プラチナブロンド組合事件

第35話 奇妙な招待状

「お嬢様、おかしな手紙が……」


『わふ!』


「きゃー」


 寝起きの私の部屋に、メイドがやって来た。

 そこにバスカーが立ち上がり、彼女の頬をペロペロ舐めたので大変だ。


 メイドが腰を抜かしてしまった。


「こらバスカー。だめでしょう。ちゃんと姿を見せてからペロペロなさい」


『わふ』


 ガルムというモンスターであるバスカーは、とても賢い。

 私の言うことをすぐに理解したようで、へたりこむメイドの周りをトコトコ歩き回ってから、正面に立って彼女の顔をペロペロなめ始めた。


「く、くすぐったーい……じゃなかった! お嬢様、お手紙……!」


 へたり込んでも、最初の用事を忘れない辺りはあっぱれだなあ。

 手紙を受け取る私。


 中身を開いてみると、それはなんとも奇妙な内容だった。


『ジャネット・ワトサップ様 貴殿は素晴らしい功績を成し遂げ、そしてプラチナブロンドの髪をお持ちでいらっしゃいます。お喜び下さい! あなたは我らプラチナブロンド組合への加盟条件を満たしました。当組合は、王都一の資産家であるゼラチナス氏の遺産を、同じプラチナブロンドである人々に継承するために発足しました。つきましては、ゼラチナス邸まで起こし下さい。かしこ』


「なんだこれは」


 プラチナブロンド組合?

 そんなもの、聞いたことがない。


 だけど、使われている紙は上質なものだし、筆跡はちゃんとしている。

 つまり手紙にはお金が掛かっているという事だ。


 意味不明だ。

 こういうよく分からないものを、こよなく愛する彼女の顔が思い浮かんだ。


「よし、朝食を終えたらシャーロットのところに行こう」


 今日の予定は決まった。

 すぐに立ち直ったメイドに、髪のセットを手伝ってもらってから、自分でもできる範囲の準備をする。


 朝食をサッと済ませてから、私は馬にまたがり、バスカーを連れて下町へ。

 いつもナイツを連れ出すのも、彼に剣を教わりに来ている兵士たちに悪い。

 たまには一人で外出するのだ。


『わふーん!』


 バスカーが嬉しそうに疾走する。

 お陰で、ついていく私も馬を早く走らせないといけない。


 王都の中とは言え、スピードを出すのはこれはこれで気持ちいい。

 人が飛び出してきそうなところは、あらかじめバスカーが先行して目を光らせてくれる。


 もちろん、彼の首に繋がる鎖は馬にくくりつけてある。

 完璧だ。


 あっという間にシャーロットの家に到着。

 そこには、ストリートチルドレンたちがたむろしていて、中心にひょろりと背の高いシャーロットがいた。


「あら、ジャネット様! 珍しい組み合わせでご到着ですわね」


「いぬだ!!」


「でっけー!!」


『わふわふ』


「うわーっ、なめられて手がベトベトに!」


 ストリートチルドレンたちは、下町遊撃隊だろう。

 ちょうどいい。

 私が受け取ったこの変な手紙について、情報が集まっているかも知れない。


「シャーロット、こんなものをもらったんだけど」


「なんでしょう? ジャネット様がわざわざ持って来るということは、おかしな事件の気配がするということですわよね。うふふ、楽しみです」


 手紙を受け取ってサラリと目を通したシャーロットは、唇の端を吊り上げた。

 嬉しそう。


「奇妙なお手紙ですわね! 俄然興味が湧いてきましたわ! ねえあなたたち。これに関係する噂や情報はありませんこと? プラチナブロンド組合……」


「知らない」


「聞いたことねえなあ」


 どの子どももみんな、プラチナブロンド組合などというものを知らない。

 どういうことだろう?


「不思議なお話ですわね? 下町の情報をどれも集めている彼らが知らないなんて。ということは、これは上流階級にだけ広まっているお話なのでしょうか? いいえ、ありえませんわね。立場のあるものが、組合などを名乗りませんし、それにこれはジャネット様をお金で釣ろうとしていますでしょう? そんな事、やるわけがありません」


「まあ、辺境伯領はあまり裕福ではないのは本当だけど」


 とにかく戦費が掛かるので、お金は出ていくばかりなのだ。

 もらえるなら欲しいが、怪しい出どころのお金は怖いなあ。


「だとしたらば、これはジャネット様を狙い撃ちしたお手紙なのかも知れませんわね? ああ、でもこれはあくまで、わたくしの推測。朗々と語るなんでできませんわ」


 シャーロットがいつもみたいに勿体ぶってる。


「だったら、私はどうすべきかな? わざとこのお手紙の誘いに乗ってみる?」


「ええ。あのジャネット様を嵌めようとする不届き者がいるということですもの。分からせてやるべきですわ!」


「それってシャーロットが楽しむためでもあるでしょ?」


「うふふ」


 否定しない。

 まあ、彼女には助けられた身だし、今となっては無二の親友だ。


 ともに、私を狙ったらしい企みに立ち向かうのも一興だろう。

 そう言うわけで、私は翌日、ゼラチナス氏という人の家に行くことにした。


 なお、シャーロットが調べた結果、ゼラチナスという人間は確かに存在していたそうだ。

 遺跡探索で貴重な財宝を持ち帰り、大金持ちになったとか。

 だが晩年はぜいたくのし過ぎで体を壊し、病に苦しみながら亡くなったらしい。


 ゼラチナス氏は資産を手に入れてから結婚したが、子宝には恵まれていない。

 死後はゼラチナス氏の隠し子だと名乗る者とその母親が大挙して押し寄せてきた、なんていう笑い話もある。


 だけど、その誰もがゼラチナス氏と同じ特徴を持っていなかったとか。

 それはつまり、プラチナブロンドだ。


 なお、私の髪はプラチナブロンド。

 ゼラチナス氏とは全く何のつながりも無いのだけど……。


「とにかくこの件、ただ私を騙すためだけのものなのかな? そうじゃないのかな?行ってみなくちゃ分からないか」


「ええ、そうですわね!」


 興味本位から、私たちは奇妙な事件に首を突っ込むことになるのである。

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