第69話 賢者の館のオーシレイ

「なんだと、俺に用があると言うのか? ふふふ、理由をつけて会いに来るとは可愛い女だ」


 めちゃくちゃ嬉しそうなオーシレイが賢者の館にいた。

 この人、次期国王なのに賢者としても資格を持っているらしいことが最近わかった。

 なので、賢者の館に専用の研究室を設けているそうだ。


 以前にマーダラーの紐事件で亡くなった賢者の部屋を、改造して使っているのだ。

 室内に通されると、オーシレイの他に館の職員がいた。

 職員の人、とても恐縮している。


 それはそうだ。

 この部屋には、次期国王と、辺境伯令嬢である私と、侯爵令嬢のシャーロットがいるのだ。

 平民にとっては異次元みたいに思えるだろう。


「ええと、詳しく教えてほしいのだけれど、あの宝冠は遺跡から発掘されたものなのよね?」


「は、はい! 担当する賢者の方が亡くなったので、宙に浮いている状態だったんです。その後、オーシレイ殿下が事業をやるためにまとまったお金が必要になって、あれを担保に融資を受けました……!」


 オーシレイが原因か!!

 彼は、ふふん、と得意げに笑っている。


「エルフェンバインの東岸に、巨大な浮島のようなものが近づいていてな。これを調査に行くことになったのだ。何しろ、浮島なのに火山島なのだ! 原住民は火竜を信仰する連中だという話もある。俺が調査隊を組織して向かわせるわけだ」


 思ったよりも大規模な調査計画が立っているらしい。

 シャーロットが興味を示したようで、どれくらいの規模なのか、いつ決行予定なのかを詳しく聞いていた。

 まさか、彼女も参加したいなんていい出すんじゃないだろうか。


 ありうる。

 

 その後、シャーロットは落ち着いたようで、本題に戻ってきた。


「ここに事務員の方がおられるということは、館で管理されている大目録を拝見できるということですわね?」


 シャーロットの言葉に、事務員がうなずく。


「大目録?」


「ええ。それぞれの賢者が自前で目録を作って、手持ちの物品を管理していますの。賢者の館にはご存知の通り、危険なものから不思議なものから、役に立たないようなものまで色々ありますわ。これらは賢者の持ち物であると同時に、館に登録された王家の物でもありますの。これを総合的に記録しているのが大目録ですわ」


「なるほど。そんなのがあったのね。それを管理する仕事の人が、この人だと」


「そういうことですわね。王家や貴族の家とのしがらみがない、平民が選ばれる仕事ですの。ですから役職的には、管理人となりますかしら」


 なるほどなるほど。


「じゃあ、あの宝冠はどの賢者のものでもなかったから、王家が自分のものとして担保に出したわけね」


「そうなるな。見ろ、これだ」


 オーシレイが大目録を開いて見せてくれる。

 恐ろしく大きな本で、後からページを足せるようになっている。

 分厚さなんて、私の二の腕よりもずっと厚い。


 これは私じゃ持ち上げることもできなさそうだ。


 ページがめくられていく。

 一枚ごとに、賢者の館に収容された物品のことが書いてある。


 以前に見たマーダラーの紐関連の目録よりも、記述はおおざっぱだ。

 あとは見た目の絵が記されていた。


 オーシレイが指差したのは、中央に尖った物がついた宝冠である。

 これを見て、私もシャーロットも、「あっ」と声をあげた。


「この尖った部分、無くなってた!」


「そうですわね! これが紛失した部分というわけですわね。地面に落ちていたわけではないし、一体どこに……」


 ここまで言ってから、シャーロットは立ち上がった。


「情報も無いものを、ああだこうだ考えても無駄ですわ。さあ、憲兵所に参りましょう! 収監されているバロッサー氏に会いに行きますわよ!」


「ええ! ちょっと解決の糸口が見えてきた気がする……」


 私たちが立ち去りそうなので、オーシレイが「もう行くのか! 俺の話をもっと聞いていってもいいだろうに。いや、お前の話を聞かせてくれ。最近どうなんだ」とか話しかけてくる。

 そっけなく断るのもかわいそうなので、事件が終わったらお茶に付き合う約束をした。

 今回もフットワーク軽く協力してくれたしね。


「そうかそうか。ではとびきりの茶を用意して待っていよう。準備ができたら使いのものを出す。ああ、あの大きな犬を連れてこいよ。ピーターがまた会いたがっているからな」


 人間への気遣いはあまりしないのに、カーバンクルのことは気にする人だな!

 まあ、私もバスカーが嬉しそうなのを見るのが好きだし、お言葉に甘えよう。


「ええ、分かりました。じゃあオーシレイ殿下、またお会いしましょう」


「うむ!」


 こうして私たちは、賢者の館から憲兵所へ。

 忙しい忙しい。

 時間はすっかり午後のお茶を楽しむ頃合いである。


 私とシャーロットは、途中にあったお店でお茶とお菓子をいただき、頭脳と心の栄養補給をした後に憲兵所へ到着した。


「またあなたたちですか」


 お茶を飲みながら、スティックタイプのケーキを食べていたデストレードがうんざりした声を上げる。


「今日はどんな事件を持ってきたんですか」


「持ってきたのではありませんわ。今まさに渦中にありますの。ただまあ、今回のこれは平和ですわね」


「……ということは。昨日収監された彼に会いに来たのでしょう。勝手に通ってください」


 物分りが早い。

 デストレードは、バロッサー氏に尋問したそうだ。

 彼の様子と、話した内容から、早々にシロだと当たりをつけていたらしい。


 果たして、バロッサー氏は牢の中で本を読んでいた。

 牢の扉に鍵がかかっていないので、憲兵所側としては彼を捕らえておくつもりはないということだ。


「バロッサー氏。グロッサー氏から依頼を受けて本件を調査しているシャーロットと申しますわ。詳しいお話を伺ってもよろしくて?」


 シャーロットが声を掛けると、バロッサー氏が頷いた。

 そして彼の口から、事の真相が語られるのである。

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