を短く刈って、日よけのためか帽子を被っていた。
「だんなさまー! あなたー!」
ぴょんとジャンプして抱きつくクルミを、青年がしっかり受け止める。
「ははは、もう、仕方ないなあ。……って、お客様がいるじゃないか! これは失礼!」
「いいえ、お気になさらずですわ! あなたが遺跡の番をしてらっしゃる?」
「ええ」
青年はクルミを抱きかかえたまま頷いた。
「アンクト家のオースと言いますよ。ラムズ侯爵家のシャーロットさんだね?」
「分かりますの?」
「ちょうど王立アカデミーが卒業の時期だ。そしてお召し物から貴族だと分かるし、失礼だけど背格好と身につけているもの、スカーフの刺繍は家紋かな? それらからラムズ侯爵の家の女性だと分かるよ。そして侯爵家の紋章を身につけられる女性は今の所一人」
「お見事ですわねえ!」
シャーロットは驚いて、すぐ笑顔になった。
思わず拍手をする。
こんなところに、思わぬ人材がいたものだ。
「ああ、失礼。もともと冒険者をしてたもので、相手をこうやって観察、考察する癖が抜けないんだ。それで今日は、遺跡の見学に?」
「ええ、そうですわ! 楽しみにして来ましたの。クルミさんのお話では、今年はほうぼうからお手伝いの方を集めたから、収穫は楽に終わりそうだとか」
「ええ、お陰様で! 彼らに指示はしたので、あとは報告を待つだけだよ。ちょうど手も空いているから、俺が遺跡を案内しよう」
「クルミも行くですよ!」
「よーし、じゃあクルミ、荷物を家の中に置いて、いつもの案内セットを持ってきてくれ」
「はいです!」
クルミは抱きかかえられた状態から、ぴょんと跳躍して抜け出すと、オースの頭上を飛び越えて宙返り。
すとんと背面に着地した。
そのままトテトテと駆けていく。
「不思議な組み合わせですわねえ」
「彼女とも、冒険者の時に出会ったんだ。縁があってね」
「ゼロ族と縁のある冒険者ということは……南の都市国家アドポリスですわね? アンデッドの大群に襲われて、これを冒険者たちが撃退したという話がございましたけれども」
「俺と仲間たちの仕事だね」
「ご本人でしたのね! それで、オースさん。今日は遺跡に、誰か向かっていった様子が無かったかどうか伺いたいのですけれど。使用人の方が通りませんでした?」
「ああ、通ったよ。よくこの辺りを通るからね。遺跡を遠巻きに眺めるのが趣味らしくて……。あれ、その顔。もしかして、あまりよろしくない話に関係している?」
「ご明察ですわ。使用人の方が、遺跡の鍵なるものを持ち出したそうですわよ」
「なんてこった!」
オースが叫んだ。
すぐに、クルミも戻ってくる。
「センセエ……じゃなかった。あなた! 準備できたですよ!」
「ありがとうクルミ。それじゃあ行こうか」
「出発ですわね! 果たして、使用人はどうして遺跡の鍵を持ち出したのか。そして何をするつもりなのか。それからそれから、空に浮かんだ遺跡の中は、どんな楽しい場所なのか……。夢が膨らみますわねえ……!」
シャーロットの心は、まさに宙を舞う小鳥のごとく軽やかだった。
かくして、彼女は案内人を引き連れて、辺境の空に浮かぶ遺跡へ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます