第41話 簡単な推理

 部屋に到着した私たち。

 シャーロットが早速部屋の中をぐるぐる歩き回った。


 ソファがあり、テーブルがあり、スタンドタイプの照明があり。

 そんなものには目もくれず、彼女は壁をコンコン、と叩いたり、「失礼しますわ! ちょっと長い棒を貸していただけます?」と使用人からモップを借り、天井をトントン突いたりした。

 そして納得した顔になる。


「普通の屋敷ですわね」


「それはそうでしょうよ」


 何を調べていたんだ。


「ということは、謎はもう解けましたわ」


 突然そんな事を言うものだから、一瞬誰も理解できなかった。


 えっ!?

 謎が解けた?

 まだ、シタッパーノ男爵家に来てからそれほど経ってないんだけれど。


「ほほほ、本当ですか!?」


 カゲリナが目を見開いて寄ってくる。

 間近でシャーロットの推理を見るのは初めてか。


「無論ですわ。天井も床も壁も、どこにも仕掛けはありませんわね。わたくしの観察眼を持ってして、ただの天井と床と壁でしかないと断言できますわ。でしたらば、消えた婚約者はどこに行ったと思います?」


 シャーロットが問いかけるのは、当事者たるメイドだ。

 メイドは突然話を振られて、戸惑ったようだった。


「あの、あの、うーん」


 いきなり侯爵令嬢からこんな話をされたら、誰だって挙動不審になる。

 よく分かる。

 私はたまたま貴族の家の生まれだったので、動じないに過ぎないのだ。


「扉から……?」


「扉からは誰も出ていないと、確認されていたのでしょう?」


「あ、はい。他の使用人が廊下にいるから、出てきたら分かります」


「でしたら、扉以外ですわ。つまり……」


 シャーロットがもったいぶって、私たちを見回した。

 推理を披露する時の彼女は、本当に楽しそうだな。


「窓ですわ!!」


 びしっと、窓を指差す。

 私たちの目が向けられた窓は、確かにそれなりの大きさがあり、そこから外に出ることは可能なように思えた。


「だけどシャーロット、二階だよ?」


「ええ。その婚約者が、いいところの生まれでいらっしゃったならば難しいでしょうね。窓から出て、屋根を伝って……」


 言葉を紡ぎながら、彼女は窓を開けた。

 その長身を外に乗り出し、あろうことか、屋根の上に飛び出した。


「シャーロットったら! もう!」


 私も後を追う。

 私の普段用衣装は、こんなこともあろうかと柔軟な生地を使っているのだ。

 貴族の令嬢としては地味だ、なんてよく言われるが、万一町中で賊に襲われても、すぐに行動して身を守ることができる。


「ジャネット様まで!?」


「な、なんということ!! ジャネット様ーっ!! 落ちないで下さいましー! うちが陛下から叱られてしまいますー!!」


 慌てるメイドと、真っ青になっているであろうカゲリナの声が聞こえる。

 ごめんごめん。

 だけど、シャーロットの推理がちゃんと聞こえる場所に行きたいじゃないか。


 意を決したのか、メイドもついてきた。


「ここですわ」


 シャーロットは屋根の端に立っていた。

 そして、そこに密接する何かに手をついている。


 木の幹だ。


「ねえメイドさん」


「あ、はい!」


「さきほど窓を抜けてこられたあなたの動きは、初めてのものではありませんでしたわね」


「はい……。あの。この間も私、まさかって思って窓から外に出て……」


「この木の下にいた、庭師のハンスさんに声を掛けましたのね?」


「はい! どうしてその時のことを、そんなに詳しく分かるんですか!?」


「簡単な推理ですわ。窓から出たら、どうやって脱出をするのか。それには二通りのやり方がありますわね。一つは一階に飛び降りる。これは少しばかり危険です。しっかり着地できなければ怪我をしてしまうでしょうし、それに着地した音や、誰かに見られる危険も大きいですわ。ではもう一つ。それがこの木を伝って降りること。あなたもそれには、すぐに行き着いたのでしょう?」


「は、はい。あたし、木登りとかは得意だったので……」


 メイドが頷く。


「ありがとうございますわ。あ、ジャネット様。カゲリナさんをこっちにつれてきて下さいませ」


「私が? いいけど」


 私は取って返して、窓から顔を出してこっちを見ているカゲリナを連れてきた。


「ひいいいいー。や、屋根の上えええ。おちる、おちるぅぅ」


 カゲリナが真っ青になって私にしがみつき、ぶるぶる震えている。

 これは高所恐怖症ではあるまいか。


「ご覧のように、免疫のない貴い立場の方は、屋根の上に上がるなどという発想は出てきませんわね。ましてや、ここから降りるなんて方法、想像もつかないでしょう。つまり、婚約者の方はそれが思いつく程度には、高いところに慣れていたと言えますわね」


「なるほどねえ」


 私は納得した。

 くっついて離れないカゲリナが、シャーロットの推理に何よりも説得力を与えてくれている。


「そして、そんな方はわざわざ飛び降りるようなリスクを犯しませんわ。ならば、一本だけ屋根に接している、この木を伝って降りると考えるのが自然でしょう。……たった一本だけ、剪定もそこそこに屋根に接しているこの木……。明らかに怪しいと思いませんこと?」


「そんな……まさか……」


 メイドはもう、一つの考えに行き当たったようである。

 その主であるカゲリナは、「早くお部屋に戻してえ」と言っている。

 さすがに可哀想になって来たので、窓から部屋の中に戻してやった。


 推理の現場に再びやって来ると、シャーロットが妙なものを手にしていた。

 それは、鮮やかな紺色に染められた布で……。

 蝶ネクタイ?


「枝に引っかかっておりましたわ。おそらくはこの枝の中に衣装が隠されていて……回収し忘れたのでしょうね」


「どういうこと……?」


 尋ねる私の前で、シャーロットが告げた。


「消えた婚約者の正体は、庭師のハンスですわ」

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