第40話 シャーロット出現
「突然花婿が消えた? いいですわね! 待ってましたのよ、そういうの!」
カゲリナの家で起きた事件を話すなり、シャーロットが目を輝かせた。
私の後ろに控えているカゲリナとグチエルは、「ええ……」とドン引きしている。
彼女たちが知るのは、エルフェンバインの醜聞事件の頃のシャーロットと、講師をやっている彼女だけ。
謎解きを主食としている彼女のことは初めてなのだ。
ここはシャーロットの家。
あの後、二人を連れてやって来たのだ。
案の定退屈していたシャーロットは、新しい事件の香りにやる気満々。
「ですけれど今日は遅いですし、明日に致しましょう。ちょうどアカデミーも休みの日ですし」
「朝からやる気ね」
「その日のうちに解決してみせますわ」
シャーロットは豪語した。
大言壮語ではなく、彼女は本当にやってのける。
かくして、翌日。
『わふ、わふーん』
「だめよバスカー。あなたがついてきたら大騒ぎになるでしょう」
『わふわふ』
バスカーが私について来たがって大変だった。
彼は大きい体だけど甘えん坊だ。
一人で生きていける、ガルムというモンスターだからこそ、庇護してくれる存在が新鮮で思わず甘えてしまうみたい。
「お嬢、どうやらバスカーは甘えたい時期みたいですなあ」
「そんなのがあるの……」
ナイツは仕方ないよ、というスタンスだったので、今回は彼を連れて行くことにした。
馬車の窓から鎖を出して、バスカーの首輪につなぐ。
彼専用に誂えた特別製だ。
ナイツが御者となった馬車と、それを引く軍馬。
並走するガルムのバスカー。
うーん、戦場でも通用する面子だ。
シタッパーノ男爵の屋敷方面には滅多に行かないので、案の定この辺りの人々が驚いていた。
悲鳴をあげて逃げる人までいる。
お騒がせして申し訳ない。
バスカーは見慣れぬ町の姿にご機嫌で、なにか見つける度に駆け寄っていく。
物凄いパワーなので、軍馬も引っ張られる。
うちの軍馬は人間ができているので、多分バスカーをやんちゃだが気のいい弟くらいに思っているようだ。
仕方ないな、という顔をしてバスカーを見ているのが伺えた。
「あー、バスカーが赤ちゃんをくんくん嗅いでますな」
「親からすると気が気じゃないわねえ」
食べられそうだもんな。
真っ青になっている親を救うべく、私は馬車から降りて走った。
「ごめんなさい。うちの犬、大きいけど大人しいので」
赤ちゃんは不思議そうに、バスカーの鼻にぺたぺた触ったりしていた。
怖がられてはいないな。
バスカーには敵意は無いし。
「青い大きな犬に、軍馬が引く馬車、プラチナブロンドの美貌! あ、あ、あなたはもしや、ワトサップ辺境伯令嬢ジャネット様……!」
「そうよ」
ここまで知れ渡っているのか……。
バスカーが存分に赤ちゃんと戯れた後、やっと動く気になってくれた。
かくしてシタッパーの男爵邸へ。
走ってくるガルムの姿に、男爵亭の門の中に立っていた兵士が、真っ青になるのが見えた。
町中でモンスターが出てくるとは思わないものね。
「おうい! ワトサップ辺境伯家だ! 安心しろ!」
ナイツが声を掛けて、兵士はホッとしたようである。
シャーロットは先に到着していて、馬車の前で待っていた。
こちらも、男爵邸の兵士たちが遠巻きに見守っている。
それはそうだ。
誰も引いてないのに走る馬車なんて恐ろしいだろう。
「あら、バスカーと一緒に来られましたのね! 途中で赤ちゃんに興味を持って時間を潰しましたでしょう?」
「ええ!? どうして分かるの?」
「バスカーのお鼻にお菓子の欠片がついていましてよ。きっと、赤ちゃんはお菓子を食べかけの手で触ったのですわね」
言われてみると本当だ。
これだけで見抜くか。
どうやらシャーロットはかなり仕上がった状態でやって来ているようだ。
私たちが揃ったところで、カゲリナが顔を見せた。
露骨にホッとしている。
「ジャネット様! あと、シャーロット様、こちらへ……。あの、その、犬は」
「バスカー、あなたは家の中に入れないわ。どうする?」
『わふーん』
「お庭で寝ているって」
「そ、そうですか……」
花壇と花壇の間に寝転がり、リラックスするバスカー。
ナイツも見ていてくれるし、これで安心。
すると、シタッパーノ家の犬らしきちっちゃいテリアがやってきて、バスカーの目の前でふんふん鼻を動かす。
バスカーは首だけを起こし、テリアにペタっと鼻を押し付けた。
テリアが嬉しそうに舌を出して、前足でバスカーの鼻先をてしてしする。
なんと見ているだけで心洗われる光景だろう。
このままだと、ずっと犬たちのわちゃわちゃを眺めてしまいそうだったが、本来の目的を思い出すことにする。
さあ、事件の現場を見よう。
出迎えてくれたのは、ちょっとふっくらした感じのメイドだった。
同性の私から見ても、容姿ではなく雰囲気が可愛らしいと思えるような女性だ。
「あのあの、このたびは、あたしのためにありがとうございますっ」
「うん。変わったことが起きたって聞いてね。シャーロットが好きそうな事件だったから解決に来たの」
「あっはいっ! 噂のジャネット様とシャーロット様に解決していただけるなんて! すごく光栄ですっ!」
テンパってるなあ。
その様子も微笑ましい。
ちなみにシャーロットだが、彼女をじっと見た後、ふう、とため息を吐いた。
「特にあなたには手がかりが見えませんわね。では、現場に連れて行ってくださるかしら」
「手がかり……? あ、は、はいっ!」
メイドに先導され、私たちは事件現場へ。
現場と言っても、花婿となる男性が消えた部屋、程度の意味だが。
そこはなんと、二階だった。
「二階から消える……? でも、どうして二階……?」
私の疑問に、カゲリナが「それはですね」と口を開いた。
シタッパーノ男爵家は、使用人に至るまで、代々一緒にやって来た仲なのだそうだ。
そのために、身分の差はあれど主一家と使用人たちの仲がとてもいい。
それはそうだ。
代々仕えてきた使用人なら、もう家族だ。
仲の良い家族にめでたい話があったら、協力しようというものである。
一階は応接室や厨房、書庫などが多いため、使わせられる部屋は自然と二階になる。
ということで、二階で花婿に待ってもらったそうだが……。
「あたしがお茶を運んできたら、彼の姿が消えてたんです!!」
メイドが語る。
ふんふん頷きながらこれを聞いていたシャーロットは、にっこり微笑んだ。
「分かりましたわ。では、これから調査を始めましょう!」
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