第98話 儀式なんてないよ

 案内人に先導されるまでもない。

 シャーロットは道の中央を悠然と進み、ついに遺跡は手の届きそうなところへ。


「……不思議なものなのですわねえ……。どうして浮いていますの?」


「さあ? それは本当に謎なんだ。魔力ではないようだし、しかもこれは浮くどころか、遥か昔に世界の外側からやって来たものだったとか言うね」


「ええ、聞いたことがありますわ。遺跡はかつて、世界を滅ぼうとして外側からやって来た者たちだったと。それを人と魔が手を取り合って打ち破り、遺跡はただの遺跡になったのですわね」


「そういうこと。勉強してるね?」


「もちろんですわよ。どれだけこの旅行を楽しみにしてたと思いますの?」


「それは、案内人としても嬉しい限りだ! それじゃあ、遺跡の中に入ってみようか」


 遺跡案内人のオースが、ここからは先に進む。


「うちの使用人が鍵を盗んだらしいけれど、あれはね、こう言う形をしている」


 オースが取り出したのは、青くて丸い石だ。

 それが金属飾りにはめ込まれ、キーホルダーのようになっている。


「幾つもありましたの!」


「うん、俺とクルミとで、二つある。実家に置いてあったのはスペアだね。飾りをつけて嵩増ししてないから、なくしやすいと思うんだけれど。さてさて、それではお客様」


 オースが気取った声を出した。

 シャーロットが目を丸くする。


「遺跡の中へご案内します。お手をどうぞ」


「はいです!」


「クルミじゃないよ」


「えー。ぶー」


「お客の前でいちゃつくのはどうかと思いますわよ!」


 ということで、シャーロットはオースの手を取る。

 すると遺跡の中程に穴が空き、そこから光が降り注いでくる。


 光はシャーロットとオースとクルミを包み込むと、三人をふわりと持ち上げた。


「不思議……」


「不思議だろう? でもこれ、魔法じゃないんだ。この光は、あらゆる魔力の干渉を受けなかった。魔法の使用を阻害する神聖魔法の効果内でも、普通に発動するんだ」


「エルフェンバインで読んだ本では、きっと何かの魔法だと書かれていましたけれども」


「魔法以外にこういうことができる力が存在するって言うこと、なまじ知識があると認められなくなるのかも知れないね」


 ふわふわと浮かんだ三人は、遺跡の穴の中へ。

 何のショックもなく、ふんわりと着地した。


「新しい足跡がある。俺たちよりも先に、中に入り込んだ者がいるようだ」


「やっぱり使用人が来ていましたのねえ。どういう方ですの?」


「うーん、この春に雇われた男で、うちに出稼ぎに来た人なんだけれどね。ちょっと頑固で、遺跡のことも魔法だと言って聞かなかった」


「なるほど、人物像がよく分かりましたわ」


 シャーロットはうんうん、と頷いた。


「その方、魔法に対して、万能の力みたいなイメージを持ってらしたでしょう」


「ああ、そうだ。よく分かるね?」


「本質から最も遠いところにいる者は、その対象を理想化するか悪魔化して見る、と言うことですわ。彼は魔法を理想化して考えていて、すぐ近くに遺跡という、彼が考える魔法そのものがあったわけですわね」


 一行は遺跡の中を進む。

 途中途中で、クルミが中身を説明してくれる。


「ここがですねー。お水を飲めるところです! ここに手を差し出すですよ」


「わたくし、今推理の途中なのですけれど」


「手を出すですよー」


「はいはい。あら! 冷たいお水が!」


 シャーロットの両手の平に満たされる水。

 口を付けてみると、何の香りも味もない。


「味気ない水ですわねえ? でも冷たくて気持ちいいですわ。不思議ですわねえ」


「我が家にしゃべる猫がいるんだけど、彼曰く、これは空気の中にある水を集めたり、水の成分を抜き出してきて合成しているんだそうだ」


「へえ……。それで魔法ではないなんて。使用人の方の気持ちも分かりますわね。それで、使用人の方ですけれど。どちらの地方からおいでなのかお分かりになります?」


「南方の山岳部だね」


「パッと答えましたわね! 田舎ですわね。山岳ともなると、人の行き来が難しくなりますし、情報は停滞して変質しやすいですわ」


「物覚えはいい方で、一度聞いたら忘れないんだ。なるほどね。彼はそれじゃあ、遺跡の中に盗みに入ったのかな?」


 遺跡に入り込み、盗掘をする輩は後をたたない。

 だが、遺跡はその全てが存在する地方や、あるいは国家の所有物である。

 盗掘は完全に違法なのだ。見つかれば思い罰を受ける。


「命知らずのお馬鹿さんならば盗みに入るでしょうけれどね。ですけれど、魔法を固く信じている方が不用心に盗みに入り込むでしょうか? 例えば彼は、山岳地帯に伝わる儀式を遺跡の中で執り行うために来たとか」


 シャーロットが口にした事は思いつきだったのだが、根拠がないわけではない。

 山岳地帯は、原始的な精霊信仰がまだまだ残っている。

 精霊を神格化して、宗教体系として確立することがされていないのである。


 原始宗教の中には、魔法的な力が満ちた場所……パワースポットにおいて儀式を行い、特定の物や場所に何らかの効果を与える教えが存在していた。


「ああ、そう言えば!」


 シャーロットの言葉に、オースがポンと手を打つ。


「彼は、ゼフィロス様の力が今年は弱まっている、とか言っていたよ。ゼフィロスは四大精霊王の長だろ?」


「そうですわね。風の王ゼフィロス。炎の王アータル。水の王オケアノス。大地の女王レイア。四大精霊はわたくしたちの信仰の源ですわね。ゼフィロスは都市部では信仰されておりませんから、巷ではレイアが主神みたいに扱われてますけれども」


 そこで、顎に指を当てるシャーロット。

 何かピンと来たらしい。


「山岳地帯でゼフィロスを信仰する方々。間違いなく、精霊使いの一族ですわね! 数はかなり減ったと言われていましたけれど、ゼフィロスの力……つまり、風が弱まったなんて、町の人間ならあまり気にしませんもの!」


「僕ら農村の人間は気にするけどね。そうか、つまり彼は、ゼフィロスにまつわる儀式をするつもりなんだな? ふーん……。魔法的な力が一切働かない遺跡の中では、儀式は何の力も発揮しないだろうに」


 オースが難しい顔をする。

 シャーロットの推理を聞くのに忙しくて、案内なんてそっちのけだ。

 だが、観光案内は彼の妻であるクルミがせっせと行っている。


「今度はこっちですよー! これはですねー。クルミが石を投げてやっつけたゴーレムでですねー」


「えっ、クルミさんがやっつけましたの!?」


 地面に転がり、今ではその形のまま観賞用にデコレーションされた、円盤型ゴーレム。

 その前で誇らしげにクルミが胸を張った。


 シャーロットは感嘆の声を漏らしながら、クルミに詳しい事情を尋ねる。

 事件の推理をしつつも、観光を楽しむ気満々なのだった。

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