第70話 宝冠の正体

「ありゃあ……宝冠なんかじゃなかったんです」


 バロッサー氏が険しい表情をしながら口を開く。


「宝冠じゃないということは、なんだったのですの? 遺跡から発掘されたものは、本来の用途が解明されていないものの方が多いですわ。あれもまた、その一つだったということですわよね」


「ああ。冠としてはでかすぎるんだ。大人の男が被っても余っちまう。あれは多分……いや間違いなく、武器だ」


「武器!?」


 驚きだ。

 あんなに、側面がピカピカ光る武器があるんだろうか。

 そんな機能を付けたら、強度が心配。辺境では使い物にならないのではないだろうか。


 途中で、憲兵が休憩所を使っていいよ、と言ってくれたので、バロッサー氏を一緒にそこで話をすることになった。

 憲兵たち、完全にバロッサー氏はシロだと確信してるな。


 デストレードまで現れて、話を聞き始めた。


 ここで出された飲み物だが、なんと紅茶ではない。

 南方のオケアノス海諸島で採れる木の実を煮出して作ったらしき、黒いナニカである。


 香りはいい。

 ふんわりと漂ってくる香ばしい匂いは、とても美味しそうなのだけど……。


「うえー、苦い!!」


 私は顔をしかめた。

 あの香りに対して、この味はないだろう!


 私が凄い顔をしたので、シャーロットもデストレードもバロッサー氏も笑った。

 

「ジャネット嬢、これはコーヒーと言って、やはり異世界から来た飲み物なんですよ。砂糖とミルクをたっぷり入れて飲むといい」


「そこは紅茶と一緒なのね……」


 デストレードにアドバイスされて、そのようにコーヒーなるものを調整したら、どうにか飲めるようになった。

 うーん。

 一体なんなのだ、この苦い飲み物は。


「それでだな。宝冠は武器と言ったが、つまり宝冠のてっぺんについていた部分を撃ち出すものだったんだ」


 バロッサー氏の説明が再開した。

 彼は宝冠が唸りだしたのを聞いて、慌てて金庫から取り出した。


 物凄い音を立てていて、これはヤバい、と本能的に思ったのだそうだ。

 そして外に持ち出したら、宝冠のてっぺんが空に向かって撃ち出された。

 あまりにびっくりして、そして射出の衝撃で尻もちをついて、バロッサー氏が「ウグワー!」と叫んだとか。


 放心しているところを、激高したグロッサー氏によって憲兵に突き出されてしまったわけだ。


「親父、カッとなると人の話聞かないから。それで、撃ち出されたてっぺんは、町のどこかにあると思うんだ。危ないものだと思うから回収して欲しい」


 なるほど、宝冠は危険な代物だった。

 詳しい調査はオーシレイに任せるとして、確かにてっぺんの部分を放置してはおけない。


「お二人は目録をご覧になったと? ということは彼の証言は正しいと見ていいでしょうね。憲兵が動く理由ができました」


 デストレードはそう告げると、憲兵たちを動かす。

 個人が語る、荒唐無稽な話だけでは、動く理由にはならないのだそうだ。

 彼らは国の税金で仕事をしているから、その力を発揮するには色々手続きも必要なのね。


 ということで、憲兵所の憲兵がみんなで町を捜索。

 私たちも手伝うことになった。


「でも、心当たりがあるの、シャーロット?」


「バロッサー氏が宝冠を持って出た場所と、宝冠を向けていた方角。そして風向きから考えるのですわ。あれが武器とするならば、当てもなく上に向けて撃ち出されるものだと思いまして? 横に向かって撃ち出されるのが正しい運用ではなくて?」


「弓矢なら、放物線を描くからちょっと上を向けるけど……」


 射出されるっていうことは、バリスタとか、短距離射撃用の機械弓みたいな感じなのかな。


「案外、ゼニシュタイン商会の近くにあるってシャーロットは考えてるのね?」


「ええ、その通りですわ」


 私たちは馬車に乗り、一路ゼニシュタイン商会へ。

 そこから足を使って、シャーロットの示す方向に歩き出した。


「空から何かが落ちてきたけれど、未だに何の話題にもなっていないようですわ。つまり、大勢の方が見えるところには存在していない。つまり……方角、風向き、環境、目撃情報のなさを合わせて推理するならば、ゼニシュタイン商会と向い合せになった、市場通りの幌の上!」


 ビシッと指差すシャーロット。

 その先の幌の上で、陽の光を受けた何かがキラリと光った。


「あったー!!」


 私は大声で叫んでしまったのだった。


 かくして、憲兵やら、ゼニシュタイン商会の人たちやらがわいわいと集まっての回収作業となった。

 あのてっぺんが武器だと分かっているので、みんな恐る恐る、棒を伸ばして回収に勤しむ。

 下には何人かが網を広げて待ち構える。


 つんつんと突かれたてっぺんが、ころりと転げて、網の中へ落下した。


「おっと」


 そのうちの誰かがよろけて、尻もちをついた。

 すると、てっぺんがゴツン、と地面に当たる。


 次の瞬間である。

 凄まじい閃光と衝撃が起きた。


「ウグワーッ!?」


 網を持ってた人たちが、全員四方八方に吹き飛ばされる。


 果たして、てっぺん部分が落下した場所には、石畳をえぐる大きな穴が開いていた。

 うーん、爆発物だったか……!!

 大規模な爆発魔法を使った跡みたいなことになっている。


 ちなみに吹き飛ばされた人々は、距離を取っていたのでみんな無事。


 危険物が担保になっていたということで、ゼニシュタイン商会から賢者の館に、正式に抗議がされることになった。

 誰も犠牲にならなかったのは、本当に幸運だったね。


 そしてグロッサー氏。

 戻ってきた息子のバロッサー氏と奥さんに、平身低頭で謝っている光景を眺めることになった。


「カッとなったらいけないねえ。冷静さを失ったらとんでもないことになるもの」


「ええ。そう心がけたいものですわ。さてジャネット様。騒ぎにお付き合い頂いているうちに、もう夕方になってしまいましたわね。今夜はわたくしがディナーにご招待しようと思うのですけれど、どうかしら?」


「本当!? じゃあ、うちに連絡しなくちゃ。シャーロットの家でご相伴に与るって……」


 私たちはゼニシュタイン商会を後にする。


 その後、風のうわさで、てっぺん部分が欠けて戻ってきた宝冠に、オーシレイが大層嘆いていたと聞いたのだった。

 危険な発掘物ばかり集めてるからじゃないかな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る