第90話 賢者の館捕物帖

「うおわあああああマミーこわいー」


 大変情けない声をあげるハンスだけど、私たちは気にしない。

 一階をぐるっと巡ってみて、マミーの姿が無いことを確認。


「当然のように賊もいませんわね。ジャネット様でしたら、どこに偽ハンスが行ったと思います?」


「そうだね。何日もここで事務員してて、賢者の館のことは詳しく調べたんでしょう? だったら、どこに一番物があるかとかは分かってるんじゃないかな」


「つまり……地下ですわね!」


「そういうこと!」


 地下への階段は、鍵付きの扉に閉ざされているのだが……。

 なるほど、今は開いている。


 どうやら偽ハンスは、マスターキーを手にして犯行に及んだらしい。

 私たちがやって来た時に実行しようとしているだなんて、間の悪い男だ。


 階段を下っていくと、階下から「もがー」「うおー、邪魔をするなモンスターめえ!」というやり取りが聞こえてくる。

 異変に気づいたマミーが、偽ハンスを取り押さえようとしているのだ!


「待っててマミー! 今行くわ!」


「もがー」


「な、なにぃーっ!?」


 シャーロットと二人で、ハンスを放り出して階段を駆け下りる。

 ハンスが「ウグワー!」とか言いながら階段をゴロゴロ転げ落ちてきた。

 すぐに踊り場になるから大丈夫でしょ。


 到着した地下は、いわば賢者の館の宝物庫。

 たくさんの物品が、詳しい注釈とともに安置されている。


 そのただなかで、偽ハンスとマミーが取っ組み合いをしていた。

 いいぞマミー!

 すっごく仕事をしてるじゃない。


「シャーロット、片付けちゃって!」


「お任せですわ!」


 ずんずんと突き進んだシャーロット。

 マミーから偽ハンスを引き剥がすと、「バリツ!」放り投げた。


「ウグワー!?」


 床に叩きつけられて、のたうち回る偽ハンス。


「確保!」


 私は手近なロープで、彼をぐるぐる巻きにした。

 すると、簡単に巻いたつもりが、ロープがひとりでに動き出して複雑な縛り方をし始める。


「ジャネット様、それは束縛のロープですわねえ」


「あっ、魔法の道具だった!」


 細かい注釈がちゃんとついている。

 遺跡からの発掘品をモデルにして、昔の魔法使いが作った道具だそうだ。


 偽ハンスは身動きできなくなって、ムームー唸っている。

 さて、これを外まで運ぶのはちょっと面倒だなあ。

 また憲兵隊でも呼んでこようかしら。


 そう考えていたら、ようやくハンスが階段を降りてきた。


「なんか今、ウグワーッて声がしましたけど」


 階段からゴロゴロ落ちたはずなのに、ケロッとしている。

 何気に頑丈だ。


 ハンスは、ふん縛られて転がっている偽ハンスを見て、「ウオッ」と驚いた。


「こ、こいつ、俺を雇ったやつじゃないですか! こいつに言われて、あの部屋で仕事を始めたんですよ! 給料は安かったけど、楽な仕事だったからなあ」


 あの楽な仕事ともお別れかあ、としみじみして呟くハンス。

 何気に人生を楽しんでいるなあ。


「何言ってるのハンス。あなたの仕事、この偽ハンスに代わって賢者の館で会計やることなんだからね」


「えっ!?」


「せっかく雇った人員が、突然逮捕されていなくなったら困るでしょ。本来のハンスとして穴埋めなさいな」


「うええええ!? いいんですか!? うおー! 再就職先が一瞬で決まったぞぉ!」


 ガッツポーズをするハンス。

 元庭師だけあって、それなりに体格はいい。

 そんな彼を見て、私はピンと来た。


「ねえハンス。賢者の館の事務員になるにあたって、最初の仕事をお願いしたいんだけど」


「はい! なんでもやりますよー!」


 言質は取った。

 シャーロットが「うかつですわねー」と呟いた。


 その後。


 マミーと二人がかりで、偽ハンスを階上まで運ぶことになったハンスである。


「うおあああああ、マミー怖い! こいつ重い! 階段きつい!」


 泣き言を言いまくりながら、彼は偽ハンスを運び上げたのだった。

 その後、事務員の人たちが呼んでいた憲兵によって、偽ハンスは捕らえられていった。


 ハンスの噂を利用した、いわゆる詐欺師だったようだ。

 案外、仕事は真面目にやっていたようで、職場の評判はそこまで悪くなかった。


 まともに仕事してたら良かったのに。

 偽ハンスが抜けた穴に、ハンスが収まることになり、こちらも一件落着。


 マミーは久々に猛烈に働いたということで、しばらく宝物庫で休むそうである。

 彼がいれば、賢者の館に入り込んで悪さをする者も減りそうな気がする。


 そして、ハンスと偽ハンスとマミーを巡る話は、面白おかしく脚色されて王都に広まることになった。

 花婿失踪事件のハンスが、今度はこんなことに!

 という触れ込みで、たちまち王都で話題の笑い話となったわけだ。


 ハンス本人は、「うおお、外を出歩けなくなりますよーっ!?」とか言ってたが、笑い話でも無名には勝る。

 きっとこれは、またハンスを助けることもあるかも知れない。


 ちなみに後日。

 私が賢者の館を訪れたところ、事務室にハンスはいなかった。


 どうやら彼、あの後でマミーとすっかり仲良くなり、休憩時間には二人でテーブルゲームなどをやっているらしい。

 なんとも、たくましいことだ。

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