第34話 館のエルフ

 カチャカチャと音がして、武器を手にした骸骨が三体ほど出てきた。


「ボーンソルジャーですわね。安価な護衛用魔法生物ですわ。バリツでイチコロなのですけれど……」


「任せろ」


 ナイツが前に進み出て、無造作に一体を縦に両断する。

 もう一体の剣を掴み取ると、腕力でへし折る。

 そして拳を叩きつけて頭蓋骨を粉砕した。


 最後の一体は、蹴り飛ばして転がったところを踏みつけて破壊する。

 一瞬だ。


「まあ、こんなもんでしょうな。後は荒事のにおいはしませんな」


「お疲れ様、ナイツ」


「彼がいるとわたくしの出番がありませんわねえ」


「シャーロットが率先して荒事をやってどうするのよ。あなたのメインはその頭脳でしょ」


「そうでしたわね!」


 ハッとするシャーロット。

 ハッとするな。

 未だに疑問なんだがバリツってなんだ。


 こうして私たちは館の奥へ。

 さほど大きくないから、すぐに一番おくと思われる部屋にたどり着いた。


 掛けられていた鍵は、例によってナイツが壊す。

 罠が発動して、やはり魔法生物らしき霧が吹き出してきたが、これもナイツが一刀で切り払って倒した。


「非実体のモンスターも斬れますのね」


「非実体って言いますが、霊体だって存在する以上は斬れるぜ。斬れば倒せる」


「興味深いですわね……。後で詳しく」


 私の前の方で、シャーロットとナイツがごにょごにょ話をしている。

 でかいのが二人前にいると、全然先が見えないんだけど!


「二人とも、部屋の中に入る!」


 私は二人をぎゅうぎゅう押して、部屋に押し込んだ。

 中は暗い。

 そして、ほのかに草の香りがした。


「誰?」


 女の声がした。


「エルフの人? さらわれてきたっていう」


「あなた方は……。いつもの人間とは違うのね」


「ええ。興味本位で助けに来たわ」


「……素直ね……」


 女の声が、呆れの色を帯びた。

 暗いままだと相手が誰だか分からないので、私はナイツに命じて室内の窓を開けさせた。


 例によって板で目張りがされた上、外には鉄格子。

 逃げられないために厳重だ。


「ほっ」


 ナイツが剣を振るうと、一息で窓のところに四角い穴が空いた。

 鉄格子ごと、外に向かって壁面の一部が倒れ込んでいく。


 光と風が、屋内に届くようになる。


「ああ……」


 安堵したように、女の声が漏れた。

 彼女は、緑の髪と尖った耳を持つ、小柄なエルフだった。


「久しぶりの、外の空気。あなた方は私を外に連れ出しに来たのね。どうして?」


「ええと……あなたはさらわれてきて、閉じ込められていたのではなくて?」


「違うわ。私は彼に懇願されてここにやって来たの。そして、彼の願いにどう返答するか、ずっと考えていた」


 エルフが不思議な事を言った。

 ここでシャーロットが手を叩く。


「なるほど。そういうことだったのですわね」


「えっ!? 何か分かったの、シャーロット!」


「ええ、これは思っていたよりも、ずっと単純な話でしたわ。つまり、エルフを愛した男が一人いて、彼はエルフを連れてここまでやって来たのですわね。そして延々と彼女を口説いていた。それだけの話ですわ」


「外の魔法生物や罠は?」


「彼女を守るためですわね。あるいは、エルフの力から王都を守るため。館の外が木々に覆われていましたでしょう? エルフがいる場所は、少しずつ森になっていくと言われていますわ。彼らが風と植物の精霊と親しいがために。風は草花の種を運び、植物は繁茂し、森が生まれますの。この空間に閉じ込めておけば、それは少しは緩やかになるでしょうね」


「うん、そうよ」


 エルフが頷く。


「だから、エルフと人は一緒に暮らせない。それを伝える言葉を探していたの。でも、言葉は伝わらなかった。エルフ同士ならば、もっとすぐに分かりあえるのに」


「恋は人の分別を奪いますもの。だからこそ、エルフを王都に連れ込むなんていう危険なことをしてしまったのですわね」


 エルフがそういう意味で危険だなんて知らなかった。

 つまり彼らって、森に住んでいるわけではなく、住んでいるところが森になるのだ。

 王都が森になったら、日が差し込みづらくなりそうだから、私は少し困るな。


「王都を森にしないために、彼女には帰ってもらいましょ」


 私の提案に、シャーロットもナイツも頷いた。

 エルフが頬に手を当てた。

 彼らの、首を傾げる意味を持つ動作らしい。


「でも、彼の言葉に答えていません」


「こんなところに閉じ込めるような人だもの。あなたが応じるまで問答を続ける気だったのでしょう。……そう言えば。あなたがエルフ語しか使えなくて、エルフ語通訳が連れてこられた気がするんだけど。普通に人間の言葉を喋っているよね?」


「ええ、それは」


 エルフは再び頬に手を当てて、不思議そうな顔になる。


「私が、『あなたの思いには応えられない』と告げても、彼は何も理解できなかったからです」


 それってつまり……。

 否定の言葉の理解を拒んで、他に原因を求めたってことじゃないか。


 だいぶ参ってしまっている人だなあ。


「そろそろ、彼が戻ってきます。彼は私に近づく者を許しません。危険です。けれども……」


 エルフがじっとナイツを見た。

 分かってらっしゃる。


 外から馬車が何台もやって来る音がする。

 私はナイツに命じた。


「蹴散らしてきて」


「合点だ」


 その後、反抗を試みた館の主は、全ての護衛ごとナイツに叩き伏せられ……。

 エルフのお嬢さんは森にお帰りいただくことになった。


 館の主は、さる貴族家の子息であり、森へ狐狩りに出向いた時にエルフと出会った。

 彼女に一目惚れし、さらうような形で館に連れ込んだ。

 そして延々と愛を囁き続けたのだという。


 そのご子息は正気を失っているということで、貴族領へと戻されることになった。

 エルフの人と同じ方向に帰るわけだけど、ご子息が王都に戻ってこないなら、問題ないか。


「恋の病が王都をも蝕むところだったのね。大変だわ……」


 私はエルフを見送りながらため息をついた。


「ところでジャネット様」


「なあに、シャーロット」


「植物の妖精、ドライアドが司る魔法には、催眠や魅了……という効果がありますの」


「はい……?」


「あの恋情は、本心だったのでしょうかね? それとも……?」


「うーん……!」


 私は唸った。

 よく分からなくなってきたぞお。


「ここは紅茶で頭をスッキリさせるしかありませんわね! ジャネット様のおうちでお茶会などいかが? バスカーにも会いたいですし! 何よりジャネット様のおうちのお菓子が……」


 それが狙いか。

 二人で、王都の中へと戻っていく。


 事件は、事件になる前に終わり、また王都は平和を取り戻した。

 シャーロットが最後に波紋を投げかけてきたけど、そんな余韻は薄い紅茶で流してしまうことにしよう。




 ~エルフ語通訳事件・了~

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